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対処

「大司教閣下! この事態にどう対処されるおつもりでしょうか!」


 壁の国、水晶宮の一角にある会議室の中に大きな声が響いた。居並ぶ司教達もその問いかけへの答えを固唾をのんで見守っている。その視線の先には一人の初老に手が届きそうな銀髪の女性が座っていた。女性は質問者をじろりとみると口を開いた。


「対処ですか?」


「そうです。城砦が、あの背徳者どもの巣窟が『竜』を狩ったなどと言う戯言を言っている件です」


「戯言でしょうか?」


「もちろんです。竜神様が人の手によって倒れるなどと言うことは有りえません。あの者達の妄想に決まっております。ですが、あの者達の戯言に惑わされる信心が足りないものも出てくると思います。その不届き者達に対する対処です」


「私には戯言とは思えません。おそらくそれは事実なのでしょう」


「大司教閣下!」


 発言者の男性が若芭に向かって声を上げた。


「私には事実を事実として認めないことこそ、妄想のなせる業のように思えますが?」


 若芭は顔色一つ変える事なくそれに答える。


「そんな言葉遊びをしている場合ではありません!これは重大な事態です。マナ教の、しいてはこの国の存続に関わる話です」


「その通りですね。マナ教の存続に関わるという点については同意致します。ですがこの国の存続に関わるという点については、いささか誇大な表現ではないでしょうか? マナ教など拝んでなくても日々の暮らしはまわるというものです」


 若芭の言葉への怒りからか恐れからか、男の体が小刻みに震える。


「失礼ですが、大司教閣下は気でも狂われたのですか?」


「いえ、あなた方のマナ教がないと国が、人々の暮らしが成り立たないという考え方のほうが、私から見れば狂っているようにしか思えません」


「話にならない。諸君、私は大司教閣下に関する職務停止の動議を提案する」


 男の言葉に会議室に集まった人達の間に動揺が広がった。人々は隣や向かいの人々の顔を見回しながらどちらに付くべきかを探っている。


「こんな……、こん……な……」


 若芭に対して非難の言葉を続けようとした男の体が不意にぐらついた。そしてそのまま会議室の机に身を横たえる。その顔には苦悶の表情が浮かんでいた。


「な……なんだ……」


 続けて何人かの人々からも当惑の、そして苦し気な叫びとも悲鳴ともつかない声が上がる。いずれも苦悶の表情を見せながら机に身を伏せたり、あるいは椅子から床の上に転がり落ちたりしていた。それを見た何人かの口から悲鳴が上がる。だが彼らの口からもすぐに同じように苦悶の声が上がった。


「な……なにを……」


 若芭に対して職務停止を提案した男が、脂汗を流しながら若芭の方を見上げた。


「お前達は讒言での足の引っ張り合いは得意なようですが、このような荒事は苦手のようですね。人を使うばかりではいけませんよ。大事な話の時には出された飲み物や食べ物などに決して手を出したりしてはいけません」


 会議室でもだえ苦しむ人々を冷たい目で一瞥すると、若芭は椅子の背後に立て掛けていた錫杖を手に会議室の外へと出た。廊下には明かりはほとんど無かったが、水晶宮の大きな窓から入る月明かりが、白い大理石の廊下を銀色に照らしている。


「ここからはあなた達の仕事です」


 若葉は廊下の先へと顔を上げると、そこに居た人影に向かって声を掛けた。そこには背の高い人影とそして小さな人影があった。


「女王陛下の身柄は抑えました。薔薇の騎士の本部も有力者の身柄も抑えてあります。色々とご協力いただいたおかげで静かにやれました」


「それは何よりです。妹はどこかに逃がしてあげられないかしら? あの子は私の言う事をただ聞いていただけです。吊るすのは私一人で十分だと思いますが、人々がそれで納得できないようであれば、あるいはお前達の仕事の邪魔になるようなら仕方がありません。あの子にも私と一緒に遠いところに行ってもらう事にしましょう」


 若芭が実苑に向かって告げた。そして横にある会議室の扉を手にした錫杖で指し示す。


「それと、この後ろの会議室の者達も私と一緒に吊るすといいでしょう。見世物ですからね。数も大事な要素です。それと全員が揃っていることを人々に示す必要があります」


 それを聞いた実苑が若芭に向かって肩をすくめてみせた。


「さあ、どうでしょうね。腹痛で死ぬぐらい苦しむとは思いますが、死にはしないと思いますよ」


「どういうことです?」


 若芭は怪訝そうな顔をすると実苑に尋ねた。


「今回はあまり死人は出さない方向で行きたいと思っています。それに私達の神は森であって竜はその使いにすぎません。森を信仰したい者達にもその場は与えてやるべきでしょう。何もかもいきなり全て無しにはできませんよ。もっとも政治権力としての教会とその幹部達はこちらの監視のもとに置かせていただく必要はありますがね」


 実苑の言葉に若芭が口を開こうとした時だった。 


「や……、や……、や、だ!」


 実苑の横にいた小さな人影が必死に声を絞り出すと、若芭のところへと駆け寄って抱き着いた。その顔は涙に濡れそぼっている。そしてその小さな拳で若芭の胸を必死に叩いてみせた。


「凪乃?」


 若芭から小さく声が漏れた。実苑は若芭の前へと進み出ると、声にならない声で泣きじゃくる凪乃を指さしながら若芭に告げた。


「若芭おばさん。おばさんの身は決してあなただけのものではないのですよ。私はね、この子がこれ以上悲しむ顔など見たくないのです。その顔を見るぐらいなら、この子により深い悲しみを与えるぐらいなら、こんな国などどうなってもいいと思うぐらいにです。だからあなたを吊るすことはできません。ご了承ください」


「これだけ苦労させて来たというのに。実苑、お前は甘すぎます」


「そうですね。甘すぎると言われても仕方がないかもしれません。でも周りの人達が色々と助けてくれると思うので、何とかなると思います」


 そう言うと実苑は若芭の胸で泣きじゃくる凪乃の頭をそっとなでてやりながら、凪乃に向って頷いて見せた。そして若芭の方を向くと言葉を続けた。


「それに苦労させられたおかげで色々と分かりましたよ。人の力と言う物が目で見えるような物では無いことを。腕力やマナの力では無いことも良く分かりました。そして一人で出来る事など本当に大したことはないのだと十分に理解出来ました」


 実苑はそこで一度口を閉じると若芭の目をじっと見た。


「おばさん、それはおばさんも同じですよ。おばさんは私達の事をもっと頼るべきです。私も貴方に頼らせてもらいます」


「お前は、お前は愚か者です。私を吊るせば事は簡単だというのに……」


「違いますよ。どっちにしたって面倒な事なのは何も変わりません」


 若芭は実苑の言葉に無言で頷くと、手にした錫杖を床に放り投げて、凪乃の小さな体をぎゅっと抱きしめた。


* * *


「労務長、そちらは全部終わりましたか?」


「会計長、そちらの抑えは大丈夫かい?」


 労務長の言葉に愛佳が頷いて見せた。


「古巣ですからね。勝手知ったる何とやらですよ。隊長の方も王宮と教会を抑えたみたいだし、流石は若芭様、まるで絵に描いたように方がついたわね」


「そう言えばあんたの騎士姿という奴を最後に見たのはいつだったかね?」


 労務長が愛佳に向って首を傾げて見せた。


「それはお互い様でしょう?」


「お二人とも仲がいいのはいいですが、明日の実苑の宣誓の準備は大丈夫ですか? 布告がきちんと行われないと空振りになりますよ」


 碧真が二人に声を掛けた。


「それはうちの者があちらこちらにばらまいているはずです。いざとなったら水晶宮のあちらこちらに閃光弾でもしかけて、驚かせてやりましょうかね?」


 碧真の問いかけに愛佳はそう答えると、大丈夫と頷いて見せた。


「マナ禁止の国がいきなりマ石なんて使うんですか?」


 愛佳の答えに碧真が少しばかり驚いた様な表情を見せた。


「変わったという事を教えるにはいい手ではないですかね?」


「いきなりすぎですよ。この手は地道にやらないとだめです」


 碧真が愛佳に向って首を横に振って見せる。


「ふふふ、どうもとてもせっかちな人としばらく付き合いましたからね。何か変な物でもうつされたかもしれません」


「そうだよ会計長。あんたは力のせいか、出たとこ勝負が多すぎる。それにあちらこちらに色目を使うのもほどほどにした方がいいな。これから近衛騎士長(薔薇の騎士)に戻るんだしね」


「労務長。その言葉はそっくり貴方にお返ししますよ。何せあなたはこれから将軍に戻らないといけないのですからね。ですがあなたを労務長と呼べなくなるのは残念です」


「そうだな、会計長。いっそ職の名前の方を変えてしまうか?」


 労務長が愛佳に向って真顔で答えた。


「そうもいかないでしょうね。でも寧乃が隊長を捕まえたりしたら、私達はあの子を王妃様と呼ばないといけないのかしら?」


 二人が真剣な表情でお互いの顔をじっと見る。


「お二人とも色々と思いはあるでしょうが、今宵は明日の準備に集中するべきではないでしょうか?」


「そうですね。碧真国王顧問殿、大変失礼いたしました」

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