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「げほっ、げほ……」


 どうやら頭から水を掛けられたらしい。鼻から入ってしまった水に盛大に咳き込んでしまう。体中がずぶぬれで足元には水たまりが出来ていた。その水たまりの上に自分の顔が揺らいで映っている。深緑色の髪に若葉色の目。どうやら水と一緒に化粧まで落ちてしまっているようだ。


「目が覚めたかい」


 妙に優し気な声が頭の上から響いてきた。そちらの方を向く前に自分の状況を確認する。どうやら後ろ手と足首を縛られて床に座らされているらしい。後ろでは手首だけじゃなく念入りに親指も結んである。つまりは身動きは取れないという事ね。


「弥勒さん」


 私は頭を上げると、何やら倉庫らしいこの場所の木箱の上に座ってこちらを見下ろしている男に声を掛けた。


「君がやったことは、君に出ている指示とは全く違う事だと思うけど? この僕の理解は君の理解とあっているのかな?」


 彼はそう言うと私の方を指さした。こんな意味不明な質問に答える義理はない。


「……」


「返す言葉はないかい? まあ、そうだろうね。何で君が内地での任務から外れてこちらに回って来たか分かるかい?」


 外される? この男は何を言っているの?


「分かりませんね」


「それについては答えるのかい?」


 彼は私に向かって肩をすくめて見せた。本当にいちいち気に障る男だ。見かけは優男の癖に。


「君はいささか手柄を焦るところがありすぎるのと、他人を見下す癖があるからだよ。つまり君は自己顕示欲が強すぎるのさ。腕はさておき、気持ちの持ち方としてはこの商売には向いていないという事だね」


 あんたはどうなの? みんな同じだと思うけど?


「そうでしょうか? どうしたらあの方のお役に立てるか考えて行動しているだけのつもりですが?」


「今日のあれも、それを考えた結果かね? あれは単なる君の仕返しという奴だろう? せっかく命を存えたというのに、全く持って度し難いとしか言いようがないね」


「存える?」


「君は、君を蹴り飛ばした相手が誰かよく分かっていないようだね。まあ、その点についてはこちらにも落ち度があるから君をあまり責めたりはしないよ。端折って言えば君ではとても役不足な相手という事だ。あの人も年をとって少しは丸くなったという事かな?」


 何の話だ? あれは私があの男と遊ぶのに夢中になって油断しただけの話しだ。


「私にはさっぱりです」


「君は自分が何をしているかを理解する前に、自分が何をしたいのかを考えてしまう。それが良くないんだよ」


 男はそう言うと私に向かって指を振って見せた。本当に気に障るやつだ。


「どうすれば一番良いのかだけを考えているつもりですが?」


「それが自分にとってというのが問題なんだ。私達がどうしてこの城砦にちょっかいをかけているのか、君は分かっているのかい?」


 月貞結社長を支援するためでしょう? まあ、それも徒労に終わってしまったけどね。そんなことをこいつに言っても無意味だ。


「……」


 男は私の沈黙を勝手に無理解と解釈したのか言葉を続けた。


「ほら、分かっていないだろう。我々の目的は辺境領の黒い森を払って人の生活圏を広げる事だ。それをする上での一番の問題点は何だか分かるかい?」


「マ者ですか?」


 あいつらが居なければ何の問題もない。木こりが居ればいいだけの話だ。


「違うよ。今までだって広げる事は出来ていたんだ。ただその効率があまりにも悪かったのさ。一つ目は、復興領に根をおろした田舎貴族どもが陣取り合戦をやっていて、まじめに森を開拓してこなかった事だ。これは我が主殿がぜんぶまとめて捨ててくれた。今では軍を含めて住民が総出で効率よく動員できる体制に移行しつつある」


「流石は我が主ではないでしょうか?」


「そうとも。もう一つは結社だよ。これも旧態依然のガラクタで森に対する権益なんてものを牛耳っている。これをぶっ潰して、もっと効率がいいしかも森を開拓する事を目的とした組織に変えようというのが二つ目だ。我々はそれを目的に月貞前結社長と組んでいたのさ」


「でも残念ですね」


 そのために私達は、油屋をはじめこの地の大店に対して工作を行って、月貞が望んだ売り上げに対する歩合制にした。それに内地との間で緊張感が高まるようにも工作してマ石の価格が高騰するように仕向けていた。でも全ては徒労に終わってしまった。


「そうだよ。ただ月貞には結社を変革するという目的以前に別の目的があったようにしか思えないんだ」


「どういうことですか?」


「『竜』だ。月貞はそれを使う事で結社というものに衝撃を与えて、マ石を目的としたものから森を広げる者へと変えると我々に説明していたが、本当にそんなものが必要だろうか? そもそも黒の帝国を滅ぼしたようなやつだぞ。そんな危険なものを使う必要があるか?」


「危険すぎですね」


 それなら先にそう言えばよかったんじゃない?


「そうだよ。おそらく逆で月貞が『竜』を狩るために我々が協力させられたというところが本当のところじゃないかと僕は思っているよ。ほら、こういう事が理解するという事なんだ。分かったかい?」


 この男こそ自分が頭がいいという事を私にひけらかしている。それこそが自己顕示欲という物ではないのだろうか?


「なら田舎貴族と同様に軍でも率いて潰せばいいではないですか?」


「違うんだよ。結社と言うのはあの田舎貴族と違って単に潰せばいいという訳じゃないんだ。ある種の技能集団だからね。潰したらまた育て上げるまでどれだけ時間がかかることか。だから月貞前結社長には城砦が滅んだあとで、その人員と技術、知識をまるごと持って追憶の森へと移ってもらい、今度はマ石ではなく森を広げてもらうという計画だった」


「結局だめだったということですよね?」


 あっさり殺されてしまいましたからね。城砦にも見る目があるやつは居るという事だ。


「そうでもないんだよ。月貞が作り上げた効率的な狩の方法とかは月貞の頭の中にあるものじゃなくて、ここの人の中にある物なんだ。つまり我々はそれを頂くのではなくて、我々が人員を送り込んで学べばいいのさ。僕の医学と同じだよ」


 そう言うと、男は自分の胸についている医事方を現す(ボタン)を指さす。


「今は貴族がちょっとした名誉で末子あたりを送り込んでいるのを、こちらは住民から才能がありそうな奴を選抜してもっと大規模にやればいい。我々の方が貴族共なんかよりよほど効率的に出来る。そのための予備校的なものも用意するし、今ある追憶の森の結社もその目的の為に使う」


 男が私に向かって一気にまくしたてた。


「でも時間がかかりますね」


 男は私に頷いて見せた。


「他力本願と言うのはだめなんだ。今回の月貞の件はまさにそうだ。そして最後に必要なのはその冒険者達、いや開拓者とでも名前を変えるべきかもしれないね。その人達を中心となって率いてくれる人物だよ。一度回り始めさえすれば、その後はここに学びに来たり、ここからの人の供給はいらない。人は我々の方でいくらでも供給できる。必要なら強制的にだって集められる」


「それは我が主では?」


「我が主ではだめだよ。冒険者としての中心人物なんかになったら他の事ができなくなるじゃないか。それを使うのが我が主だ」


「冒険者に中心人物なんているんでしょうか?」


 組とか少人数で森に入るような連中じゃないの?


「僕らに主が必要なように絶対に必要だよ。君は軍には関わったことがないから分からないと思うけどね、指揮官さえまともなら農民の集団が指揮官不在の傭兵達に勝てるんだよ。それに今度相手にするのはマ者じゃない。森そのものなんだ」


「なかなか難しそうですね」


 私は男に向かって首を振って見せた。だが男は私に向かって首を振るとにっこりとほほ笑んで見せた。


「そんなことはないよ。ちょうどそれにふさわしい人物に目星がついたところだ。今となってはある愚か者が仕事をしくじってくれたことは天啓としか思えないくらいだよ。しかも彼らは一の街出身だしね。受け入れる側としても色々面倒が少ないし筋も通っている」


 そういうと、男はさらに嬉しそうに言葉を続ける。


「そのために一の街のある通りの八百屋の建物の保全については最優先事項の一つにもなっているくらいだ。もしかしたら月貞もそれが分かっていて『竜』なんてもんに手をだしたのかな? それなら奴は相当な男だな」


 八百屋? 何の話?


「だから君が今ここで騒ぎを起こすなんて事は、ましてや優秀な指揮官を狙うなんて事は、絶対にやってはいけないという事だ。理解してもらえたかな?」


「これだけ事細かに説明していただけたという事は?」


「流石にそれについては理解出来ているみたいだね。十分に納得できただろう。君には遠いところにいってもらうよ、風華君。君もそうだけど、どうしてこの名前の人は色々とやらかしてくれるんだろうね?」


 本当にこいつは気に障るやつだ。

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