駆け出し
「僕らまで駆り出されるという事は、だいぶ余裕がないという事だよね」
傾斜路の壁側に身を寄せた朋治が才雅に向かって語った。側には二人の他に、研修で同じ組の千夏と例のやんちゃ組二人もいる。
傾斜路自体は高馬車がすれ違えるだけの幅があるので、ここに陣取っているのは朋治達だけではない。前には盾役の人達が陣取っており、朋治らが居るのはその背後の打ち手の位置だ。
本来なら朋治達のような駆け出し未満の者は、上で後列の仕事をするぐらいが正しい配置なのだろうが、重傷者が続出しているのと、手練れの人達の疲労が限界に来ており、研修中の者達も傾斜路に駆り出されていた。
それに今は丁度向こうの襲撃が止んでいるらしく、辺りでは食事を取っていたり水を飲んでいたりする人の姿が見える。それどころか、補給に訪れている後列の人達と軽口を交わす者までいる。
その豪胆さに朋治は舌を巻いた。この状況だというのに何て人達なんだ。本当に僕らはこの人達と一緒にここで張れるのか? そんな考えが頭に浮かんでくる。
「朋治、いまさらそんなことを気にしても始まらないぞ」
才雅が少しのんびりとした声で朋治に答えた。朋治が何を考えていたか分かったらしい。朋治は幼馴染の肝が据わっているのに、今更ながら感心した。きっとさっきの答えだって、わざとのんびりとした感じに答えてくれたのだろう。朋治は才賀の声を聴くと、不思議と落ち着いてくるのを感じた。
朋治の耳に隣にいるやんちゃ組の二人から、カチカチという歯がぶつかる音が響いてくる。それを責める気になど全くならない。
目の前の傾斜路には黒犬と渡りの死体が延々と積み重なっており、その中には黒い羽根を持つ変わった渡りの骸も見える。渡りなんてのは手練れの組であっても、不意を突かれたら全滅覚悟という奴のはずだ。それを前にして恐怖を覚えない方がおかしい。
「でも才雅、黒犬はやりあったことがあるけど渡りと帳はないからね。慎重にいかないと」
朋治は二人組に聞こえるよう、少し大きめな声で才雅へ答えた。
「お前達は黒犬とやりあったことがあるのか?」
やんちゃ組の一人、元彌が声を掛けてくる。ここや追憶の森あたりじゃなければ、黒犬なんて大物とやりあうことなどめったにない。会えば大概は全滅で、それが居たことすら分からない。
「以前、研修を受けた時の実地訓練の時にね。確かあの時は20匹ぐらいだったっけ?」
朋治はわざとらしくのんびりした口調で才雅に問い掛けた。
「うーーん。もう少しいたかもしれない。あの時は数える余裕もなかったからな」
元彌が大きく目を見開くと、疑わし気に朋治と才雅を眺める。
「お前らいくら何でも話を盛りすぎだ」
そして背後にいた相方に声を掛けた。
「そうだろ彦次」
背後にいた彦次が元彌に向かって頷いて見せる。普段すこしばかりぼっとしたところがある彼だが、その顔色は緊張の為かまるで石の壁のように固くそして白かった。
「一匹でもやっかいな奴だろ!」
元彌が叫んだ。その言葉に朋治は苦笑した。君は前にどれだけ黒犬の骸があるのか見てから言っているのか? 城砦の冒険者をその辺の結社の冒険者と同じに見ない方がいい。ここの人達はみんな化け物みたいな人達なんだよ。
「もっとも俺らは大したことは何もしていない。せいぜい数匹の邪魔をしたぐらいだな」
才雅が何かを懐かしむような表情で呟いた。
「そうだね。あの時は風華さんが一手に囮を引き受けてくれて、」
「ちょっと待ってください。風華さんがそれだけの数の黒犬に対して一人で囮役をやったんですか?」
朋治の言葉に、ずっと黙っていた千夏が驚きの声を上げた。
「もちろんだよ。後で彼女に聞いたら、自分はこれ専門だ見たいな事を言っていたな。もう相談も何も無しだ。『私が囮役をやる』の一言だけだからね」
朋治の答えに、才雅も苦笑いしながら頷いて見せた。
「関門に行ってからしばらくは他の冒険者と感覚が合わなくて困ったぐらいだからな」
才雅が頭を掻きながら千夏に答える。朋治もその台詞に頷いた。今思えばあの人達はこの城砦の化け物達を超える化け物だ。いや変人か? 見かけはとってもかわいい町娘にしか見えないのに……。
「流石ですね」
千夏が納得したように答えた。朋治も千夏に同意する。彼女は白蓮さんの弟子だから風華さんが目標なのかもしれない。
そう言えば風華さんも、実季さんも無事だろうか? 地下水路とかで迷っていないだろうか? 美亜教官が一緒だからそんなことはないな。
「ああ、あの時は本当に面食らったな。だが見かけと違って、全部を分かっていたのはあいつだけだった」
「うん。実季さんの事も、誰が僕らを強襲していたのかも全部分かっていた。それに装備を勝手に持ってきていたしね」
実季さんが僕らを誘っていたことも、そして彼女の仲間から裏切られていたことも、あの子は全部分かっていた。
「本来なら懲罰ものだな」
才雅が肩をすくめて見せる。だけど彼女は閃光弾という奴がどれだけお高い物なのか、今でも知らないのだろうか? 僕らも関門に行ってから仕入れようとして目の玉が飛び出たくらいだ。
「単なる自殺じゃないか。黒犬の餌だな」
元彌が小馬鹿にしたような表情で呟いた。
「えっ?」
朋治と才雅、それに千夏がお互いに顔を見合わせる。
「それですぐにくたばったんだろう?」
朋治はその言葉に驚いた。
「何を言っているんだ? 風華さんだぞ。そんなぐらいで死ぬような人じゃない」
「両手両足の黒犬だぞ」
元彌は両の手の指を一杯に開くと、朋治達に向ってひらひらと振って見せる。
「もちろん黒犬は全部、相方がきれいさっぱりぶっ倒した」
才雅がやんちゃ組二人に向かってうんざりした表情で告げる。
「なんだそりゃ!? 一体誰だ?」
「赤毛組の探知役兼、打ち手ですよ」
元彌の言葉に千夏が答えた。
「ふざけるなよ。一体どんな化け物なんだ!」
元彌がさらに馬鹿にしたような表情で千夏に向かって叫んだ。
「百夜だ」「百夜ちゃんだよ」「百夜さんですね」
「確かに見かけはちょっとそれらしいけどな」
「才雅、風華さんが居たらぶっ飛ばされるぞ」
「渡りを夕飯のおかずに狩る子供ですよ」
彼らの背後から声が響いた。振り返ると黒髪のいかにも冒険者らしいキリッとした表情の女性が立っている。その姿はどことなく実希に似た雰囲気を持っていた。
「そして貴方がさっき小馬鹿にした女性は、新種の『神もどき』を燃やして城砦を救い、少し前には帳の群れから結社長を救って来た人です。そして私の命を何度も救ってくれた人でもあります」
それを聞いたやんちゃ組二人があんぐりと言う表情をしている。きっと彼らは担がれているとでも思っていたのだろう。朋治としてはあの二人に関する限り、どんなに言葉を重ねても本当の姿を語り尽くせない気がする。
だが彼らの震えも朋治達同様に、いつの間にか止まったらしい。それに束の間のおしゃべりと言うのもこれでお終いだ。
「警備方副主任の香子です。これよりあなた達の指揮を執ります。黒犬5前方直進です。朋治君は風の用意。向うの跳躍時に合わせて跳ね上げなさい。才雅君は打ち手よ。無駄撃ちには気を付ける事。すぐに空になるわよ」
才雅と朋治の二人が手信号で素早く「了解」と返す。香子は今度は千夏の方を振り向いた。
「千夏さんと私は才雅君の撃ち漏らし、ないしは壁際に来るものがいたら弩弓で狙撃です。撃ったらすぐに後列から装填済みの弩を受け取ること」
「はい、香子さん。了解です」
「俺達は何を?」
元彌が香子に問いかけた。
「貴方達には囮をお願いします。来たらわざとらしく驚いてみせてください」
「おい、お前達。復唱を忘れているぞ!」
才雅が二人の背中をわざとらしく叩いて見せた。




