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現場

「千夏、すぐ組に戻れ。お前の探知が必要だ」


 背後から聞きなれた声が研修棟の広間に響いた。今日は待機だというのに朝からまたやりあわないといけないのだろうか? 謎の過保護もいい加減にして欲しい。


「創晴さん、しつこいですよ」


 ふり返って見ると創晴さんは森に潜っている時と同じ顔をしていた。


「緊急事態だ。それにこれは研修組にも通っている話だ」


 これは間違いなくただ事ではないという事だ。


「はい、創晴さん。了解です」


「皆さん、すいません。組にもどらないといけないようです」


 私は広間で指示を待って待機していた同じ研修組の面々に向かって頭を下げた。創晴さんの「緊急事態」という発言にみんな少し緊張した面持ちをしている。


「白蓮さんはどちらですか?」


 私は、創晴さんに私にとって最も大事な事を今のうちに聞いておくことにした。


「白蓮は、監視所に先行している。警備方がそこに集結して撤収準備中だ。やつの例の赤毛組優先という奴だ」


 創晴さんは私に少し気を使ったのか、言葉を選んで私に答えてくれた。やっぱり、白蓮さんは風華さん最優先なんですね。相手が風華さんという事になると創晴さんはじめ、探索組の人達は誰も白蓮さんを止める事など出来ない。


「私達も監視所ですか?」


 白蓮さんにとっては私は邪魔な存在かもしれないが、出来る事ならそうして欲しい。


「それについては、結社長が現場を確認後という話になっている。未だに相手がどんな奴か不明らしいからな。探知持ちはいくらいても足りないぐらいだ」


「できれば、監視所への組に入れてもらえませんでしょうか?」


「お前は弟子だからな、それについては考慮はするが約束はできない。これはもう組とか子弟がどうのこうのという話ではないんだ」


「創晴さん、了解です」


 どうやら私が我がままを押し通すなんて事はできない事態のようだ。


「すいません。赤毛組というのは、風華さんの件でしょうか?」


 不意に私の背後から私達に声が掛かった。


「君達は?」


 創晴さんが、発言の主に向かって問いただした。


「はい、俺は才雅という者です」


「僕は、朋治です。千夏さんと同じ組で研修を受けている者です」


「俺達にできる事があれば何でもいいので、お手伝いさせて頂けませんでしょうか?」


 二人は真剣な顔で創晴さんに告げた。


「君たちの好意はありがたいが……」


 創晴さんは二人の熱意は理解したらしいが、二人に向かって口ごもって見せた。はっきり言って研修生など足手纏いだと思っているのだろう。


 だが私から見ればこの二人は、ここで研修など果たして受ける必要があるのか不思議なくらいだ。いやむしろ私がいきなり森で白蓮さんや創晴さんに鍛えてもらったみたいに、実際の現場でこそその力を発揮できる人達だ。


「創晴さん、お二人は以前に風華さんや百夜さん、それに実季さんと研修を一緒に受けた方です。あの美亜組の一員だった人達です」


「そうか、あの赤毛と黒い奴の一味だったのか。それは大変だったろうな」


 創晴さんが、私の発言に納得したように二人に頷いて見せた。


「あんた達、一体何者なんだ?」


 私達の組のやんちゃ男子二人が私達を見て叫んだ。創晴さんが二人を不思議そうな表情で眺めると二人に向かって口を開いた。


「知らないのか? 今、城砦で一番有名な組の面子だぞ。赤毛は神もどきを倒したやつだ。そして黒いのは竜を狩った一味だ。鼻歌交じりで渡りを焼き鳥にできる奴らしい」


 創晴さんは、そうやんちゃな二人に告げると私の方を指差した。


「そして赤毛はこいつの師匠、白蓮の組の組長でもある。まあ、普通にかかわったら命がいくらあっても足りないという奴らだ。そいつらと一緒で生き残れたんだ。千夏同様に、君達も選抜なんてくそみたいなものは不要な人間だな」


 創晴さん、ここは研修組ですから発言には気を付けて下さい。それに赤毛と黒い奴では誰も誰の事かは分かりませんよ。違うか、城砦の人以外は誰も分かりませんよ。だけど私は創晴さんに向かって頷いて見せた。創晴さんは態度を改めると、二人に向かって語り掛けた。


「紹介が遅れて失礼した。私は嘆きの森の結社で探索組の組頭を拝命している創晴という者だ」


 創晴さんは、そこで握りこぶしを作って右手を上げて見せた。


「ようこそ城砦へ、我々は諸君を歓迎する。君達が我々と共に良き狩り手であらんことを」


 才雅さんと朋治さんも右手を上げて答えた。


「はい、創晴探索組組頭殿!皆が良き狩り手であらんことを!」


 三人をやんちゃ二人組が呆気に取られて見ている。創晴さん、ちゃんとしている時は貴方は十分にかっこいい人ですよ。


 でも師匠にはかなり負けますけどね。


* * *


「美亜、どうしてお前が俺と一緒に来る必要があるんだ。お前は関門への退去に関する仕事があるだろうが」


 多門は、監視所へ向かう馬車の中で美亜に向かって口を開いた。


「そちらは、柚安指揮官長が居れば十分だと思います」


 美亜が多門の問いかけに鬱陶しそうに答えた。


「研修中の駆け出し連中はどうするんだ?」


「そちらは、乙津(おつ)主任がいれば何の問題もありません。他の研修組のものへは既に可能な限りの指示は出してあります。後は現場の判断で動いてもらうだけです」


 確かに、あの男が居れば何の問題もない。天から石が降ってこようが動じる事などない男だ。


「で、どうしてお前が俺と来る必要があるんだ?」


 だが、こいつだって必要なはずだ。今は事務官や城砦で働いている非冒険者の関門への退去作業が最優先だ。だが美亜は多門の言葉に対して眦を上げると怒鳴り返してきた。


「何言っているんですか!私が居なかったら誰が室長の指示を指示書にして伝達するんですか!?」


 確かにそれはそうだ。誰かが俺の指示を適切な奴に伝達してくれないと意味がない。だが今こいつは何と言った?


「室長じゃない。結社長だ!」


「それは大変失礼しました。些細な点についてのご指摘ありがとうございます」


 美亜が嫌味っぽく多門に向かって頭を下げて見せた。


「状況は?」


「警備組は監視所への集結がほぼ完了との事ですが、渡しから戻ってくる組は未だ居ません」


 美亜が先触れからの文の束らしき紙をいくつかめくりつつ多門に対して答えた。


「どれだけ出ていた?」


「事務方が祝典中という事で絞っていたのと、警備方の左の2整備作業の為に絞っていたのでさほどは入っていませんでした。それでも全部で5組、24名です」


 24名か。普通に潜っていたらこの十倍以上もの犠牲者が出たはずだ。これを不幸中の幸いとはとても呼べないが、関門の壁を盾に籠城するだけの人員が確保できるのは助かった。誰も戻ってこないのでは話にならない。


「そうか。彼らが我々に危機を知らせてくれた。誰も無駄に遠くに行った奴はいない」


「はい、結社長。その通りです」


 多門に対してその心中を慮ったのか美亜が重々しく頷いて見せた。


「責任を伊一だけに負わせる必要はない。警備方には城砦までの即時撤収を俺の命令書で用意しろ」


「はい」


「ここからは人命優先だ。城砦の面子も何も知った事ではない。ただし、これは城砦のという意味ではない。軍を出してもらうように内地に救援要請をかけろ。もしすべてが間違いなら俺の首を差し出すだけだ」


「はい、結社長。了解です。でも結社長が首を差し出す時は私も一緒です」


* * *


「ふーちゃん!」


 左2の監視所跡から渡しの監視所に向かって急ぎ足で進む私達の前に急に人影が飛び出してきた。


「白蓮!? なんであんたがここに居るの?」


「もちろん、ふーちゃんの安全確保のためだよ」


 白蓮は相当に急いで来たらしく、荒い息をしながら私に答えた。私の安全確保? どういう意味だ?


「でも緊急事態でしょう? 探索組には山ほど仕事があるんじゃないの?」


「いや、黒青川の向こうに潜って偵察なんて話は一切出ていない。それよりも非冒険者については柚安事務官長の指揮の下で関門への退去命令が出ている。冒険者については関門への籠城準備の指示が出ている」


「関門ですって?」


 白蓮の言葉に香子さんが驚いた声で叫んだ。


「多門さんは、城砦を捨てて関門に籠城を決めたという事か?」


 伊一さんも白蓮に向かって発言の真意を問いただした。


「そうみたいですね」


 白蓮は二人に向かって頷いて見せた。実季さんも含めて3人が顔を見合わせている。だが伊一さんは首を軽く横に振ると、納得した様な顔を見せた。


「流石は多門さんだな。こいつが神もどき並みかそれ以上と判断した訳か。何かを確認してから何て余計な事は無し。素早い決断だな」


 その言葉に白蓮も頷いて見せる。


「はい。監視所にも撤退準備指示が出ています。もしかしたらもう撤退命令が出ているかもしれません。馬車や荷馬車は関門への退去作業に使われているので、資材の輸送も考えるとこちらはほぼ歩きで城砦まで撤退してそこから関門に向かう事になると思います」


「分かった、もうそれほど距離もない。ともかく監視所まで移動だ。実季君、奴らが黒青川を渡っているとは思えないが、斥候役をお願いする。城砦が見える位置では幟での指示内容の確認も頼む。僕は殿を務める」


「はい、伊一さん。了解です」


 実季さんは伊一さんに返答すると、素早く前方へと駆けて行った。私達も香子さんと一緒に監視所までの探索路を再び駆け始めた。


「ところで一体何があったんだい? 僕が聞いてる範囲ではふーちゃん達からの報告が唯一無二らしい」


 走りながら白蓮が私に問いかけてきた。


「他は?」


「緊急の煙玉はあがっているが、どうやらそれまでのようだ」


「じゃ、森に入っている人達は?」


「おそらくは……」


 白蓮が私の問いかけに言いよどんだ。つまり、生き残れたのは私達だけという事か。


「マ者()()()よ」


「マ者()()()!? ふーちゃん、なんだいそれは?」


「よく分からないけど、死人喰らいみたいなものが地面から湧き出して来て、それがマ者に姿を変えてこちらを襲ってきた」


「それで森全体から一斉に緊急の煙玉が上がったのか」


「それだけじゃないの。あきらかに普通のマ者とは違う。なんだろうな? 統率がとれているというか、何かに操られているというか? 姿かたちはさておき、私達が知っているマ者とは全くの別者よ!」


「分かった。という事はこれまでの狩の常識は一切通用しないという事だね。でもふーちゃんとこうして話すのはすごく久しぶりな気がする」


「そうね。緑の三日月を追い出されてからは百夜が一緒だったしね。穴の件の後はまともに顔を合わせる時間もなかったし」


「ふーちゃん。百夜ちゃんの件は……」


 私は白蓮の言葉を遮った。それは走りながら話すことじゃない。もっと時間をとってきちんと話すことだ。


「白蓮、あなたが謝ることじゃない。それはよく分かっている。それにあなたが無事に戻ってきてくれて本当にうれしかった」


 そう告げると、私は白蓮に向って微笑んで見せた。


「お願いがあるの」


「何?」


 白蓮が私の顔を覗きこんだ。


「時間があるときに、あなたが、百夜が竜を狩った時の話をちゃんと教えて」


 白蓮が私に向かって頷いて見せた。世恋さんは正しい。私は事実と言うのを先ずは受け入れないといけないのだ。それから逃げていたらいつまでたっても私は同じところにとどまり続ける事になる。


「白蓮、貴方が何かあって私のところから去るときにはちゃんと挨拶に来てね」


 白蓮が驚いた顔をする。でも白蓮、未来の事は誰にも分からないじゃない? 貴方だって何か理由が出来て私の側から離れる時が来るかもしれないでしょう。


「ふーちゃん」


 だけど……だけど……あの黒いのは……。


「百夜は、一度絶対にぶっとばす!」


 そして挨拶という奴がどれだけ大事かという事をとくと教えてやるんだ!


* * *


「世恋、すぐに関門を抜けてここから出なさい。脱出する手段は私の方で用意する」


「お兄様。私もここの結社の一員です」


「くだらない義務感とかしがらみで命を落とすのは私だけで十分だ。お前の事はレイが面倒をみる」


「お兄様はどうされるのですか?」


「私か? 私は関門の壁を盾にマ者と戦ごっこをしろとの結社長からの指示だ。せいぜい生き延びる努力とやらをそこでさせてもらう事にする」


「そうですか。でもお兄様、どこかへ逃げるのは嫌です。私は自分の愛する人から離れたいとは思いません」


「世恋?」


「お兄様だって分かっているはずでは? それゆえに私の面倒をみていただいたのだと思いますが?」


「私はお前には生き残ってもらいたいのだ」


「母との約束だからですか? でも生き残ってどうするのです。私が生きていける場所はあの人の側しかありません」


「だがお前の場所など本当にあるのかい?」


「そうですね。ありませんね。でも今はそれを気にする必要などあるのでしょうか?」

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