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伴侶

部屋に入って来た美亜が左腕の義手で抱えていた書類入れから書類の束を出すと、多門の机の上に置くいた。


「失礼します、結社長。こちらが次回の研修希望者の名簿です」


 多門は机の上の書類を眺めると、ざっとその内容に目を通した。


 書類は経験やら性別などできちんと分けられている。流石としか言いようがない。相変わらずのおばさん譲りの正確無比な書類仕事だ。


「ありがとう」


 多門は執務椅子に寄りかかっていた背を前へ起こしたが、体のあちらこちらから骨がなる音が聞こえた様な気がした。体中の筋肉が凝り固まっているどころの騒ぎじゃない。


「大分お疲れのようですね?」


 書類に署名をする前に思わず肩を回した多門を見て、美亜が声を掛けた。多門がそれに頷いて見せる。その通りとしか言いようがない。


「そうだな。なってみて分かったが、査察方の室長やっているのも、結社長やっているのも大して変わらないな。基本、やっているのは面会に書類仕事。それが全てだ」


 多門の言葉に美亜が苦笑を浮かべて見せた。色々と大変だったはずだが、多門から見てここに戻ってくる前に比べると、美亜の表情は色々と豊かになったような気がする。


 それに前と違って他人に対して配慮する発言もするようになった。赤毛と居ると人間どこか変わってしまうところがあるのだろうか? やはり病原菌の類か? 多門の頭にそんな妄想が浮かぶ。


「そうですね。何らかの組織で働くのですからその点は何も変わらないはずですね。ともかく祝典が無事に終わっておめでとうございます」


 美亜が多門に向かって頭を下げて見せる。多門はその美亜の態度に違和感を感じた。何なんだ? やはりこいつは間違いなく赤毛から何か変なものをうつされている。


「お前からおめでとうとか言われると、何かとてつもなく変なことを言われている気分になるな」


 多門は思わず口を滑らせた。その発言に美亜の顔色が変わる。


「室長!失礼しました結社長!先ほどの発言の真意を教えて頂けませんか?」


 美亜は執務机の上に手をつくと、上から多門の顔を覗き込んだ。多門はその以前と変わらない態度に苦笑いを浮かべそうになる。だがこの場にはおばさんはいない。どうしていいか分からず多門は途方に暮れた。


「冗談だよ。冗談。ここで突っ込みをいれてくれるやつがいないと本当に困るな」


 美亜の顔に少しばかり影が差した。多門は思わず頭を掻く。そして己の迂闊さにうんざりする気分にもなった。全く俺の口は本当にどうしようもない奴だ。


「それより、白蓮さんのお弟子さんですが研修を受けさせて本当にいいのですか? 探索組からは時間の無駄だと相当に抗議があったそうですが」


 美亜は多門の表情を察したのか話題を変えた。この辺りも以前の美亜には無かったことだ。


「連中は全く分かっていない。特別扱いして一番迷惑を被るのは本人だ。赤毛の件で良く分かったよ。だから実力があるのであれば、普通に選抜を通ってくれればいいだけの話だ。それに遠見卿のおかげで選抜の基準も画一的なものではなくなったからな」


 一方で多門は風華を問答無用で城砦に受け入れた大人達の慧眼には敬服するしかないとも思っていた。普通に選抜を受けさせて赤毛を落としていたら、俺達は一体どうなっていたんだろうか? 想像もつかない。


「そうですね。その件についてはその通りだと思います」


 美亜も納得したように頷く。だが多門は美亜の要件が研修の件だけではないのに気がついていた。


「それよりも壁の国の件だ。お前もその件でここに来たのだろう?」


 数日前に壁の国で実苑が新国王に就任し、国の実権を握るという事件が起きていた。どうやら奴と一緒に行動していた連中も、軍や騎士団の幹部に返り咲いた様だ。それにあの碧真という男もそれに一枚噛んでいるらしい。


 驚いたことに、「高の国」がいち早くその支持を表明した。壁の国と高の国はあまり接点は無かったはずだが、美亜が監禁されていたマイン家と実苑に何かつながりがあったという事だろうか?


 そもそもマイン家の奴らは実苑の隊商を監禁していたはずだ。もっとも見かけと中身が同じという保証はないから、実のところ裏では繋がっていたのだろう。流石は人形遣いだ。


 多門は自分が座っている椅子が、色々と面倒なことと繋がっていることに大きなため息をついた。


「はい、結社長。実苑殿が国王に就任されることは予測していましたが、政治的にマナ教を分離することと信仰を強制しないことを宣言されるとは思いませんでした」


 美亜の言うとおりだった。もう一つ驚いたのは、やつの父親はマナ教によって吊るされて、その結果やつも追放されていたはずなのに、マナ教に対して寛大な措置、政教分離及び信仰の自由だけにとどめたことだ。


 ここ城砦が『竜』を狩ったことを発表したこの機会こそ、マナ教を弾圧してその力を削ぐ絶好の機会だというのにだ。普通なら幹部連中を全員吊るして、その中身を全部入れ替えるぐらいの事はする。


「弾圧するとでも思っていたか?」


「率直に言えば、教会幹部に関しては『はい』です」


 その通りだ、下手に寛大な措置なんて取ったら足元をすくわれる。もっとも今回の政変は相当に手際が良かったようだから、マナ教の内部にも協力者はいたのだろう。そことの政治的な駆け引きの結果か?


 あいつの隊商自体もマナの使用はさておき、宗教としてのマナ教はそれなりに拝んでいたからそのせいかもしれない。


「あの男らしいやり方だよ。まあ、見栄えは良い男だからな、国王にはもってこいなんじゃないか? 安心しろ、お前の件で借りがあるから、せいぜい応援はするつもりだよ」


 内地の貴族連中の顔色をうかがう必要はあるが、こちらを毛嫌いしていた連中の宗旨替えだから、城砦がそれを歓迎すること自体は何も不自然なことは無い。実際、ここには壁の国の出身者は山ほどいる。連中が国に戻れるようになっただけでも十分に歓迎できることだ。


「はい。とても世話になりましたので、そうしていただけると助かります」


「おかげで居座っていた各国の代表団とやらも、急ぎ国に帰ってくれたみたいだから、白蓮も助かっただろう。俺も助かった。毎晩娘自慢とその娘に色目を使われながら酒を飲むのはもううんざりだ」


 二日酔いの薬が常備薬のようになっていたから、その点についてだけは、実苑に対して素直にありがたいと言える。


「そうですか? ずいぶんと楽しそうだったとある方々から聞いていますが?」


 気が付くと美亜が何かを疑っている表情で多門の方を見ている。


「一体誰だ。そんな口を利いているのは?」


「歌月査察官長にアル監督官長のお二人です」


「あいつら、本当に人の事を舐めてやがるな。そのうちに絶対に仕返ししてやる」


 多門は再び大きなため息をもらした。結社長というのはこんなに舐めていいもんだと思っているんだろうか? 月貞の時なんか間違っても誰もそんな発言はしなかったぞ!


 楯突いたら片っ端からおばさんに遠いところに送られていたから、当たり前と言えば当たり前だ。もっともこちらが同じことをやるつもりは毛頭ない。


「あら、そんなに怒られるところを見るとやはりやましい事でも?」


 多門の考え込んだ顔をどうとらえたのか、美亜の顔が厳しくなっている。もしかしてこいつは本気で俺の事を疑っているのか?


「おい小娘、いい加減にしろ」


「失礼しました。要件は以上です。仕事に戻ります」


 美亜が頭を下げて部屋を後にしようとする。ここ何日もろくに顔も合わせなかったし、話もしなかったのにあっさりと仕事に戻るつもりか?


「美亜、忙しいところ悪いが俺の方からも一つ頼みがある」


 多門は部屋を出ていこうとする美亜を慌てて呼び止めた。美亜が扉の手前で足を止めると多門の方を振り向く。


「はい、結社長。なんでしょうか?」


 急に呼び止められた美亜が、不思議そうな顔をして多門の方を見る。


「どうやら色々な奴にはめられて、ここを逃げ出すのには失敗したようだ。本当にどこかの街で私塾でもやりたかったから残念だよ」


 そう言うと多門は美亜に向かって両手を上げて見せた。本当に残念だ。逃げるならもっと早く逃げておけば良かったんだ。もしかしてこれは全て赤毛のせいか?


「そうですね」


 美亜が小さく多門に頷いて見せる。同意するという事は、お前だってその気だったという事でいいんだよな? その表情に多門は心を決めた。


「その時に依頼した件だが……」


「何か私の方で残務でもありましたでしょうか?」


 美亜が怪訝そうに首を傾げて見せる。多門はその答えに少しばかりうんざりした表情を浮かべた。もしかしてお前は何か処理し忘れた書類が無かったとか、本気で考えているのか?


「書類仕事ではない。違うか、ある意味では書類仕事だな」


 そう告げてから、多門は自分が美亜と対して違わない事に気がついた。だがここで言い直す訳にもいかない。


「何でしょう?」


 美亜が思い出せないとでも言うように多門に向かって両手を上げて見せる。その姿に多門は思わず焦った。おいおい、忘れたんじゃないよな。お前も俺と一緒に来るって言っただろう?


「美亜、おれと一緒に暮らさないか? 正式な手続きによってだ」


 美亜の目が大きく見開かれた。


「はい、多門結社長。了解です」


「では、この件については可及速やかに手続きをお願いする」


 多門はそう告げながら、風華の自分の美亜に対する台詞は最悪だという言葉を思い出していた。確かに赤毛の言う通りだ。俺の美亜に対する台詞は本当に最悪だ。

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