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「ではこの人事に関する件はこれで決まりという事でいいのかな?」


 そう言うと遠見卿は周りを見回した。


「おめでとう、多門君。君が28代目の追憶の森の結社長だ」


 そう言うと手を軽くたたいて見せた。会議室の他の者からもまばらな拍手が上がる。それを見た多門は深いため息をつくと、どかりと椅子に腰を下ろした。


「もうどうせ何を言っても、みなさんに聞く耳なんてないでしょうからね。はい、拝領させて頂きます。死んだ時の墓標には『書類に殺されたかわいそうな奴』と刻んでください」


 そう言うとわざとらしく両手を上げて見せる。それを見た遠見卿が首を傾げて見せた。


「おかしいね。私から見ると君がここに来た目標が成し遂げられたと思うのだけど、一体どこで宗旨替えしたのかな?」


「そうですね。全部俺が仕切ってやるなんて本当に馬鹿な事を考えていた時がありましたね。いやもう何でそんなことを考えていたのか今では想像もつきません」


 遠見卿の言葉に多門が頭を振って見せた。


「私から見ると君の考えが変わったのはそれほど前の話ではないと思うけどね。おそらくはある人物との出会いによるものではないのかな? それに書類仕事は君の得意技の一つだと理解しているよ」


「もう何とでも言ってください」


 多門は片ひじを会議机につくとうんざりした表情で遠見卿に告げた。それを見た遠見卿が小さく含み笑いを漏らすと言葉を続ける。


「それより、今日は君の方からも何か相談事があると聞いていたような気がするが?」


「今日はもう十分に疲れましたからね。それに少し()()も変わりましたので、また後日にさせていただきます」


「それでは探索組からの提案について、少し時間をもらってもいいだろうか?」


 多門の発言が終わるや否や、創晴の背後に座っていた用哲が右手をあげて発言した。


「おい、どうして後見人の方が手を上げてしゃべっているんだ」


 多門が用哲の前に座っている創晴を指さした。だが創晴は悪びれることなく多門に向かって両手を上げて見せる。


「分かったよ。結局同じ話になるんだろう。続きをどうぞ」


「探索組としてはある人物の所属について正式にうちとしたい。この件は昨年の年末に提案書を出させてもらったが結社長、いや当時の特別監督官殿によって却下された事案も含めてだ」


 そう言うと、用哲が多門の方をじっと見る。


「嫌味はいいから、さっさと中身を教えてくれないか?」


 用哲は多門の言葉に軽く頷くと先を続けた。


「白蓮君を正式にうちの所属とさせて頂きたい。並びに風華君、実季君にうちへの異動をお願いする。特に白蓮君については、創晴組頭の後任としてうちの主任を務めてもらいたいと思っている。それと白蓮君の弟子の千夏君だが、彼女については研修無しで、城砦の冒険者としての地位を与える事を提案する」


 多門が片ひじをついたままの姿勢で体を前へ突き出した。


「本気で言っているのか?」


「もちろん本気だ。また書類一枚で拒否されると困るからな」


 用哲が多門に向かって肩をすくめて見せた。


「一冒険者の人事についてこの場で議論するつもりか? この会議は城砦の決定機関だぞ!」


「用哲さん、ちょっと待ってください。その件はうちも関わっている話ですよね?」


 多門の右手から声が上がった。伊一だ。


「そうだ。どちらかというと厄介払いをしたいという噂を聞いていたので、そちらとしては渡りに船だと思っていたのだが?」


 用哲の言葉に、伊一が普段な温和な顔とは異なる険しい表情になる。それは左頬の火傷の跡と合わせて少しばかり凄みを感じさせるものだった。


「厄介払い? どこの誰が言ったんですか? 申し訳ないですが、警備方としてはその提案を一切認めるわけにはいきません。風華君と実季君についてはこれまで通りに警備方での仕事についてもらいます」


 伊一が用哲に向かってきっぱりといい放った。伊一の言葉に背後に座る念次も頷く。だが用哲は伊一の言葉を一顧だにすることなく言葉を返した。


「まだ二人は駆け出しだ。こちらの方が手っ取り早く鍛えられる」


 伊一が探索組の面々に向かって頭を振って見せた。


「そう言う問題じゃないです。分かっていますか? 警備方のほぼ全員があの子に助けられたんです。それを放り出して帰って来たなんて言ったら、私は警備方で袋叩きに合いますよ」


 二人のやり取りを見ていた美亜が右手を小さく上げた。


「すみませんが、風華さんの監督権は監督方預かりから私のところに引き継がれていますので、所属は警備方ではなくて、まだ私のところにあるのですが?」


「美亜君、それはあくまで形式的な話だと理解しているのだが、私の理解が間違っているのかな?」


 用哲が美亜に向かって慇懃無礼気味に発言すると、美亜の顔色が変わった。


「形式的? 形式的とは何ですか!こちらとしてはあの子の後始末をずいぶんとしてきたつもりですが!? ですので、彼女の件については一人前になったと認めるまで、研修組での預かりとします。そもそも研修生と一緒に()()も含めてもう一度鍛えなおすべきです。いきなり森などにはとても送れません」


 美亜は常識というところに力を込めて、用哲だけでなく部屋にいる面々に向かって語った。


「落夢卿、それはあまりに彼女に対して失礼だと思いますよ。私は監獄で彼女が何をしたのか、私達に何をしてくれたのかこの目で見ているのです。失礼ですが()()()持ちなどよりよほど度胸と実力があると私は思っていますがね」


 そう告げた伊一の発言を、自分に対する嫌味だととらえたのか、美亜が隣で片ひじついて身を乗り出していた多門を椅子に押し倒すと、その先に居る伊一に向かって声を上げた。 


「そちらこそ本質を見誤っていませんか? あの子がどれだけ危うい存在かという事を理解していますか? だからこそ鍛え直すべきです」


「それについては同意見だ。だからこそ探索組で引き取ると言っているんだよ」


 美亜の言葉に用哲が横から答えた。その言葉に美亜の顔がより厳しくなる。


「それはうちに対する侮辱ですか!?」


「美亜、少し口を慎め」


 多門が椅子から立ち上がろうとしていた美亜を押しとどめた。


「室長!あっ、すいません。結社長」


 さすがに言い過ぎたと思ったのか、美亜が多門に向かって小さく頭を下げた。


「その件についてだが、俺からも少しばかりいいか?」


 思わぬ人物からの発言に皆がその人物を注目した。


「どうやらあんた方はあの子にマ者とやりあう事を期待しているみたいだが、俺から言わせればお門違いもいいところだ。あの子はもともとは商売人だろう。交渉上手な上に人を使うのもうまい。ぜひ備え方で働いてもらいたい。そちらの方がマ者なんかとやりあうよりよほど城砦の役に立ってくれる」


 いつもは椅子を引いて目立たないようにしているはずの鹿斗が会議机に身を乗り出して発言した。


「鹿斗さん、横からかっさらっていくつもりですか?」


 その発言に仁英が驚いたように答えた。


「適所適材と言うやつだよ。ここの連中はそれが一番よく分かっていない」


 そう言うと、横に長い会議机の遠い側にいる面々を見回して見せた。


「なるほど、備え方には赤毛殿の応援団が多数いますからね」


 鹿斗の横で静かに座っていた長身痩躯の男性が声を上げた。


「何だその応援団というのは!?」


 多門が不思議そうな顔をして発言者の柚安に問い掛けた。


「多門さんは知らなかったのですか? 監獄の件で、あなたが赤毛殿に荷運びの仕事を命じましたよね」


「それがどうした?」


「その時に毎日監獄から監視所まで、赤毛殿達が荷車を引いている姿を備え方の人達が見ていて、「健気さ」ですかね? それにやられた人達が多数ですよ。ちなみに私の耳にはその中心人物は鹿斗工房長と聞こえています。何せその時は備え方の方々はいつもは嫌がるのに、妙に監獄と監視所勤務を希望される方が多くて困ると、事務補佐の方々がぼやいていました」


 それを聞いた多門の顔に驚きの表情が浮かぶ。そして遠くに座る鹿斗の顔をまじまじと見た。柚安の発言を聞いた鹿斗の顔には明らかな狼狽の色がある。


「柚安!お前この場でそんなことを言うのか? お前だって赤毛を連れて関門迄いっただろう。うちの連中が夜道に気を付けろと言っていたぞ!」


「その件だが、一時的でいいのでうちの所属にしてもらえないだろうか?」


 今まで会議の内容に我関せずだった学心が、手を上げて発言した。


「まさか、学心さんまで赤毛に絆されたとか言うんじゃないでしょうね?」


 多門が恐ろしい何かにでも相対しているかのような表情で学心を見た。


「おぬしは何を世迷言を言っているんだ。お前達は例の件について忘れたわけではないだろう。その調査こそが最優先事項だ。それに『神もどき』の件だって調査が終わったわけではない。あの者達のすべての時間はその調査のためにこそ使うべきだ!」


 学心はそう言い切ると腕を組んで辺りを見回した。その視線を受ける面々もそれを避けるつもりは毛頭ないらしく、会議室の中はまるで何かの決闘でもはじまりそうな雰囲気が漂っている。その中で遠見卿の後ろに座っていた若い男性がおそるおそる右手を上げた。


「まだ拝命してすぐですが、白蓮さんは狩り手組に来て副組頭をしていただきたいのです。私一人ではとても軽すぎて務まりません。何せ新種ならびに例のもぐりの件に関わっていますから、狩り手組こそが適切ではないでしょうか?」


 その発言に彼の横に座っていた女性が男性を一瞥すると、頭を振って嘆息して見せた。

 

「帆洲、白蓮殿の件についてはあなたが口を出すような話ではありません。身の程知らずも甚だしい。あの方の運命はもっと大きなところにあるのです。そもそも副組頭などというのはあの方の器にあっておりません」


 そう言うと車椅子に座る遠見鏡の方を振り返った。


「遠見卿、先ほどのご提案ですが、私としては先行組の組頭は謹んで辞退させていただきます。代わりに白蓮殿を先行組の組頭として推薦させて頂きます。白蓮殿が組頭を務めるのであれば、私はその下で微力ではありますがお力添えさせていただく所存です」


「監督官長殿、どうやらうちの組長はじめ、うちの面々についてみんな勝手な事を言っているみたいだけど、冒険者を管理する立場のあんたの方から何か言ってやった方がいいじゃないのかい?」


 歌月はうんざりした表情を浮かべると、反対側に座っている旋風卿に向かって手を振って見せた。


「歌月査察官長殿、私から何を言うべきですかな?」


「人のものに手を出すなだ!それにあの子達が城砦の未来にとって本当に必要なら、今はそっとしておいてあげるのが一番だよ」


「おい美亜」


「はい、結社長」


「ここは城砦だよな。どこかの村の役場じゃないよな?」


 答えるべきかそれとも黙っているべきか、美亜が多門に向かって困ったような表情を浮かべた。


「多門結社長殿、例の件を一体どうするつもりなのか、先にそれを私達に示してもらえないかな? 他もうすうす何があったかは感づいているよ。城砦にとってもあの子達にとっても、今はそれが一番大事な話だと思うけどね」


 そう言うと、歌月は拳で会議室の机を叩いて多門の方を見た。


「歌月査察官長殿、俺はどうやらあんたに頼むべき仕事を間違えたみたいだな。あんたには結社長を頼むべきだったよ」

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