作戦会議
関門の一番上の端から、二人の男が城砦へと続く傾斜路を見下ろしながら話しをしていた。彼らの姿を地平線から上がってきた赤銅色の月明かりがぼんやりと照らしている。
彼らの足元では暗闇の中を、角灯を灯して傾斜路を登ってくる馬車の列が続いており、その背後では関門の籠城の指揮を任されている柚安や鹿斗、それに帆洲や歌月の姿もあった。
「アル、どう見る?」
籠城の全権を任されている学心が、傍らに立つ旋風卿の顔を見あげて口を開いた。
「報告では岩もどきに顎、黒犬、渡りに帳だそうです。岩もどきは毒がありますが、あの図体ですから登って来れるとは思えないので無視出来ます。上から来る帳と、下から来るそれ以外という事になりますね」
そう告げると槍の先で関門の頂上の反対側を指した。
「ともかくこの幅全部を守るには人員は全く足りていません。一番上で傾斜路への下り口を守る以外には方法がありませんな」
旋風卿の答えに学心も頷いた。人員を考えればここをひたすら守る以外には方法がない。だが敵が来るのはこの傾斜路だけからではなかった。
「帳はどうする?」
「音響弾でかく乱、それを投槍か礫で狙うしかないでしょう。あれの翼は意外と火に弱いので、炎使いあるいは弩弓に火矢で削るのもありですね。ともかく飛べなくしてしまえば対処は可能です」
旋風卿は学心に肩をすくめてみせながらそう答えた。マ者相手でも戦に奇手などというものは基本的にはない。
「逆に黒犬とか渡りの方が、跳躍力もあって意外としぶといので厄介ですな。そもそも集団で狩をするやつらです。それに顎は手に吸盤を持っているから壁を登って来れる。顎については壁と傾斜路に油を流して防ぐしかないでしょう」
旋風卿は背後に控える鹿斗の方を振り返った。
「鹿斗工房長。馬車が登り次第、油を流しますので準備をお願いします」
「承った」
鹿斗はそう答えると背後にいる事務官に指示を出していく。
「狙撃も難しいな」
学心が壁の縁から身を乗り出して下を見ながら呟いた。
「ええ、そもそも関門は単なる壁で籠城用の城ではないですからね。側防塔のような壁にとりついたのを横から射撃する手段がありません。傾斜路の中で盾を並べて迎撃するしかないでしょう」
「はい。盾使い一同で防衛線を引きます」
帆州の声に旋風卿が頷いて見せる。
「こちらの盾を飛び越えられないように、鉄鎖使いや風使いの支援、投槍、長弩弓での要撃も必要です。昔の言葉で言えば複合戦力ですな。それとともかく接近戦に持ち込ませない事です」
「人員の編成についてはこちらで承ります」
背後で名簿を抱えた柚安が答えた。
「予備線はどうする?」
「頂上との連携を考えれば難しいですね。風向きにもよりますが、火を使って時間を稼いでいる間に再編です」
「そちらの油は傾斜路の角に用意でいいかな?」
鹿斗が旋風卿に問いただした。
「そうですな。基本は事前に流しておいて上から火矢で火を着けるです。ただ壁の油迄燃えてしまうと顎が昇ってきます」
「分かった。では壁用の油も予備が必要という事だな。最初はいいが二回目は壁の幅全部を抑えるのは厳しいぞ」
「そうですな。本当にいざという場合だけです」
「集団戦闘の経験が浅い点は?」
「それは農民や町民を動員する場合も同じですからね。士官さえ確保できれば何とかなる話です」
「こちらに士官が居ない点は?」
「こちらには指揮官がいますから、彼らにその役をやってもらうしかないですね。そもそも士官なんてものは直接戦闘に参加すべきではないのですからある意味合理的です。彼らが隊の入れ替えを含めてうまく合わせてくれれば何とかなるでしょう」
旋風卿の言葉に、柚安が了解とでも言うように片手を上げた。
「演習なしの即実戦だ。そこは本当に出たとこ勝負だな」
「はい。ともかく指揮官の損耗は最低限にする努力が必要です。下士官役は各組の組長が居ますから大丈夫でしょう。むしろ普通の軍よりもよほどに充実しています」
「編成は?」
「予備隊を別とすれば、できれば3交代にしたいところですが、2交代で適時予備隊投入というところでしょうね。むしろ予備隊に有効な戦力を集中しておいて、機動的な運用を前提とした方が良さそうです。相手によっては結局最初から全戦力投入という事もありえますから。後列についても二交代制でやはり予備が必要です」
旋風卿の説明を聞いた柚安が傍らの事務官を呼ぶと、ここに集まった組に対する編成分けの指示を出していく。
「柔軟な対応が全てという奴だな。後列も含めた複合戦力とした方が良いだろう。これは局地戦かつ持久戦だ」
「そうですね。他の結社やら軍が来るまでの何日かは耐えないといけません。背後に関門はありますが、そこから人が全部逃げてしまうようだと段列としては役に立たなくなってしまいます。この点は注意が必要ですね」
「そこは脅しも含めた交渉事だな」
学心が鹿斗の方を見ながら頷いて見せた。
「どのみちここを抜けられたら終わりなのですが、それを理解していても、自分だけは助かると信じる楽観主義者は山ほどいます」
旋風卿と学心は背後にある関門の街の灯りを眺めた。
「せめてもの救いは関門が商業の街で物資だけは豊富にある点です。できれば民兵を募れるといいのですが。弩弓は素人でも使えます。矢をつがえる役がいるだけでも助かる。負傷者の搬送もある。ともかく戦は後列も含めて数が全てです」
「そこが一番の問題だ。相手がどれだけいるのかが分からん。こんな戦は初めてだな」
「そうですね。黒の帝国でも基本は森を切り出してから突撃していたみたいですからね」
「ではアル、お主には傾斜路の防御を堅盾卿と頼む。儂は上で帳の迎撃と全体の指揮を行う。予備隊の指揮は歌月殿にお願いする。後列はマ石の供給と合わせて呪符卿の担当とさせてもらう。だが多門はどこで何をもたもたしているんだ?」
「先触れの連絡によれば、傾斜路をこちらに向かっているようです」
柚安が学心に向かって答える。学心はその答えを聞くと頭を振った。
「あの男は戦における大将というのが、一体どういう存在なのか分かっているのか?」
「分かっていないから現場を見に、監視所なんてところまでのこのこと行くのでしょうね」
旋風卿はそう告げると、学心に向かって肩をすくめて見せた。
「そうだ。全くもって分かっていない。大将というのはそれが存在している限り、我々は負けていないという事の証なのだからな。我々はそのために前を向いて戦うのだ」
旋風卿は学心の言葉に深く頷いて見せると、背後をふり返った。
「では皆さん、今の話で大体の方針は分かったと思います。監視要員を除いては、まずは食事と休息を取ってください。戦にとってはこれが一番大事な事なのですよ」




