表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
427/440

戦もどき

「お待ちしていましたよ」


 旋風卿は傾斜路を上ってきた、冒険者というよりは学者風の佇まいの男に声をかけた。男は顔をあげると、少しばかり恥ずかしそうな顔をして旋風卿に向かって口を開いた。


「遅れてすまなかったな。とりあえず、道中に明かりの確保はしておいた。この季節は夜間は東から西に風が吹くから、こちらの射界の邪魔にはならないだろう」


 そう言うと背後の傾斜路の方を振り返った。傾斜路の所々に放置された荷馬車に火が放たれており、傾斜路に黄色い光をもたらしている。そこからたなびく白い煙は西の方、城砦の方へと流れていた。


「多門、お前は自分がここの大将だという自覚はあるのか!?」


 傾斜路の上、壁の頂上の方から怒声が響いた。声の主はぼさぼさの白髪を風にたなびかせながら、こちらに向かって握り拳を振り回している。


「大将ですか? 結社長はやらされているつもりはありますけどね」


 多門は声の主である学心司書長、かっての「高の国」の大将軍に向かって答えた。


「こいつは戦だ。だとすればここの長のお前の役割はこの戦の大将以外はない!」


 学心は握りこぶしを振り回しながら多門に向かって再び怒鳴りつけた。


「ここは城砦で軍ではないはずだが?」


 学心のあまりの剣幕に、多門は隣に立つ旋風卿に問いかけた。


「結社長殿、学心全権の言う通りですな」


 旋風卿は多門にそう答えると、槍の穂先で壁の下の馬車溜まりの辺りを指し示した。


「どうやら相手もこちらと戦をするつもりらしいですから、まさに戦そのものですよ」


 槍の先、関門の下では白と黒の点がきれいな列を作ってゆっくりと進んできている。渡りに黒犬だ。そして月明りの中、城砦の辺りを黒い影が舞っているのも見えた。帳の群れだ。


 その姿に多門は旋風卿に向かって頷いた。確かに、学心の言う通りこれは間違いなくマ者()()()相手の戦だ。


「すぐに迎撃の準備だ」


 多門はそう告げると、傾斜路の一番上、頂上に向かって走っていった。創晴や一番最後に城砦を離れた者達もその背後を追う。


「学心全権、現場の指揮を頼む。あんたの得意技だろう?」


 頂上まで駆け上がった多門はそこで柚安や鹿斗と一緒に立っていた学心に声を掛けた。


「多門、お主は何を言っているのだ? まだ戦の準備は終わっていないぞ」


 多門の言葉に学心が首を横に振って見せる。


「学心さん?」


 多門の背後にいた創晴が思わず学心に向かって問いかけた。ここにいる者達は冒険者で、組での狩りしか知らない。学心の様な軍の指揮を取ったものから指示を出してもらわないと、ただの烏合の衆に過ぎない。


 だが学心は創晴の呼びかけを無視すると、多門に向かってその枯れ枝のような指を向けた。


「これは戦なのだ。大将のお前が兵に向かってこの戦の大義を、我々が勝利の先に何を得るのかを、その死に何の意味があるのかをきちんと説明しろ。それもお主の仕事だ」


 そう言うと横を向いて、ゆっくりと壁に近づこうとしているマ者の群れに注意を向けた。


「学心全権、私は一介の冒険者ですよ。その役は北壁戦役の英雄である貴方にお譲り…」


 学心は右手をあげると、多門の方を一顧だにすることなく、さっさとやれとでも言うようにその手を振って見せた。


「本気でやれって言っているんですか!?」


「当たり前だ。時間がない。手短にさっさとやれ。それがこの戦の最後の備えという奴だ」


 多門は下に居る旋風卿の方を、背後の冒険者の列を率いる歌月の方を、助けを求めるように見つめた。だがいずれも多門に向かって首を横に振ってみせただけだ。


 つまり、どうしても俺にやれっていう事だな。美亜が居なくて助かった。いたらきっと一生の心の傷になること間違いなしだ。


 多門は大外套の頭巾をはねのけると、関門の頂上に並んだ人達に向かって声を上げた。


「城砦の諸君!結社長の多門だ。君達に一つ報告がある」


 そう言うと、冒険者の列や、どうしてそこに居るのかは理解できないが、城砦の住人達を見回すと言葉を続けた。


「嫁を貰った。美亜副結社長兼、研修組組頭だ」


 歌月をはじめ、並んだ冒険者達があっけにとられた表情をして多門を見る。


「だが色々と邪魔が入ってまだ抱けていない。なのでこの狩りを終わらせて、ゆっくりと心ゆくまで嫁を抱かせてほしい」


 背後の住人達から、そして並んだ冒険者達の列から苦笑のざわめきが漏れた。多門も自分自身に向かって苦笑をして見せる。そしてさらに声を張り上げると居並ぶ人達に声を掛けた。


「諸君達もこの狩りの後にやるべきことが色々とあると思う。さっさと狩らせてもらって、我々は次の一歩を歩む」


 多門はそこまで告げると右手を上げた。そして横に立つ学心の方をちらりと見る。


 学心さん、戦い方はあんたの得意なやり方でやってもらうが、ここは城砦だ。国でもなければ軍でもない。あんたはこれを戦だとか俺が大将だとか言っているが、俺はそれには同意できない。


 やり方はさておき、これはどこまでいっても狩りは狩りだよ。何故なら相手は()()()だろうが何だろうが、マ者はマ者なんだから。


「我々の剣は、マ者をつらぬく!」


 冒険者だけじゃなく、そこに居るもの全員の右手が上がった。


「皆が良き狩り手であらんことを!」


 関門の頂上に、そこにいる者全員の声が一斉に響き渡った。


「学心殿、結社長の督戦の出来はいかがですかな?」


 頂上まで上がってきた旋風卿が学心に声をかけた。


「ああ、今まで聞いた中では最悪の督戦だな。だが個人的には悪くはない。それに独身の結社長に短命な者が多いのは本当の事なのだよ」


 それを学心の横で聞いていた伊一が苦笑して見せると、学心に向かって口を開いた。


「私は軍人だった父に反発して冒険者になったんですが、まさか似たようなことをやることになるとは思いもしませんでした。宿命という奴ですかね?」


「伊一君。多門にはああいったが、これは戦などではないよ。戦()()()だ。槍にかけた相手が夢に出てきたりなどはせん。安心して思う存分やるがいい」


「了解です、学心全権殿」


* * *


「その先、50杖を右手に行ってください」


 美亜さんの声が地下水路の中に響いた。私達は美亜さんの指示で地下水路を実季さん、白蓮を前衛に、世恋さん、美亜さんと進んでいる。


 恐ろしい事に美亜さんはこの複雑怪奇な地下水路の地図を本当に全部頭に入れているらしく、的確な指示で私達を導いている。


 おそらく私だけで進んでいたら、4半刻(30分)も立たないうちに進退窮まる事態になっていたに違いない。それに今回は千夏さんから装備を受け取れていたので、十分な光量の角灯に、頭の先にマ石による小型の角灯をつけて移動もできていた。


 先を進む実季さんが該当の通路を見つけたらしく、白蓮が私達に「確認」の手信号を送ってよこした。慎重に足元を探りながらも駆け足でそこまで向かう。


 雪解け水が流れ込んでいるのか、横の水路を流れる水は深くそして早い。もし足元を滑らして水路に転落したら、あっという間に流されてみんなから離されてしまうだろう。いやその前に流れに飲まれて溺れ死ぬこと間違いなしだ。


 世恋さんが角灯で明かりを確保している先に、高さ一杖に満たない細い通路と、そこに上る小さな階段のようなものが見えた。


 実季さんと白蓮は先に進んだらしくもう姿はない。通路の先からは彼らのものと思われる小さな靴音が響いている。


「この通路を抜ければ、右手に本城砦まで続いている大水路があるはずよ。先はがけ下に流れ込んでいるけど、その手前に本城砦へ上る階段がある。まだ距離はあるけど、もう迷うことない一本道ね」


 美亜さんが私に説明してくれた。どうやらあと少しで本城砦にいけるらしい。地下を通ってきているおかげか、マ者やマ者もどきなどにも特に遭遇することなくここまで来ることができた。


「美亜さん、百夜はどうしていますか? 何か見えますか?」


 美亜さんが私に向かって首を横に振って見せた。


「つながりは感じられるのだけど、城砦で最後に見えた時からこの方、何も見えていない。あなたはどう?」


 美亜さんは角灯を持っている世恋さんの方を振り返った。


「私も何も感じられないですね。ただ美亜さんの言う通りに繋がりは感じられます。大丈夫です。まだ無事ですよ」


 そう言うと世恋さんは私ににっこりと微笑んでくれた。焦る気持ちはあるが二人がそう言う以上、私としてはそれを信じるしかない。


 私は二人に頷くと頭を下げて通路に体を潜り込ませた。ともかく一刻も早く百夜のもとにたどり着いて、再びこの地下水路経由で戻るしかない。美亜さんが言うにはこの地下水路は関門の下を通っていて、関門の町側にもその出口があるらしい。


 世恋さんが言っていたおとぎ話は本当だったのかもしれない。そうだとするとお化けの話も本当かもしれないが、お化けが出てきて邪魔しようもんなら…


 すべてまとめてぶっ飛ばしてやる!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ