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英雄

「『竜』という物はどのくらいの大きさなのですかな? まるで城の様にでかいものなのでしょうか?」


 祝典というやつが終われば全て終わりだと思ったのは僕の間違いだったらしい。どちらかというとその後の方がはるかに大変だった。何日にもわたって謁見なる謎の予定が朝から晩までびっちりと組まれている。どうやら僕は檻に入れられた新種のマ者のような存在らしい。


「流石にそのような大きさではありません。そうですね。頭から尾までは二十杖(20m)以上はあったでしょうか?」


 目の前に座った華美な衣装に身を包んだ内地の大貴族とやらは、僕の言葉にさも驚いたような表情をみせた。隣に座る彼の娘とやらも口元に手を当てて、父親と同じようにさも驚いた顔を見せている。彼らは貴族では無くて、どこかの芝居小屋で役者でもやった方がいいのではないかと思うほどの白々しい態度だ。


「それを狩られたとは、まさに人の技ではありませんね」


「天の助けがあったからです」


 百夜ちゃんの件については口止めされている。なので僕らはこれが何組目か分からない表敬訪問者に対して、何度目になるか分からない同じ説明を繰り返した。


「まさに天の加護としか言えませんな。ただそれも冬の嵐の時を狙った、城砦の方々の慧眼によるものだと思います」


 男性がわざとらしく天を指さしながら答えた。


『本当はそれでも倒せなかったのですよ。そしてそれを計画した人は僕らを始末する気満々でしたし、ふーちゃんを人質に取るようなやつでもありましたけどね』


 思わず口から本当の事が漏れそうになる。だが白蓮は理性というやつを総動員させると、余計な言葉を心の底へと押し込んだ。


「まさしくおっしゃる通りです」

 

「琴子もそう思うだろう」


 男は傍らに座る娘さんにも声を掛けた。娘さんもいかにもという顔で頷いている。


「はい、お父様。白蓮様の御活躍の話はぜひもっと詳しくお聞きしたいと思います」


「その通りだよ琴子。何せ人の世がはじまって以来の快挙なのだからね」


 父親の言葉に娘さんは再度頷くと、少しばかり体をこちらににじりよせるようにしながら、潤んだような目でこちらをじっと見る。もしかして誘っているつもりなんだろうか? ばかばかしい!


「ぜひ、内地の我が領地に遊びにきては頂けないだろうか? 大したところでは無いが、白蓮殿のような英雄を招待できるとなれば、私共としてはとても名誉なことです」


「はい、伯爵殿下。まだ城砦での業務が残っておりますが、それがひと段落つきましたらぜひお邪魔させていただきたいと思います」


 ここで断ったり遠慮したりすると、より厄介な事になる。ともかく空手形でいいからなんでも受けておけと言うのが多門さんからの指示だ。おそらく全ての招待を受けていたらそれだけで数年の予定は全部埋まりそうなくらいだ。


「是非にお願いしますよ」


「はい、伯爵殿下。琴子様。本日はお忙しいところありがとうございました」


 ふーちゃんの教えもある。気に入らないが彼らに向かって深々と頭を下げると監督方の客間を後にした。そして客間の前の間に控えている彼らの侍従やら結社の担当者にも軽くお辞儀をすると、僕にあてがわれている控室とやらに向かった。今日だけでもこのくだらない謁見とやらに付き合ったのは何回目だろう。


 扉を閉めると思わず口からため息が出た。


「白蓮さん、お疲れ様です」


「大分、お疲れのようですね」


 部屋の中から声がかかった。見ると千夏さんと何故か有珠さんもそこに居た。この控室とやらは有珠さんにもあてがわれているのだろうか? きっと彼女もこのくだらない謁見とやらに付き合わされていたのだろう。


「用哲さんからお弁当の差し入れを言付かって来ました。それにきっと疲れているだろうから愚痴ぐらい聞いてやれとも言われています」


 そう言うと千夏さんは、包の中から何やら重箱のようなものを取り出してお茶の準備を始めた。


「僕だけでは多すぎかもしれないですね。皆さん一緒にどうですか?」


「そんなもったいないですよ」


 千夏さんが僕に首を振って見せた。


「愚痴を聞けと言われたんなら付き合ってくれてもいいと思いますけどね」


 探索組自体は通常の潜りが再開になっているので忙しいはずだがきっと用哲さん辺りが気を使ってくれたのだろう。そうだ、それに千夏さんには研修を受けて正式に城砦の冒険者になってもらう必要もある。僕なんかにかまっている暇はない。


「そうでした。忘れていました」


 千夏さんが、手を打つとにっこりと笑って見せた。相変わらずとてもかわいい人だ。最近は用がないのに声を掛けてくる奴がいてどうのこうのとか創晴さんが言っていたのを思い出した。そう思うのなら自分が先に誘えばいいと思うのだが。


「有珠さんもぜひ一緒にいかがですか?」


 部屋の中に居た有珠さんにも声をかける。


「そうですね。私も少しお腹が減ったようです。これは千夏殿の手作りですか?」


 そう僕に答えると、有珠さんは弁当の箱を開いていた千夏さんに声を掛けた。


「えっ、分かりますか? 私はあまり料理が上手ではないのでお口に合えばいいのですが?」


「もちろん合わせます」


 千夏さんの遠慮がちな言葉に、有珠さんは特に表情を変えることもなくそう一言答えた。この人はやっぱり相変わらずだ。千夏さんが淹れてくれたお茶をありがたく受け取って席に着く。


「有珠さんも謁見ですか?」 


「いいえ。私は全て断らせていただきましたので、こちらには白蓮殿にお会いする為に伺わせていただきました」


 ちょっと待ってください。今、なんて言いました?


「え!これって断れるのですか?」


 思わず、弁当から取り出した卵焼きを弁当の中に落としてしまった。


「そうですね。白蓮殿は独身の男性ですから難しいかもしれません。それに旋風卿は高の国の関係者で色々と訳ありですから、青い血を自認されている方々から見れば白蓮殿が一番都合がいいのは確かですね」


 そう言うと有珠さんは相変わらずの無表情のまま、弁当から麺麭を取り出すとそこにおかずを挟んでいる。


「何の都合ですか?」


「娘の婿の相手です」


「何ですかそれ!」


「『竜』を狩った英雄が娘の婿となれば、他の家に対して相当な自慢になりますし、宮廷内でも重きをなせますから、娘一人で得られる成果としてはかなりのものではないでしょうか?」


 それでみんな娘やらよく分からない若い女性を連れての謁見ということですか!完全な種馬扱いという事じゃないですか!それに何より……。


「英雄!? 皆さん、勘違いも甚だしいですよ」


 僕の言葉に有珠さんはこちらの方を一瞥すると首を傾げて見せた。


「白蓮殿、前にも言いましたがそれを決めるのは貴方ではなくて、周りの者なのですよ。そして皆が貴方を英雄と認めているのです。つまりあなたは間違いなく英雄と呼ばれるべき人だという事です」


「迷惑も甚だしい限りですけど」


「そうでしょうか? 白蓮殿があの赤毛殿を守りたいと思っているのであるならば、白蓮殿が何らかの権力を手にすること自体は決して邪魔にはならないと思いますが?」


「どういうことです?」


「誰ももう人質に取ろうとは思わないぐらい力を持てばいいという事です。権力とは人を支配する力に他なりません。白蓮殿が権力を、他の者に対して力を発揮できるようになれば、だれも赤毛殿に手を出したりはしません」


 あ、なんか分かったような気がするぞ。有珠さんって誰かに似ていると思ったら、アルさんにそっくりなんだ。見かけがすごい美人だから気が付きませんでしたけど内容はさておき、考え方はアルさんそのものです。


「有珠さん、そんなものは何の意味もないですよ。だいたいふーちゃんがそんなものには全く興味がないですからね。むしろ軽蔑の対象になりそうです」


 僕の答えに有珠さんが小さくため息をついてみせた。


「白蓮殿、違いますよ。あなたはすでに赤毛殿にとっての白蓮殿だけでは居られないのです。『竜』を狩った白蓮殿なのです。そしてそれはもう無かったことには出来ないのですよ」


「有珠さん!もうやめてください!」


 有珠さんの言葉に千夏さんがたまらず声を上げた。きっと彼女は僕が『英雄』などと呼ばれることにヘキヘキしている事をよく分かってくれているのだろう。だが有珠さんは千夏さんの呼びかけに動じることなく言葉を続けた。


「千夏さん。あなただって分かっているはずです。それでもあなたが白蓮殿の為に何か役に立ちたいと思っているのならば、まずはそれを受け入れたうえで何が出来るのかを考えるべきではないのですか?」


「私は……」


 有珠さんの言葉に千夏さんが二の句を告げずにいる。つまり千夏さんから見ても有珠さんの言葉自体は否定できないという事なのだろうか?


「白蓮殿。貴方にとって私はとても邪魔で鬱陶しい存在かもしれません。ですがこれだけは分かって欲しいのです。私は自分のこと以上にあなたの事を大事に思っています。私はあなたの従者であり、あなたの介添人でありたいのです。これから白蓮殿には私のような存在が必要になります」


「有珠さん、有珠さんにとって僕は何者なんでしょうか?」


 僕にとってこの人の話はいつも同じだ。分かるようで分からない。


「白蓮殿は、白蓮殿です。ですが貴方はいずれは英雄としてこの世界を導いていかなければならないのです」


 そう言うと有珠さんは麺麭を持った手で僕を指さした。


「世界は貴方を必要としているのです」


 何とも面倒な話ですね!


* * *


「お姉さま、この先300杖(300m)は問題ありません」


 斥候役をお願いした実季さんが私達のところまで戻ってきた。百夜がいないので彼女に隠密を使ってもらって先を調べてもらう必要がある。こうして久しぶりに森に潜ってみると私は色々な事を百夜に頼っていたことが身に染みて分かった。あの子が戻ってきたときの為にも自分自身をもっと鍛えておかないといけない。


「はい、実季さんご苦労様です。とりあえず、この辺りの探索路は特に問題なさそうですね」


 私は背後で後方の警戒をしていた伊一さんの方を振り返って報告した。


「そもそもほとんど誰も潜って居なかったので、荒れずに済んだのは良かったです」


 伊一さんが安心した様に口を開いた。この人の語り口は丁寧で一緒に居ると、とても安心感がある。だけど本当に大丈夫なのだろうか?


「それよりも伊一さん、組頭なのに私達と潜っていて組頭のお仕事は大丈夫なんですか?」


 私の認識に間違いがなければ、組頭って警備方で一番偉いんですよね?


「春先の探索路の確認と整備は重要事項だよ。作業の優先順位も含めて可能な限り自分の目で確認したいと思っている」


 伊一さんは私に向かってそう言うと深く頷いて見せた。新任という事でいろいろ気を使っているという事ですかね?


「伊一組頭はお仕事熱心ですからね。念次さんが監獄の再建について色々と言っていましたけど」


 その横で探索路の右手側の警戒に当たっていた香子(かこ)さんが、何やらぼそっとつぶやいた。香子さんはこの間の異動で伊一さんの後任として副主任になっている。上が二人もいるのに何故かこの潜りの頭は私がやらされている。まあ、探索路の安全の確認ですからね。練習と言うところでしょうか?


「香子君、何か問題でも?」


 伊一さんは軽く咳払いをすると香子さんに答えた。


「いいえ、何もありません」


 そう言えば、監獄の件は渡しを出る前に念次さんからもぼやかれたような気がする。もしかして伊一さん、面倒な事から逃げる為にここに来ています? それだと私もその一味と思われるじゃないですか? 伊一さんは私の疑いの目に気が付いたのか、私の方を一瞥すると香子さんに向かって言葉を続けた。


「そうだな。監獄の件も大事だね。でも監獄は時間がかかる話だから、念次副組頭のような経験が長い人にこそやってもらわないといけない。そもそもうちの警備方は組頭というよりは、それぞれ担当の副組頭が仕切っているところだからね。組頭なんてものはお飾りみたいなものだよ。それよりも神もどきの件もあったから城砦のこれからの方がよほど心配だよ」


 そう言うと私の方をふり返った。もしかして私と居ると神もどきが寄ってくるとか思っていませんか? それはどちらかと言えば私の白蓮に対する疑惑ですよ。新種が寄ってくる疑惑。それに神もどきは燃えましたし……。


「白蓮達が穴とかにいたその幼生体も焼いたんですよね?」


 でも白蓮はどうしているんだろう。百夜ちゃんの件以来、彼とはほとんどまともに話しができていない。本当は八つ当たりしてしまったことをきちんと謝りたいのだが、きっとこの祝典とかが全て終わってからじゃないと難しいだろうな。


「それはそうなのだけど、その影響が心配だね」


「どうしてですか?」


「いつもならこの季節は渡りの移動の季節のはずだ。だが神もどきの件で渡りは全滅かそれに近いようだったし、それと狩りあっていた顎や、黒犬などもどうなるか分からない。ともかく今年の狩は例年の狩とは違う事になるだろう。その影響がこの後何年続くのか想像も出来ないよ。僕個人としてはこちらの方が『竜』なんかよりよほど気になる話だね」


「そうですね。狩り手組とかの収穫はどうなっているんですか?」


 なんでも『穴』の件でここしばらく城砦は大赤字だったという噂を事務官達が話しているのを耳にしたのを思い出した。


「祝典前の話では、北の方は調子が良かったらしい。だが僕には嵐の前の静けさのような気がするんだ」


「嵐ですか?」


 神もどきに、竜ですよ。十分にお腹一杯という感じですけど。


「何だろうね。理由は無いが何かが潜んでいるような気がするよ。だって『竜』だって出て来たんだ。他の奴も出てきてもおかしくない。ともかく君達には警戒を忘れずに、ともかく無理をしないことをお願いする」


「伊一さん、了解です」


「そうですね。とっても心配ですものね」


 香子さんが、伊一さんに向かって意味深げに相槌を打って見せた。


「香子君?」


 伊一さんが不思議そうな顔をして香子さんを見る。


 結社長以下、城砦の男共は本当に最悪です。


 貴方達はマ者以外にも注意を、それも真剣に向けるべきです!

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