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研修

「みなさんを『嘆きの森』の結社に歓迎いたします。およそ一月ほどの期間になりますが、この結社、通称『城砦』における狩のやり方や規則を学んでいただくと同時に、ここでの適性の有無を確認させて頂くことになります」


 赤葡萄酒の様な深い赤色の髪の女性はそこで一息つくと、講堂に並ぶ人々を見回した。


「その間はここに居る皆さんは同期として、そして同じ組の尊敬しあう仲間として、一緒に研修を受けることになります」


 そこで壇上の女性は間を空けるとこちらの方をちらりと見た。その視線に朋治も才雅も背筋を伸ばす。間違っても最初に来たときの様な態度を取る気はない。


「ですので皆さんには冒険者としてある前に、一人の人として()()ある行動も合わせてお願いいたします」


 そう研修生に向かって告げると、美亜はこの広間にいる人々を見回した。そして背後に立っていたあのおっさんに向かって頷くと、台を降りて脇へと下がる。朋治の口から思わず安堵のため息が漏れた。最後の台詞は間違いなく僕ら、いやあの子に関する台詞だろう。


 それに何があったのだろうか? その書類を抱える左腕は義手だった。やはり城砦は、「嘆きの森」はなめてかかるような場所ではない。


 だけどあの子が言っていた多門さんと一緒に城砦をやめて、どこかに行くという話はどうなったのだろうか? まあ、そもそも多門さんが結社長になったのだからそんな話は流れたに決まっているか。


「おい朋治。お前らしくもないな。ぼっとしているとあの人にぶっ飛ばされるぞ」


 そう言うと才雅は朋治に対して、脇に控えた美亜さんの方を僅かに顎でしゃくって見せた。


「その通りだ。それにやっとここまで戻ってこれたんだからね。でも久しぶりの募集のせいかな、ずいぶん人数が多いね」


「そうだな。それに例の件も絡んでいると思うぞ。俺だって何だろうな、血がたぎるという感じがする」


「だからって最初からやらかしは無しだよ」


「大丈夫だ。今回はあれは一緒じゃないからな」


 才雅の言葉に朋治も思わず含み笑いを漏らした。できればすぐにでも連絡を取りたいところだけど、そんなことをしていてこれに落ちてしまっては元も子もない。まずは選抜を抜ける事だけに注力する必要がある。それに僕らの立ち位置は相変わらず一番右端の列、つまり研修の序列は一番下だ。


 列に並んでいるのは5人だが、先頭は少し小柄な大きな黒い目をした、まるでお人形みたいにかわいらしい子だった。あの子に初めてここで会った時のことを思い出す。


 彼女もあの子と同じでとても冒険者には見えない。だが僕らは人が見かけでないことは既に学んでいるし、彼女の立ち振る舞いが決して普通のお嬢さんでないことぐらいは分かる。


 そして僕らの後ろにはすこしばかりガラが悪そうな、やんちゃっぽい男が二人並んでいる。どう見てもこの列が厄介者組であることは間違いないらしい。


 そんなことを考えている間に、おっさんの実に簡潔な説明とやらが終わって、次の説明の間まで小休止となった。おっさんは相変わらず自分の事を主任としか紹介しない。この人の本名なりが分かるのは一体いつになるのだろうか? というか誰かこの人の名前を本当に知っているのだろうか?


「お前達はどこのもんだ?」


 背後のちょっとやんちゃっぽく見える男が朋治と才雅に声をかけて来た。年の頃は朋治達とあまり変わらない感じだ。口振りからすると、一つぐらいは年下かもしれない。


「自己紹介がまだだったね。僕は朋治、前に居るのは才雅、明男爵家領のど田舎出身だよ」


「お前達、なんか怪しいけど大丈夫なのか? 足を引っ張られると困るんだよな」


 朋治は思わず大笑いしそうになるのを必死に抑えた。だがヤンチャ男は朋治が笑いを必死に堪えている事が分かったらしい。


「おいお前、何がそんなにおかしいんだ?」


「いやすまない。思い出し笑いだよ。前に同じ場所で誰かから同じような台詞を聞いたと思ってね」


 そう言って才雅の方をふり返ると、才雅はとても複雑な表情をしていた。それはそうだろう。かつての自分の台詞を、同じ場所でもう一度聞くことになるとは思わなかったに違いない。


 まあ、以前の僕らは彼らと全く同じで、身の程知らずもいいところだったという訳だ。


「才雅と僕は出戻り組と言うか、再挑戦組でね。もし何か分からないことがあったら遠慮なく聞いて欲しい。僕らが知っている事なら何でも教えるよ」


「何だ、一度落ちているのか。そんな奴の助言なんて聞いても役に立つとは思えないけどね」


「そうだね。僕らの助言があってもここを通るかどうかは分からない。だけど、何をしてはいけないかぐらいは教えてあげられると思うよ」


 前回、僕らはやってはいけない事ばかりをやっていたからね。朋治は心の中で己に対して苦笑した。


「やっぱり運がないな。こんな奴らと一緒とはね。それに前のお嬢さんは、どこかの家からここで城砦の男でも捕まえるように言われてきたんじゃないのか?」


 やんちゃ男が先頭の女の子に向かって声を掛けた。おいおい、そんな失礼な事を言っていいのかい? 相手が風華さんならぶっ飛ばされているところだ。


 だけど一番前の女性は話は聞こえていたと思うが、特に何も相手をすることなくただ黙っている。この人は風華さんよりは大人な人らしい。


「でも流石に城砦だな。事務官補佐のお姉ちゃんも美人だ。もう少し愛嬌ってあるものがあれば、最高なんだけどな。おい、そうだろう彦次(ひこじ)


 そう言うと彼は、背後に並んでいた大柄で少しおっとりした感じの男に問い掛けた。


「そうだね。元彌(もとや)


 朋治はまた含み笑いをしそうになった。どうやら彼らは僕と才雅と同じような関係らしい。まさかここでかっての自分達を見るとは思わなかった。だけど事務官補佐って誰の事だ?


 背後に控えている事務官はみんな男性だけど。まさか美亜さんの事を事務官補佐だと思ったのか?


「あのな」


 どうやらその発言には才雅も驚いたらしく、元彌という名前の男に声を掛けようとした。だがその前に僕らの横合いから懐かしい声が響いた。


「才雅君、朋治君。二人がまたこの城砦に来てくれたことをうれしく思うわ」


「はい、美亜教官。ありがとうございます」


 朋治も才雅も直立不動で答えた。


「これは非公式かつ個人的な話よ。楽にしなさい。前回は私の力不足で通してあげられなかったけど、今回は貴方達の実力でここを通ることを期待しています」


「はい、美亜教官。努力させていただきます」


 楽にしろと言われても出来る訳などない。朋治も才雅も最初と同じように直立不動で答えた。


「千夏さん」


「はい、研修組組頭殿」


「悪いのだけど、あの戸口のあたりに居る部外者に対して、ここから出ていくように言ってくれない? 鬱陶しくてしょうがないのだけど」


「はい、研修組組頭殿。申し訳ありません。直ちに退去するように言います」


「組頭!」


 後ろの二人が素っ頓狂な声を上げている。だからいくら美人だからって、この人を事務官補佐だなんて思うのはお門違いもいいところだ。


 美亜さん、研修組の組頭になったんだ。朋治は少し驚いたがすぐに納得した。もともと二つ名持ちだし、そのぐらいになっていてもおかしくはない。だけど、この前の女性は何なんだろう。美亜さんも彼女もお互いが知り合いの様だけど?


 美亜が指さした先、戸口の暗がりの辺りには二人の男性が立っている。朋治はそのうちの一人にどこか見覚えがあった。


「創晴さん、何しに来たんですか!邪魔だからさっさと帰ってください」


「邪魔!何言っているんだ千夏。文書では埒が明かないから、わざわざここまで足を運んでお前の為に抗議に来たんだぞ。時間の無駄だ。とりあえず研修には顔を出したんだからもう充分だろ。潜りの予定が一杯あるんだ。さっさと組に戻るぞ」


「私の言葉が理解できなかったんですか?」


「白蓮さん、すいません。私の発言は全て創晴さんに対する発言です。どうせ創晴さんに無理やり連れてこられたんですよね」


「まあ、そんなところですけどね。創晴さん、帰りますよ。時間の無駄です」


 白蓮はそう言うと創晴に向かって肩をすくめてみせた。創晴は何かを白蓮に言い返そうとしたが、書類を腕に抱いた人影が創晴に向かってつかつかと歩み寄っていく。その背中からは創晴に対する怒りの気配が濃厚に漂っていた。


「創晴探索組組頭殿、さきほどの時間の無駄とはどういう意味ですか? 事務所までご足労いただけませんでしょうか? その発言の真意について確認させていただきます」


「探索組組頭!」


 朋治の口から声が漏れた。それってこの城砦の冒険者の一番上の一人のはずだ。才雅も驚いた顔をして朋治の方を見る。


「真意も何もない!白蓮、引っ張るな、ぶっ飛ばすぞ!おい千夏、3日、3日やる。3日で全部終わらせて帰ってこい」


 創晴が戸口から外に白蓮に引きずられるように連れ出されながらも、千夏に向かって叫んだ。


「さっさと帰れ!」


 千夏が創晴に向かってさも鬱陶しそうに声を漏らす。


 朋治と才雅はその姿を呆気に取られて見ていた。この子って一体何なんだ。組に戻って来いとか言われていたけど、すでに城砦の冒険者みたいじゃないか? 周りの20名以上いる研修生もあっけにとられてこっちを見ている。


 どうやら僕らは今回も普通の研修という奴は受けられそうにないらしい。


「あれが白蓮ってやつか?」


 朋治の後ろにいたやんちゃ男が驚いた顔をしてつぶやいた。他の研修生もその名前に反応したらしく、広間全体が研修生同士のひそひそ話でざわついている。


「あんなひょろひょろした奴が本当に『竜』を狩ったのか?」


「そうみたいだね」


 その背後の大柄な男も同意して見せた。確かにあの人は見かけは普通のその辺にいる、しかも少しばかり軟弱な人にしか見えない。だがあの子も含めて人の強さは見かけじゃない。僕らは前回の研修でそれがよく分かった。


「白蓮さんに対して『ひょろひょろした奴』と言ったのは貴方?」


 やんちゃ男の発言に、千夏がその前へと一歩進み出た。そこには先ほどまでの人形の様な可愛らしい雰囲気はない。むしろ冒険者らしいするどい眼光と全く隙が感じられない立ち振る舞いに、彼女の大きさが二倍ぐらいになった様に思えるぐらいだった。


「何だ、何か、、俺に文句でもあるのか?」


 千夏を前にやんちゃ男は明らかに圧倒されている。まるで蛇ににらまれた蛙だ。


「私の師匠に向かってそんな口をもう一度利いたら、その場で遠いところに送りますよ」


 千夏は二人にそう告げると、にっこりと微笑んで見せる。その気配に直接彼女を前にしていない朋治と才雅までも背中に冷たい物が流れそうになった。やんちゃ男とその背後の男に至っては、その顔を死人のように蒼白にしている。


「えっ!ちょっと待って!」


「師匠!?」


 だが次の瞬間、朋治と才雅は千夏に向かって思わず声を上げていた。再び研修生全員がこの列を注視する。だが朋治も才雅もそんな事は一切目には入っていない。


「はい。自己紹介が遅れてすいません。私は壁の国出身で千夏と申します。白蓮さんの弟子です」


「才雅!」


「ああ、朋治。『竜』なんて狩られて、俺達にはもう目がないかと思っていたが、、」


「そうだよ才雅!どうやら僕らにもまだ機会という物はありそうだ!」


 そう才雅に告げた朋治は、差し出された千夏の手をとても大げさに振っていた。

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