乙女の危機
乙女の危機です!
何日もこんな狭いところにいて、囚人であるにも関わらず、普段食べないような白麺麭をいっぱいいただき、赤葡萄酒までいただいています。葡萄酒のおかげで夜もぐっすり寝れて、どう考えても私の腹の肉は増え続けています。
このままでは向かいの肉屋の娘と瓜二つになってしまいます。白蓮が戻ってきたらいったいなんと言われるか、想像するのも恐ろしいです。
不思議なことに、同じ境遇であるはずの百夜ちゃんや世恋さんの体型には全く変化が見られません。
世恋さんに至っては、どちらかというとやつれて細くなっているように見えます。ただ歌月さんだけは白麺麭を口にしたときに、「太る」とボソッとつぶやいたのを聞き逃しませんでした。
よかったです。同志が一人でもいるかと思うと救われます。ちなみに白麺麭を口いっぱいに頬張る百夜ちゃんはとても幸せそうです。
私は頭の中で自分の日記をつけ終わった。なんでこんなどうでもいいことを考えているかというと、ともかく暇!
ほんの数日前まで八百屋をやっていた時は、朝の早くから広場に行って、野菜を持ってくる農民たちから野菜を買い付け、それを荷車に乗せて自分の手と足で引いてはせっせとお得意さんを回る。回っている間に日持ちをする黒麺麭で朝食。
お得意さん回りが終わったら、店に戻って野菜を並べて昨日の売れ残りをどうするか頭を悩ませつつ接客をし、夕飯の準備をし、売り上げやつけの額を記録して明日の仕入れを考えて寝る。毎日それの繰り返し。
大雨の日などどうしても商売にならない日は店は開けないが、雨漏りをはじめとした水から店を守るための戦いが待っている。何もしなくていい日があるといいな~~なんて思っていたが、それはそれでやってみると結構苦痛だった。
あまり気分がすぐれないのか、あの日以降は世恋さんの方から謎の「恋話」を仕掛けてくることはなかったけど、白蓮については興味があるらしく色々と聞いてきた。
まあ、私が知っている白蓮は森に行って、葉っぱとってきて、また森に行って葉っぱとってきての繰り返しなので、世恋さんが興味を持つような何かってあるとは思えないんですが?
だけど世恋さんの元気のなさはすごく心配なところ。やっぱりあの方(旋風卿)でも家族が側にいないというのは、とても寂しいものなのだろうか? 私も白蓮がいなくて家に一人でいたら寂しく思うかもしれない。
長椅子で寝ているので肩こりもひどい。隣の家の腰の曲がったおばあさんになった気分になる。世恋さんもきっと安眠できなくて困っているんだろうな。
一度夜中に目を覚ましたら、寝ぼけ眼の先で世恋さんがマ石をじっと見つめていた。お願いですから夜中にマ石を眺めて気分転換するのはやめてください。
その姿は美しさを通り超えて恐ろしさすら感じてしまいます。ちなみに百夜ちゃんはだいぶ慣れました。
思わず手を上にして背伸びをすると、私の体の各所から「ぼきぼき」と鈍い音が……。その音の大きさに世恋さんや百夜ちゃんがこちらをじっと見ています。
なんでしょう。外で何かしているんですかね? 乙女の体からは「ぼきぼき」とかいう音は決してしません!
「本当に体がなまってしまいますよね?」
世恋さんが少しやつれた顔に苦笑いを浮かべた。やっぱり、ばれてます?
「お前、硬いな。まずそう」
百夜ちゃん、ちょっと前に私の肉がとか言っていませんでしたか? それにあなたにまずそうとか言われると、最初の朝食と同じに見られているみたいですごく悲しいんですけど。
「これは、やっぱり……」
世恋さんが、指を口に当てて言います。ちょっと待ってください。もう『恋話』はおなかいっぱいです。勘弁して下さい。
「お風呂で気分転換ですね?」
「お風呂!」
思わず、声が裏がえってしまいました。世恋さんはのぞき窓から外をうかがうと、
「すいませ~~ん。どなたかいますか?」
と声を掛けた。がちゃがちゃと廊下から鎧の音が響いて来る。世恋さん、私達って一応囚われの身ということでいいんですよね?




