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籠城

「用哲、創晴と千夏はまだ来ていないのか?」


 仁英は夕飯を取りに向かっていた用哲に声を掛けた。闇を照らす松明の明かりに映るその顔には疲労の色が濃く出ている。


 城砦からここまで短時間で退去の指揮をとったのだ。仁英はその顔を見ながら、恐らく自分も同じような顔をしているのだろうと思った。とは言ってもこの手は自分達の様な森に潜るのがそろそろやばそうな者達の仕事だ。


 それでも柚安の計画書があったおかげで、事務官をはじめとした探索組とその家族などの退去作業は、混乱に陥ることなく進める事が出来た。


 かといって問題が何も無い訳ではない。何より組頭の創晴がここにたどり着けていない。創晴と千夏は白蓮の迎えと最終的な撤収の作業で最終組になっている。もっとも創晴達が先にここに来ても、白蓮の心配やらで空回りするだけだろう。


「さっき先触れがあった。多門さんと一緒に傾斜路を登ってきているようだ」


 用哲が仁英に向かって答える。その言葉に仁英は安堵のため息を漏らした。

 

「と言う事は白蓮も無事で一緒と言う事か?」


 あの二人は白蓮の事が分からない限りは戻ってきたりはしないだろうから、何か分かったという事なのだろう。 


「戻って来たらしいが、どうやらまた潜るらしい」


「潜るって、何処にだ!?」


 仁英は用哲の言葉に思わず叫び声をあげた。あの赤毛組の面々は常にこちらの想定の斜め上だけを行ってくれる。


「何でも黒い子が見つかったそうだ。赤毛組はそれの救出のために潜るらしい」


 用哲の言葉に仁英が頭を振る。


「本気か!? 関門に籠城するような城砦始まって以来の事態だぞ。いくら竜が狩れたからと言っても、それとこれは話が別だろうが」


 あの子供はどこかでのたれ死んだりするような玉じゃないのは分かる。だがこの状況で救いに行くというのはいくら何でも無茶だ。


「そうだな。俺にもさっぱりだ。ともかく創晴が来たら詳しい話を聞くしかない」


 仁英も用哲の言葉に頷いた。憶測では物事は何も決められない。


「皆さん、おしゃべりなんてしてないで先に食事を食べて下さいな。後がつかえて居ますよ」


 しばし話し込んでいた二人に向かって背後から声が掛かった。振り返ると、食事の給仕役の女性が、白い割烹着を着て料理を盛りつけた皿を手にこちらを見ている。


 どこの組の所属かは分からないが、冒険者には到底見えない。関門からの応援だろうか? それにしても割烹着姿が似合いすぎている。


 加えてそこからにじみ出ているちょっとした色気とでも言うのだろうか? それも冒険者、いや城砦に似つかわしくない。むしろ小料理屋の気立てのいい若い女将と言う感じだ。そんな事を考えながら仁英は用哲と一緒に、慌ててその女性から皿を受け取った。


「そうですよ。無駄口叩いてないで、食べてさっさとひと眠りでもしなさい」


 用哲の背後から仁英も良く知った声が響いた。


「瀬乃、お前は何でここに居るんだ!?」


 用哲の口から驚きと言うより当惑しきった声が上がった。その姿は普段に用哲が見せている冷静な姿と違って、明らかに混乱しきっている。


「居ちゃいけませんか?」


 用哲の妻の瀬乃が、皿を持ったまま固まっている用哲に声を掛けた。


「それにそこに突っ立って居ると他の人の邪魔ですよ」


 その背後から現れた人影を見て、仁英も用哲同様に皿を手にしたまま固まった。


「美明、お前も何でここにいるんだ!?」


 仁英と用哲がお互い顔を一瞥すると、まるで夢でも見てるのかという表情で自分達の妻の姿を眺めた。


「私は証持ちですからね。勝手に降りたら殺されちゃいますよ」


 美明が上着を引っ張って胸元を見せようとすると、仁英が慌てて大きく首を横に振った。その姿を見た美明が口に手を当てて含み笑いをして見せる。


「非冒険者は替えの利かない者を除いて全員関門に退去という話だろう?」


 用哲が二人に向かって訳が分からんという顔をして問い掛けた。


「子供たちは関門の叔父さんのところに頼んでおきました」


 その問いかけに、瀬乃が家にいる時と変わらぬ表情で答えた。


「だったら子供達と一緒に――」


「あの子達だって自分の面倒ぐらい自分で見れる年ですよ。それより関門に向かう馬車の中でこちらのお嬢さんから話を聞いたんです。おかげで私の中で何かもやもやしていたものがすっきりしました」


 そう言うと、瀬乃は傍らにいたかっぽう着姿の女性をふり返った。


「瀬乃さん、お嬢さんなんてやめてくださいな。そんな呼び方はとうに似合わないですよ」


「何言っているんですか、喜代さん。私からみたら喜代さんも、美明さんもまだまだお嬢さんですよ。あら、ごめんなさい。美明さんは若奥様と言うところかしら?」


 そう言うと瀬乃は口に手を当ててからからと笑った。用哲も仁英もその姿をあっけにとられて見ている。その時、仁英たちの背後から叫び声が上がった。


「喜代さん、何でこんなところに!?」


 柚安の声だ。柚安は手にしていた書類の束を傍らの指揮官らしき男に押し付けると、慌てた表情で割烹着姿の女性の前に駆けこんできた。その顔は驚きに満ちている。


「あら柚安さん。すいませんね。お邪魔ついでにこちらのお手伝いをさせて頂いています」


 女性は柚安の姿を見ると、柚安に向かって丁寧に頭を下げた。


「おい、すぐに馬車の手配を頼む」


 柚安が先ほど書類を押し付けた男に向かって手を上げると声を張り上げた。だが誰かの手が伸びたかと思うと、その柚安の手をとって無理やり下へと下ろさせた。


「柚安さん、舐めたことを言ってはいけません」


 瀬乃は柚安の前に立ちはだかると、まるで柚安をたしなめるかのように告げた。


「瀬乃、お前は何を言っているんだ。柚安事務官長、妻が暴言を吐いて済まない。この非常事態に少し混乱しているようだ」


 妻の発言に、用哲が慌てたように二人の間に割り込もうとする。だが瀬乃の視線にその動きを止められた。


「とち狂っているのは皆さんの方ですよ。喜代さんに聞かれたんです。城砦と言うところは本当に沢山の冒険者がいて、その人達の為に一つの街があるというのはすごいですねって」


「それがどうした?」


「黙って最後まで聞きなさい。冒険者の方は、ほぼ毎日森に入るのですかと聞かれましてね。その準備を考えれば毎日潜っているようなものだと答えたんです」


 瀬乃はそこで言葉を区切ると横に立つ喜代の方を振り向いた。


「そうしたら喜代さんに、その為にこれだけの街が必要なんですねって言われたんですよ」


 そう告げると再び用哲と仁英の方を向いた。


「つまりここに居る証持ちの気取り屋さん達が森に安心して入れるには、私達が毎日ご飯を作って、そしてそれを仕入れて来てくれる人達が居て、つまり城砦と言う街がないとあんた達は何も出来ないという事ですよ」


「瀬乃、分かっているのか? これは非常事態なんだ。どれだけ危険か、どれだけ続くか分からないんだぞ」


 用哲が続けて何か言おうとしたが、瀬乃の顔を一瞥して口を閉じた。


「だからこそですよ。危険なんてのは森に潜るのも今も大して変わりません。マ者を相手にするのですから同じじゃないですか? そしてそれが毎日続くのも同じことですよ。だから城砦に居ようが、関門に籠ろうが、私達のやることは同じなんです」


 瀬乃の言葉の鋭さに、用哲も仁英も思わず後ずさりしそうになっている。


「あんた達のために水を汲んで食事を作って、洗濯をするんです。私達が居なかったら、あんた達なんてまあ3日も持たない、いや1日だって持たないかもしれないじゃないですか?」


 瀬乃はそう言うと、背後で食事の準備をしていた女性達をふり返った。


「だよね、皆さん!」


「あいよ!」「もちろんさ!」


 その声を受けて振り向いた瀬乃が男達に告げた。


「当たり前ですよ」


 喜代は瀬乃の言葉を聞くと、柚安の前に一歩進み出てその顔を見あげた。


「私なんかは何のお役にも立ちませんが、関門に居た時と同じようにお弁当を作って、洗濯するぐらいの事ならできると思うんですよ」


 それを聞いた瀬乃が喜代に向かって片手を上げるとそれを顔の前で振って見せた。


「喜代さん、何を言っているんですか? この人達冒険者は、森以外では何も出来ない、本当に役に立たない人達なんですよ。塔から離れようがここは城砦ですからね。私達があんた達を何とかしてやる場所なんです」


「どうやら我々の負けと言うか、皆さんの勝ちですね。確かにこれはどこまで続くか分からない」


 柚安はそう仁英と用哲に告げると、肩をすくめて見せた。


「そうだな。俺達冒険者の力が試されているんじゃない。城砦と言うものが持つ力自体が試されているという事だな」


 仁英も用哲も柚安の言葉に頷くと、食事の為に集まっていた大外套姿の冒険者たちに向かって声を掛けた。

 

「そうだろ、お前達!」


「うるさいですよ。さっさと食べて休んでください!」


 瀬乃のするどい指摘と、それに対するみんなの笑いが関門の上に響く。その姿を春の霞の中を上へと上がってきた赤銅色の月がぼんやりと照らし続けていた。

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