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 荷馬車で監視所までもどるうちに、日差しはだいぶ陰ってきていた。これは城砦に戻るころには真っ暗になりそうだ。


 それでも日があるうちに、監視所までたどり着けたのは何よりだ。真っ暗になってしまったら、この馬車に備え付けの角灯ぐらいでは、あの情緒無し男を探すのに手間がかかってしょうがない。


『そんなことないか?』


 森の中じゃないんだし、この「情緒無し男」と叫んでやれば、きっと怒り狂ってすぐにこちらに飛んでくるに違いない。それに何だろう? 首筋の後ろがちりちりする感じがする。誰か力でも使っているのだろうか? 首筋の辺りが重くてたまらない。


「白蓮、首筋のあたりになんか感じない?」


「首筋? 特に何も感じないけど、もしかして今頃マナ酔い?」


 白蓮に聞いた私が愚かだった。この鈍感男に私が感じている繊細な何かが、何なのかなんて分かるはずがない。〇〇は風邪もひかないけど、マナ酔いにもかからないに違いない。


 それになんか腰のあたりがじんわりと熱い。もしかしたら知らないうちに、何か可燃物がお尻で燃えているとか、恐ろしいことが起きてはいないだろうか?


 慌てて腰の道具袋に手をやると、その中の皮でできた包みがじんわりと温かくなっている。どうやら多門さんのところに居たおばさんが渡してくれた、赤い石が熱をもっているらしい。


 でも何でこれが熱くなるんだろう? まさか可燃物とかじゃないですよね?


 慌てて革袋を道具袋から取り出して、中の石を出してみる。温まっていること以外は特に何もかわっていないような気がする。だがそれは革の包みを通しても、ずっと持っているのがつらいくらいに熱い。


 そのせいだろうか、袋の中を覗くとかすかに光っているようにも思えた。


「白蓮、これってある人から、私の物だと言われて渡された石なんだけど、ここに来たらすごく熱いの。何だか分かる?」


「この石? なんか百夜ちゃんが持っていた石に似ているね。でもこれは赤か」


 そう言うと、白蓮は私が差し出した石を躊躇せずに受け取った。私は熱いと警告したはずだけど。お前、そう簡単に取るか?


「ふーちゃん。別に熱くもなんともないけど。気のせいじゃない。まあ、ふーちゃんのお尻で温められていた気がするぐらいかな?」


「え――! あんたこれが分かんないの!?」


 もしかして〇〇は、マナ酔いしないだけじゃ無くて熱さも分からないのだろうか? それかとてつもなく鈍い? だからあれだけ腹とか蹴飛ばされても動けたのか!?


 今更ながら白蓮のしぶとさの秘密を見たような気がする。それに何ですか? おしりで温められた? 何です、そのとってもいやらしい言い方は!


 少しは冒険者として成長したと思っていましたが、別のところでも急成長ですか?


 まあ、千夏さんなんてかわいいお弟子さんにちやほやされていたら、そうなってしまうのかもしれませね!


「役に立たないやつ。返せ!」


「ふーちゃん。そんな事よりあれを見て」


 白蓮が私に向かって監視所の先を指さした。そこにはいつもの黒青川のゆったりとした流れがあるだけだ。風のせいだろうか? それはいつもより波立っていた。


「えっ!何あれ!」


 そのさらに先を見た私は思わず声を上げた。そこには夕日を浴びる茶色い大きな岩が、対岸から黒青川の半ば過ぎまでに一列に伸びて、堰のようなものを作っている。その堰の先頭でできた大きな渦が黒青川の水面を流れていく。


 その茶色い岩は、対岸にもゴロゴロあった。いやゴロゴロなんてもんじゃない。向こう岸がそれで埋まっているようなものだ。


 一体どこの誰がこんな岩を持って来たのだろう。だがよく見るとその岩には何かが刺さっているように見えた。何だろう、槍だろうか? 槍は岩と同じ色をしている。


「岩もどきだ」


 隣にいた白蓮が、夕日がまぶしいのか額に手を当てながらつぶやいた。


「岩もどき?」


 それって、白蓮達が美亜さんを救いに行ったときに狩った新種じゃないの?


 新種ってめったにいないってやつだよね。それがまるで空から小石を振りまいたかのように川の中ほどから向こう岸全体に向かって落ちている。


 さらによく見ると向う岸には羽毛をもった見慣れた姿と、黒い大きな犬みたいなものがやはり一列になって倒れている。


 一体ここで何が起きたというのだろう。想像もつかない。もしかしたら寧乃ちゃんが言うように森は神様で、その怒りを買ったとでもいうのだろうか?


 そんなことより、多門さんは? 多門さんは無事なのだろうか? 弥勒さんがあんなところにいたら自殺行為だと言っていたのがよく分かった。


「白蓮、そんなことより多門さん……」


 私の言葉に白蓮が監視所の横の川岸を指さした。撤収の混乱の為だろうか、少しばかり箱や何やらが散乱している桟橋の手前のところに、地面に大の字になって倒れている人がいるのが見えた。弥勒さんは多門さんは一人で残ったと言っていた。ならばあれはあの人しかいない。


 私と白蓮はその大の字に横たわる人のところまで駆け寄った。間違いない。川岸の草の上で多門さんが大の字に横たわっていた。何があったのか鼻からは鼻血のようなものを流している。


 もしかして!?


 駆け寄った白蓮が首筋に手を当てると、さらに口元に耳をやって息を確認した。


「大丈夫。生きているよ。ただ気を失っているだけだと思う」


 顔を上げた白蓮が私に告げた。何があったか知らないけど紛らわしい真似はやめてください!


「多門さん、多門さん。起きてください!」


「美空か?」


 はあ!?


 あんた美亜さんという人がいながら、他の女の名前を呼ぶとは何者ですか? 百歩譲ってもせいぜい桃子さんの名前じゃないですか?


 いや、やっぱり美亜さん以外の名前を呼ぶなんて事はあってはいません!それにその名前はどこかで聞いたことがあるような気がするけど、気のせいかな?


「何を、こんなところで鼻血だして寝ているんですか?」


「いや、ふーちゃん。多分多門さんは寝ていたんじゃなくて……」


 今は私が話しているんだ。お前は余計な口を閉じて居ろ。


「どこをどう見たって寝ているでしょうが!」


「お前達、どうしてここに?」


 白蓮に上半身を起こしてもらった多門さんが、私と白蓮の顔をまじまじと見ながらつぶやいた。


「俺は生きているのか? それにお前は何で生きているんだ?」


「勝手に殺さないでください」


 もしかして夢の中で私を殺して、美空とかいう女といちゃいちゃする夢でも見ていたんですか?


「ふーちゃん、まずい!」


 何がまずいの。私はこれからこの情緒なし男に山ほど説教してやるのだから邪魔をするな。


「多門さんね。どんだけ美亜さんを泣かせれば気が済むんですか? もしかして美亜さんに心配されている俺ってかっこいいとか、とてつもない勘違いとかしていませんか!?」


「ふーちゃん!」


チチチチチ!


 その時だった。何かの影が私の上を横切った。


「バタバタバタ」


 そして羽音のようなものが耳に響く。見あげると黒い何かが夕日を浴びて羽ばたいている。何だこれは? 夕方で蝙蝠が飛ぶ時間になったということ?


 チチチィ――――!


 違う!これは蝙蝠なんかじゃない。大きさだけじゃない、明らかに蝙蝠とは違う。長く円錐形の嘴のようなものがぱっくりと開くと、中には鋸を何本も敷き詰めたような黒光りする歯が見えた。


「ふーちゃん、耳を抑えろ!」


 白蓮が私に向かってそう叫ぶと、丸い物を川岸の方へと投げた。


 グオ――――ン!


 チィチィチィ、チィチィチィ、チィチィチィ


 とんでもない音が辺りに響き渡り、私達の上を飛んでいた黒い何かが混乱したかのように黒青川の上へと舞い上がっていく。


 ヒヒーン!


 音に驚いたのか、荷馬車を引いてきてくれた馬も前足を大きく蹴り上げて暴れている。そして森の向こうからもその黒い影が一斉に羽ばたいた。数は一体どれだけいるのだろう。私の両手、両足の指の数ではとても足りそうにない。


「ふーちゃん、帳だ。こいつはやばい奴だ!」


 流石の私も、見れば分かります。百夜!そうか、あの子はいないのか。


「どうやらお前達には俺の力は効かないらしい。俺以外は無差別だと思っていたが、世の中には何でも例外という奴があるんだな。あと一回、命がけでやる。だからお前達は……」


「白蓮、このうるさい人を黙らせて」


「何だと!」


「死にかけは黙っていろ!」


「白蓮、荷馬車迄運ぶよ。耳栓の予備があったら頂戴。それと音響弾はどれだけある?」


「残念だけど、あと一発だけだ。残りは煙幕弾に閃光弾。一発だけじゃ流石に逃げきれない」


「だから、俺が……」


「黙れ、情緒無し男!口を開くな!」


「白蓮、あと一発で持たせて。私は監視所の倉庫から音響弾を探してくる」


「後、馬の耳にも耳栓をお願い」


 私はそう白蓮に告げると、監視所の裏手にある倉庫に向かった。ここはあの男(多門)に荷車を運ぶように言われたおかげで、どこに何があるかは大体分かっている。それに倉庫のどの扉にも鍵はかかっていないようだ。


 マ石や音響弾、閃光弾と言った高級品の保管庫は……ここだ。石造りの一番重厚なつくりの倉庫だ。


 半開きだった鉄の扉を体で押して中に飛び込んだ。ここに隠れるというのは無しかな? だめだ。上は木の天井だし、あの岩もどきとか言う奴が来たら、この程度の石造りの建物なんて何の役にもたたないだろう。


 暗さに目がまだなれていなくて、棚の角に頭をぶつけそうになる。鉄格子のされた明かり窓から入ってくる夕日の黄色い光を頼りに棚を探す。音響弾は何処だ? きっとお高そうなやつは一番奥にあるに決まっている。


 一番奥まで行くと、そこには音響弾を表す同心円の印がある棚に、革袋が一つだけ置いてあった。もしかしたら退去するときにめぼしいのはもう持っていったのだろうか? 一袋でも残っていて助かった。それをともかく手に取って出口を目指す。


 グオ――――ン!


 耳がキーンと鳴る。白蓮のばか!鳴らす時には笛かなんかで合図しろ!耳栓をずらしていたじゃないか!この倉庫の中じゃ無かったら間違いなく鼓膜がやられている。


 心の中で白蓮に対する悪態を山ほどつきながら倉庫の外に出ると、白蓮が多門さんに肩を貸しながら荷馬車の方へと向かっていた。空を見上げるともう真っ赤になりつつある空に帳とかいう黒い奴が山ほど舞っている。あれが全部襲ってきたら……。考えたくない!


 その何匹かが、混乱から立ち直ったのか、白蓮達の方へ旋回して行こうとする。まずい!革袋の中に手をやってその一つを取る。あれ? これって音響弾じゃなくてマ石じゃない? もしかして間違えた!?


 でも確かに同心円の印があったけど。もうなんでもいいです。出たとこ勝負です。マ石を包んでいた油紙を指で剥がして、少しでも遠くの地面に放り投げた。


 黒いマ石は地面をころころと転がっていき、そこでぱっくりと割れて粉々になった。慌てて耳栓の覆いを下ろす。あれ?


「なにこれ、全然音がならないじゃない。不良品?」


 チィチィチィ、チィチィチィ、チィチィチィ!


 だが、頭の上の蝙蝠もどきがさっきの音響弾なんかよりはるかに混乱していた。何匹かはそのまま地面に激突したり、黒青川の水面に突っ込んでいる。


「ふーちゃん、違うよ。こいつは大当たりだよ」


「何? ほめても何も出ないよ」


「こいつは、高音域専用の音響弾だ。帳とか顎専用の超高級品という奴だよ。多分普段使う物じゃないから倉庫に残っていたんだ」


「じゃ、これをずっと撒いて行けば逃げられそう?」


「そうだね。逃げられるかもしれない。でもこれって相当な特別品だよ。使ったら怒られないかな?」


「大丈夫だ……。無制限使用許可を出してある」


 荷馬車の荷台の上に横たわっている死にかけ男が口を開いた。そうだった。この男は結社長だった。ならば何をやっても大丈夫なはず。だよね?


「なら、ぐずぐずしている暇はないぞ男ども!さっさと逃げるよ!」


「ふーちゃん、了解です!」

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