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記憶

「ここは何処?」


「ここ、ここ、はは、はは、何処、何処、ここ、はは、何処、何処」


 思わず口にした私の声は、何重もの木霊となってあたりに響き渡った。額のマ石の明かりで辺りを照らすが何もない。真っ暗だ。いや違う。本当に何もなかったら木霊なんて返ってこない。


 私はマ石の明かりの先をもう一度、今度は注意深く見た。その光の線の中を飛び交う埃や塵の先に、真っ黒い何かがある。壁だ。ここは真っ黒い石で囲まれた広い広間、いや倉庫のようなところだった。どうやら私達は本城砦の中に入れたらしい。


 ピチャ!


 耳を澄ますと背後の私達が入ってきた入り口からの水音だけが響いている。白蓮が道具袋から何やら油紙で巻かれた棒のようなものを取り出すと、その中から松脂で固めた照明灯を取り出した。ついでに火打ちも出してそれを打つが、水に完全に濡れているらしく全く役に立たない。


「駄目か?」


 白蓮が諦めた様に呟く。その台詞に思わず嘆息する。君は本当に生活技術については本当に役立たずですね。


「白蓮、火傷しないように持っていて」


 私は自分の鳩尾の下にある、靄のようなものに意識を向けると、照明灯に火が灯る像を心に描いた。白蓮が手にした照明灯に、小さく赤い光が光ったと思ったら、それは黄色い光を上げて燃えだし、当たりに光を振りまいた。


 白蓮が照明灯を手にあたりをぐるりと見渡す。どうやら先ほどの入り口はこの部屋の中央にあるらしく、ぽっかりと四角い穴が開いている。


 あの失敗した硝子細工のような外観と異なり、ここには何かが溶けたような跡はない。だが光の先で埃のような、いや暗灰色の灰のようなものが、まるで大量の羽虫のように舞っている。それを見た私は思わず手で口を覆った。


「出口がどこかにあるといいのだけど」


 舞い上がる灰と真っ黒な壁のせいで辺りが良く見えない。私も額に手を当てて、光が直接目に入るのを避けながら白蓮と一緒に辺りを見回した。下への階段の先、向こう側の壁に何か他と違う部分がある。そこだけ周りより暗く見えた。


 穴? いや、扉も何もないけど、どこかに通じている出口か何かだ。


「白蓮!部屋の反対側にここからの出口らしいものが……」


 だが私が指さした先、私達と向こう側の壁の間にある地下水路へ抜ける階段から、何かが顔を出して背後の出口を覆い隠した。


 照明灯の黄色い光が、表面がぬめぬめとした粘膜のようなもので覆われている物体を映し出す。それは平べったい半月状の形をしていた。続いて階段の奥から、先が丸く吸盤のようなものがついた前脚が、部屋の床へと這い出してくる。


「ビチャ、ビチャ」


 水とは違うもっとぬめりとしたものが、その体から床に落ちる音が響いてきた。


「は……はく……」


 呼びかけようとしていた私に向って、白蓮が口元に指を当てて音を立てるなと制止する。白蓮が手にした照明灯を部屋の隅の方へと投げると、それは上半身を起こして照明灯の方を向いた。


 そして半月状の口を一杯に開く。半月状だった頭が円形に広がり、その中に隠れていた三角の刃のような歯がその縁一杯に広がった。死をもたらす真っ黒な黒い花の姿。(アギト)だ。


 ギュエ――、ギュエ――、ギュエ、ギュエ――!


 まるで四角の箱のような、黒い石でくみ上げられたこの部屋の中に、顎の鳴き声が何重にも重なって響いた。その叫び声の反響に頭の中が割れそうになる。


 それは部屋の中央の階段から部屋の中に進み出てくると、その全身を露わにした。前脚よりは一回り以上小さい後ろ脚。そしてそれに続く長くて強靭な尾。


 ビタン!


 その尾が振り上げられて床にたたきつけられた。その振動が床から足を伝わり、私の手の先まで伝わる。大きい。顎ってこんなにも大きかったのだろうか? 頭の先から尾の先まで10杖近くもありそうに見える。


「ふーちゃん」


 白蓮が小声で私に呼びかけた。だがこの黒い石で囲まれた部屋の中では、その小さい呟きでさえとても大きな声に聞こえる。白蓮の声に反応して、その真っ黒な平べったい花のような顔が、照明灯の方から私達の方へとゆっくりと動いていく。その口の周りの刃のような歯が、照明灯の光をうけて不気味に光っているのが見えた。


「音響弾を使う。耳栓の準備を。奴が僕らを見失ったら向こうの出口まで一気に走る」


 そう言うと白蓮は素早く大外套の頭巾の内側から耳栓を外して、道具袋に手を伸ばした。私も頭から落ちてしまっていた頭巾に手を伸ばして、その内側にあるはずの耳栓を探す。だが私の手はそれらしいものには触れない。さっき水に流されかけた時に、何処かへ落ちてしまったのだろうか?


 私は慌てて腰の道具袋の方へと手をやった。そこには予備の耳栓が入っているはずだ。だが焦りからか見つけることが出来ない。


 熱い!手がとてつもなく熱い何かに触れた。道具袋をまさぐる私の手が、いつの間にか革袋から転がり出ていたらしいあの赤い石を、思いっきり素手で掴んでしまっていた。


「熱い!」


 思わず口から声が漏れた。手を放そうとするのだが、私の手はその石に吸い寄せられているかのように放すことが出来ない。


「ふーちゃん!」


 顎がその尾を高く掲げている。あれの一撃をくらったら、こちらの胴なんかはちぎれてしまう。


「白蓮!」


「耳を手で塞げ!」


 白蓮が手にした音響弾を顎に向かって放つと、私をその腕にしっかりと抱いた。彼の胸からかすかなマナ除けの匂いが漂ってくる。そうだ。耳を、耳を塞がないと!


 ギュエ――、ギュ、ギュエ――!


 顎がこちらに顔を向けて威嚇の叫びをあげる。


「くそ!不発か!」


 白蓮が悔しそうに叫んだ。


「ふーちゃん、伏せろ!」


 白蓮は私の体を胸に抱いたまま、私に向かって叫んだ。そして覆いかぶさるように私の体を押し倒す。


 ビュン!


 その背後を低く重い風切り音が通り過ぎた。顎が数杖に及ぶあの長くてしなやかな尾を振ったのだ。白蓮の体はそれに触れてしまったのか、私の体から弾き飛ばされて背後の壁の方へと滑っていった。


「白蓮!」


 私の中でこの目の前の黒い奴に対する怒りが爆発した。右手では何かが燃えるように、そしてうずく様に脈打っている。一方では体の奥底から燃え滾る何かが私の体を駆け巡っていく。そしてそれは私の右手のうずきと体の中で繋がった。その瞬間、右手の石からとてつもなく熱い何かが、奔流となって私の中に流れ込んでくる。


「ああああああ!」


 私の口から叫びが漏れた。私は道具袋から右手を出すと、目の前の黒い奴に向かってそれを差し出した。黒い奴が口を大きく広げて、そしてその中の数えきれない鋭い歯を向けて私の方へ突進してくる。


 ギュエ――、ギュ、ギュエ――!


 うるさい!お前は私の(つがい)に、何てことをしてくれたんだ?


「邪魔だ。消えろ!」


 私の右手の中で煌々と赤く光る石から閃光が放たれる。放たれた光が顎の体を包むと、それは一瞬の煌めきの後に消えうせた。後には何も残りはしない。当たり前だ。お前など消し炭の一つ残る事など私が許さない!


 部屋の隅で横たわる白蓮のところまで駆け寄ると、私は彼を抱き起した。良かった息はある。気絶しているだけだ。大外套の下、上着を見てもどこも出血している様子はない。どうやらかすって吹き飛ばされただけで済んだらしい。


「白!」


 白? 私は何を言っているんだ。この人は白じゃない、「白蓮」だ。でも分かったよ白蓮。私が何者なのか。なぜ父さんがこれを私から遠ざけていたのかも。そして私はどうしてあなたと出会ったのか、なぜ百夜とも出会ったのかも。全ては私達の業と因果だ。


 私は腕の中の彼のおさまりの悪い灰色の髪を、そして少し色白で線が細い顔を撫でた。そのすべてがとても愛おしく感じられる。そして今は少し青白く見える彼の唇に、そっと私の唇を重ねた。


 あなたは今まで私を必死に守ってくれようとした。ここからは私の番だ。あなたが望みそしてやっと手に入れたものを、そしてあなたを包んでいるこの世界の全てを私が守る番だ。


 きっとここからは貴方は眠っていたままの方がいい。あなたにはあなたの希望が、あなたが本当に望んだ生き方が待っている。


 余計な奴が入ってこないようにしておかないといけない。右手をかざして、地下水路への入り口に向ける。一瞬の赤い煌めきの後、溶けた石が地下水路への入り口をふさいだ。これで大丈夫。


 私は白蓮の体をそっと床に下した。私の頭の中に私がかってここを焼いた時の記憶がよみがえる。あれは本当に私だったのだろうか? 今の私は何だ? 私は私だ。一の街の八百屋の娘、風華だ。そしてこの人は白蓮だ。城砦の冒険者、白蓮だ。この世界の私達はそれ以上でもそれ以下でもない。


 だけど開けてしまった過去の業の箱の蓋を閉じる事は出来ない。だがそれをあなたから見えないところにしまって置くことは出来る。私は手にした石を上着の内衣嚢にしまうと、立ち上がって白蓮に別れを告げた。


「白蓮、ありがとう。本当にありがとう。みんなによろしくね」


 私は床に横たわる白蓮を後にすると、部屋の出口へと向かった。よく見るとその先には螺旋階段のようなものが続いている。後はここを登るだけだ。


 あの子が私を待っている。

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