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侵入

「実季さん、あなたにお願いがあるのだけど」


 白蓮が風華をつれて通路の奥へ向かうのを見届けた美亜が、傍らで短弓を構えていた実季に声を掛けた。


「はい、美亜さん。なんでしょうか?」


「貴方に風華さんになってもらいたいの」


「えっ!」


 美亜の言葉に実季が驚いた顔をして見せる。そして意味が分からないとでも言うように美亜の方を見返した。


「このマ者達はあの子を探しているような気がするの。神もどきの時もそうだったのでしょう?」


 美亜はそう言うと、確認するように実季の方をじっと見た。


「はい。ですが確信はありません」


「ここを嗅ぎつけたのもそうとしか思えない。もしかしたらあの子は少しばかり匂うのかしら?」


「そんなことは絶対にありません!」


 美亜の言葉に実季が真剣な顔で抗議する。


「冗談よ。本気にしないで。だけどあの子を狙っているのは間違いない。だからあなたに風華さんに化けてもらってかく乱する」


「それなら私より美亜さんの方が赤毛ですし……」


「そうね。でも背格好は貴方の方が似ている。それにこれを使うわ」


 そう言うと、美亜は上着の内衣嚢(ポケット)から油紙で包まれた何かを取り出した。


「これは!?」


 実季が呆気にとられた顔で美亜を見る。


「そうよ。愛佳さんから受け取ったマ石。これで風華さんになってもらうわ。貴方の想像力が必要だけど出来るかしら?」


「もちろんです。お姉さまになれるのなら光栄です。それに頭の天辺から足の爪の先まで完璧に化けて見せます」


「実季さんは本当に風華さんの事が大好きなんですね」


 世恋の言葉に、マ石の黄色い光の中でも実季の顔が真っ赤になるのが分かった。


「愛佳さんの説明だと、視覚というより感覚で相手にそう思わせるものらしいわ。だからマ者相手にも効果があるかもしれない。まあ、おまじない程度にしか当てにはできないけど、何もしないよりはましね。実季さん、お願いします」


「はい、美亜さん」


 実季は美亜からマ石を受け取ると、小さく頷いて見せた。


「では貴方が化けている間、私はあの隙間を塞ぐことにしましょうか」


 美亜はそう二人に告げると、土砂の隙間から顔を覗かせていた顎に向かって左腕を上げた。


* * *


「白蓮、少しだけ待って。息が続かない」


 私の手を引いて前を走る白蓮に声を掛けた。息が上がりそうになっている。白蓮の走る速度に私の足ではついていけていない。


 だが後ろからはまだズドンという音や、何かが暴れているような音が響いている。美亜さんに残りの距離がどれだけあるのか聞いておくべきだった。


「ふーちゃん、休んでいる暇はないよ。ここが頑張りどころだ」


 白蓮は足を止めると、荒い息をついている私に向かって励ますように言葉を掛けてきた。確かに白蓮の言う通り、休んでいる暇などない。早く百夜を救出して、出来る事なら美亜さん達に合流したい。


「そうだよね。立ち止まっている暇なんかないよね」


 私は白蓮に頷くと、膝についていた手で白蓮が差し出した手を握って上体を起こした。そして前を向いて必死に白蓮の後を追って走る。


 そもそもどうして私はこんな真っ暗なところを必死に走らないといけないんだ? そうだ。百夜が勝手に家出するのが悪い!


 あの黒娘に会ったら説教ぐらいではとても済まない。お尻を100回は叩いてやる。いやそんなものでもとても済まない。1000回ぐらいは叩いてやる!


 だけど私の手は持つのだろうか? 木の(へら)か何かで……。そんな事ではだめだ。私の手の平で、お互いに痛みを感じて叩いてやる!


 そんなことを考えていた時だった。額に着けていたマ石の明かりの先が不意に消えた。マナ切れかな?


 いや違った。天井が急にとても高くなったので、消えてしまったように勘違いしたのだ。そして私達の進む通路の右手側に、ちょっとした広間のような空間があった。


「白蓮!」


 白蓮も立ち止まって腰から角灯を外すと、覆いをとって辺りを見回している。水路の天井は先ほどよりはるかに高くなっており、3階建ての、それもとんがり屋根の家がすっぽりと入りそうな感じだった。


 間違いない。ここが美亜さんが言っていた本城砦への入り口だ。だが入り口はどこだろう? 広間の壁のどこにも扉のようなものは見当たらない。


「白蓮、扉のようなものは見あたらないけど」


 もしかしたら結社長の私邸の地下の警備室のように、隠し扉のようなものがあるのだろうか? それを探している暇などないというのに!


「ふーちゃん、多分あれだと思う」


 白蓮が手前にある壁の一部が出っ張って階段状になっているところを指さした。よく見るとその先の天井には黒く光る扉が見える。そうか。ここは地下だから上に扉があるという事か。それは盲点だった。


 私達は壁際に設置された階段を登る。その幅は半杖(50cm)もない。その階段はどこかから流れ来る雫に湿っており、足元はすごく悪かった。階段を昇った先には蓋をするかのように黒い金属の扉がある。


 扉が黒の帝国時代の物だとすれば、だいぶ昔の物のはずなのだけど、何処にもさびらしきものは見当たらない。もしかしたら世恋さんが黒刃と呼んでいた、父の残した武器とかと同じ材質の物なのかもしれない。


 白蓮が扉に手を当ててそれを押してみたが、びくりとも動かない。続いて白蓮はもっと前に進むと、肩と背中を押し当てる感じで扉を押した。


 ガタ!


 微かに扉がきしむ音がする。どうやら押せば開きそうだ。足場は悪いが私も白蓮の横に体を滑らせると、肩を扉に当てた。


 白蓮の顔が私の顔の目の前にある。私のマ石の明かりの先には、白蓮のおさまりの悪い灰色の髪が、まるでこんがらがった毛糸の玉のようになっていた。


「ぷっ!」


 思わず口から笑いが漏れてしまう。


「えっ!何かおかしな……」


「白蓮の髪って本当に酷いよね。濡れた方がひどくなるなんて、一体どんな髪をしているの?」


「ふーちゃん、それについては人の事は全く言えないと思うけどね」


「あはははは!」「ははははは!」


 二人の口から思いっきり笑い声が漏れた。二人でこうして笑うのはいったいいつぶりだろう。一の街に居た時にはこれがこんなにもうれしいものだとは知らなかった。


「白蓮、合図に合わせて二人で押すよ」


「了解。あっ、ちょっと待ってふーちゃん」


「何よ!?」


「この姿勢だと僕の腕に君の胸が思いっきり当たる」


「何ですって!分かっているのならどきなさいよ!」


 あんたはこんな時になんてことを言うんですか? こっちまで意識してしまうじゃないですか!?


「ふーちゃん、それはちょっと無理」


「忘れなさい。全て無かったことにしなさい」


 口づけぐらいは許しましたからね。手じゃないですからね。腕ぐらいなら許してあげます。 


「じゃ、行くよ!」


 二人で思いっきり足を踏ん張って扉を押す。


 ギッ、ギ、ギッ、ギ――


 白蓮が一人で押した時よりは少しは上がったような気がする。だがあるところから先には全く動かない。


「はあ、はあ」


 思わず力を抜いて肩で息をする。


「何か引っかかっているな。もしかして上から閂とか掛かっているのかな?」


「うーーん。それなら全く上がらないと思うのだけど」


 白蓮が首を捻って見せる。


「何か引っかかっている感じだな。もう少し先に行って、他の入り口を探した方がいいかも」


 ズズズ、ズズズズ、ゴォ――――!


 白蓮の言葉に別の通路を探そうと振り返った時だった。水路の方から何かとてつもない轟音が響いてきた。


* * *


「一番右手を撃ちます!」


 実季の声が地下水路に響いた。


 ブン!


 短弓の放たれる短く低い音が響く。放たれた矢は顎が開こうとしていた口の中心へと吸い込まれた。


 ギュエ――――!


 顎が上げた叫びが水路の中に響き渡る。顎は土砂と水路の天井の隙間で体をのたうち回らせた。その激しい動きに、隣で隙間を潜り抜けようとしていた別の顎が、向う側へと弾き飛ばされて落ちていくのが見える。


 美亜達は土砂を盾にその上を超えてこようとしている顎の動きを次々と止めていた。その死体が土砂の上にさらに積み上げられて、後ろから来る顎に対してさらなる障害物として働く。


 だが向こうからは土砂を超えて激しい水の流れがあり、それに乗って顎は次々と仲間の死体を超えてこちらに来ようとする。そして頭の上では「ズン、ズン」という何かが地面を叩きつけている音も響いていた。


 先ほどこちらを覗き込んだ岩もどき共が、さらにこの水路を押しつぶそうとしているのだ。


「左手、二匹来ます。私が動きを止めますから、狙撃を……」


 そこまで言って、美亜は続きの言葉を飲み込んだ。


 ズズズズ……、ズズズズ……


 目の前の土砂が、後ろから巨人の手で押されているかのようにゆっくりとこちらに向って動いている。


「美亜さん!」


 美亜の横で弩弓を構えていた世恋が、それを背後に背負うと美亜に向かって叫んだ。


「すぐに連絡路を登って!この先右手50杖で地上に出られる場所があるはずよ!」


 そう告げると、美亜も連絡路への階段を駆け上がった。脳裏に先行した白蓮と風華の姿が浮かぶ。あの子達は本城砦に入れただろうか? もし、まだだったら……。


 ズドドドドドド……


 彼女達の背後では、土砂が一気に動こうとしている不気味な音が鳴り響いていた。

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