祝典
どこからか雲雀の高鳴きが聞こえてくる。今日は春の陽気と言うよりは少し汗ばむくらいだ。今年は夏が来るのが早いのかもしれない。
「実季さん、その地区割表をもう一度見せてもらえませんか?」
「はい、お姉さま」
実季さんが私に今日の戻り組の野営に関する帳面を渡してくれた。私と実季さんは警備組の仕事に戻って、今はこの渡しの監視所で働いている。
「野菜の重量物は出しやすい位置に置いてもらっていいですか。意外とかさばりますからね」
私は実季さんに向かって監視所の日陰に置かれた野菜類が入った箱を指さした。箱につめられた春玉菜の上を白い蝶がひらひらと舞っている。本当は備え方の仕事なのだけど、野菜類の取り扱いはどうしても気になってしまう。
おかげで最近はここの様々な人から「八百屋」と呼ばれてしまっている。だけど私にとって決して嫌な呼ばれ方ではない。むしろ誇りに思うぐらいだ。ただ私に付き合ってくれている実季さんには本当に申し訳ないと思っている。
「今日は意外と野営組が少ないのね」
「はい。何せ祝典がありますので森で何かあったりすると大変との事で、事務方が大分数を絞っていると聞きました。念次さんによれば、潜っているのは首が回らない人達だけだそうです。できればこの隙に探索路の整備を終わらせたいとの話でした」
「そうね。例のところに向かうところ一辺倒だったし、草も生えてくる季節だしね」
この時期の警備方は忙しい。冬の間に荒れてしまった探索路の整備をしないといけないのだ。なので私達も明日は探索路の確認の為に森に潜ることになっている。思えば最後にこの渡しを渡ってから大分たってしまった。
『神もどき』のせいで3人も犠牲者がでてしまった時だ。その事と桃子さんの事を思い出すと本当に心に何かが刺さったのではないかと思うような痛みが走る。だがこれは私が感じるべき痛みだ。
「はい、お姉さま。それよりも伊一組頭も言っていましたけど、本当に出なくてもいいのですか?」
実季さんが少しばかり心配そうな顔をして私を見た。きっとずっと私に聞こうか聞くまいか迷っていたんだろう。
「祝典の事? だって色々な所からお偉いさん達が来るやつでしょう? 私のような駆け出し未満が出る所じゃないよね」
彼女にそう告げて唇の端を上げる。できれば微笑んでいるように見えてくれるといいのだけど。
「そうでしょうか? お姉さまは何といっても赤毛組の組長ですし、例の潜りは赤毛組としての潜りです」
実季さんが少しばかり納得がいかない顔で私に口を開いた。きっと実季さんは私もその場で称賛されるべきだと思っているに違いない。だけどお門違いもいいところだ。
「名前だけですよ。それにきっと私が居ると白蓮が気を遣うと思う。一生に一度の晴れ舞台だから、気兼ねなくみんなから褒められた方がいいのよ」
「お姉さまがそういうのなら……」
実季さんはまだ少し納得がいかないような顔をしながらも私に向かって頷いて見せた。
「うん。でもびっくりだよね。追憶の森で『八百屋』と馬鹿にされていた白蓮が城砦上げての祝典の主役なんだよ。追憶の森の連中の首根っこを捕まえて、雁首揃えてよく見ろと言ってやりたかったな」
本当にそれが出来たらいいのに。でも白蓮の事を知っている「追憶の森」の冒険者のどれだけの人が生き残っているんだろう。私達だって生きてここにたどり着けた事自体が奇跡のようなものだった。
「『八百屋』ですか?」
実季さんが不思議そうな顔をしてこちらを見た。そうか、実季さんは葉っぱ専門だった頃の白蓮を知らないのか。
「家の店に居候していたからね。それはもう馬鹿にされっぱなし」
本当に禄に買いもしないくせに、店まで嫌味だけ言いに来るやつらが一杯居ましたからね!
「信じられません!」
私の話を聞いた実季さんが、とても信じられないという顔をしてこちらを見た。そんな前の話じゃないです。だって一の街を出てからまだ一年もたっていないんですからね。それに私から言わせれば、冒険者としての腕は実季さんの方が白蓮なんかよりよほど上です。
「あら、実季さんから見てもそう見えるんだ。二つ名持ちの話もあったし、あの色白軟弱男も立派になりましたね」
本当にそうだ。そしていつの間にか少しずつ私から遠い存在になっていく。きっと白蓮は千夏さんの様な一緒に森に潜れる人と付き合った方がいいのだろう。私は、私はどうするのがいいのだろうか? 関門で八百屋をやりたいなんて事を考えていたけど、柚月さん達が突然の不幸で亡くなってしまったらしいし、百夜もいない。
柚月さんや柚衣さんにはとても悪いことをした。どんな理由でもいいから二人の元を訪ねて、夜会服を着た姿を見てもらうべきだった。どうして人は本当にやるべきことが分からないのだろう。後悔なんてものは結局のところ怠惰の結果に他ならない。
「でも白蓮さんは二つ名の件を断ったって聞きましたけど。本当なんでしょうか?」
「そうみたい。なんでも無限さんの二つ名を引き継ぐように言われていて、まだ早いって遠慮したそうね。でも知らなかったな、無限さんって二つ名持ちだったんだ」
私が白蓮の事をまた聞きみたいに話していること自体、彼が私より少し遠い存在になっている証拠のようなものだ。
「私も全く気が付きませんでした」
実季さんが私に頷いて見せた。
「なんでも師匠の形見だからって二つ名は使ったみたいだけど、絶対に誰にも卿付きでは呼ばせなかったらしいからね」
やっぱりあの人は偏屈おじさんだ。世恋さんの家で最初に会った時の事を思い出す。そしてこの渡しで白蓮と一緒に会って話をした時のことも。でもやっぱりあの人のだみ声をもう聞けないのかと思うととても寂しい。たとえそれがここ、城砦の宿命だとしてもだ。
「明日は森です。今日は早めに上がってください」
突然私達の背後から声が掛かった。ふり返ると少し背の高い男性がこちらを見ている。その左頬には火傷の跡があった。
「伊一さん!」
この人はいつも突然に現れる。正直なところ隠密持ちの実季さんなんかよりもよほどに驚かされてしまう。
「祝典はどうしたんですか?」
「まだ病み上がりという事で念次さんに押し付けてきました。潜りも大分本格化して来ましたからね」
そう言うと伊一さんがこちらを見て笑った。私のせいで負ってしまった火傷だけど、この人はこの傷でむしろ男前になったのではないだろうか? 前から男前ではあったけどそれに精悍さが加わったような気がする。この人からほほ笑まれるとちょっと耳の後ろが熱くなる気がするくらいだ。
「それにちょっとでも目を離したりした隙に、他にちょっかいでも出されては困りますからね」
そう言うと伊一さんは私達に向かって肩を少しすくめて見せた。ちょっかい? 一体何のことだろう? 彼は私達の視線に気が付くと慌てた様子で口を開いた。
「それより風華さん、明日は久しぶりの森ですから十分に準備の上で気を引き締めてお願いします」
「はい、伊一さん。了解です」
「見てください!」
その時だった。実季さんが私達の背後を指さした。城砦に色とりどりの明かりが煌々とついている。そして照明弾らしき明かりがその頂上に一斉に灯った。
多門さんの就任祝いと白蓮達の『竜』討伐の祝典がはじまったのだ。
* * *
「多門さんの結社長就任の祝いはさておき、こんなの茶番ですよ」
前に居並ぶ各国の有力者からの使者を前に、白蓮の口から思わず本音が出た。冒険者達はいつもの皮の大外套姿だが、威厳とやらがかかっているのか、使者たちの装いは華美というよりもぎんぎらぎんという感じだ。
使者の奥さんや娘と言った付き添いの女性達に関して言えば、それはもう目が痛いくらいの華やかな衣裳を纏っている。だが白蓮から見れば、どの顔も白い壁がならんでいるようにしか見えない。いいところの姉さん達でもびっくりと言う感じだ。ちょっとでも笑ったりしたらヒビが入るのではないだろうか?
無理に搾り上げているとしか思えない腰元もそうだ。どれだけ絞っているのか想像もつかない。もしかしたら笑って顔が崩れたりしないようにする為にやっているのかもしれない。
「おや白蓮君、君もだいぶ言うようになってきたじゃないか」
旋風卿が白蓮の方を一瞥して告げた。白蓮はその言葉に肩をすくめて見せる。だんだん似てきているとか思っているのだろうか? だとするととても心外な話だ。
「皆さんはさておき、僕は人様から褒められるような事など何もしていないですからね」
白蓮は旋風卿に向かって軽く両手を上げながら答えた。
「そんなことはありません。白蓮殿は英雄としてたたえられるべき方です。極めて正当な評価です。未来永劫に渡って吟遊詩人が語り継ぐべき話です」
横から有珠が真面目な顔で白蓮に告げる。その言葉に、白蓮は有珠の隣に立つ帆洲の方に向かって、何とかして欲しいと目で合図をしたが、帆洲は軽く首を横に振って見せただけだ。
白蓮は思わずうんざりした表情になる。この件では彼女と一度真剣に話をすべきかもしれない。こんなに真顔で英雄とか言い続けると、周りの人が自分について途方もない勘違いをしかねない。
白蓮の隣では創晴が代理として、無限の遺品を持ってずっと無言で立っている。白蓮はその横顔をじっと見つめた。きっと心の中では自分なんかより余程にこれを茶番だと思っている事だろう。
もしかしたらはらわたが煮えくり返る思いをしているのかもしれない。だとすれば自分はその怒りの矛先を向けられるべき人間の一人だ。
百夜は欠席扱いになっている。多門と旋風卿は形だけでも白蓮が百夜の代理役をやるべきだと言ったが、そんな事が出来ると本気で思っているのだろうか? 自分がこれ以上ふーちゃんの心の傷に塩を塗るような事が出来るとでも?
たとえどんな事情だろうが何だろうが知った事ではない。白蓮がそれをするなら何があっても出ないと宣言した後はこの話が出ることは無かった。
白蓮が我に返ると、創晴が自分の顔ををじっと見ているのに気がついた。きっと心の中で何を思っているのか見透かしているのだろう。
「さっさと終わらせるぞ」
白蓮にそう一言告げると前を向く。
「はい、創晴さん。了解です」
「お集りの紳士淑女の皆様。本日はこれより、「嘆きの森の結社」において月貞前結社長の元、本結社の冒険者達が成し遂げた偉大なる成果について、謹んでご報告させていただきます」
多門の声が上がり、参列者から盛大な拍手が上がった。
『本当に何て茶番なんだ!』




