希望
「そもそも、あなたは査察方がどのようなところか知っているのですか?」
多門さんから研修所に泊って、朝一で美亜さんのところを訪ねろと言われてこの方、ずっと美亜さんから説教をされ続けています。
「すいません、よく分かっていません」
私が知っている事と言えば、あの嫌味男と世恋さんが特別査察官と特別査察官補佐だという事だけだ。そう言えば二人はそれで何をしていたんだろう? 査察官って一体何者?
「査察方は冒険者に違反行為がないかどうか、違反行為があればその者を捕縛し調査するところです。いきなり部外者が押しかけていいところではありません!」
でも美亜さんは私に紹介状を書いてくれましたよね?
「私が貴方達に紹介状を書いたのは門前払いされずに済むようにしただけの事です。誰も中に押し掛けていいとは言っていませんし、書いてもいません。普通は受付でおとなしく待ちます。紹介状をもらったからと言って、中まで、それも取調室の入り口まで押しかける人はいません!」
どうやら私の心の内は美亜さんにすべて読まれているらしい。
「実季さん、あなたがついていながらどうしてこんな事態になったんですか?」
あれ? どうして実季さんにそれを聞くんですかね? 実季さんは私の弟子なんですけど……。
「はい、査察官長補佐殿。大変申し訳ありませんでした」
「多門さんが召喚した歌月さんをいきなり吊るしたりするとか思ったんですか?」
えっ、だって私達が関門からここに着いた時には、多門さんも美亜さんも私達を吊るす気満々でしたよね?
「風華さん、もしかして関門からここに来た時の事を考えていました?」
「はい、査察官長補佐殿。違います」
美亜さんが疑り深そうな目で私をみる。あの、美亜さんの力って、本当は他人の考えが分かるとか言うのではないのでしょうか?
「本当ですかね? それと貴方達には役職抜きで話すことを許可します。正直なところ、貴方に役職付きで呼ばれると馬鹿にされているようにしか聞こえません」
「美亜さん、そんなことは露ほども思っていません」
「本当ですか?」
なんかすごく僻みっぽくなっているんですけど……あれ、この台詞は前にも何処かで聞いたことがある。
「もしかして多門さんから何か変な物でもうつされたんじゃないですか?」
思わず心の声が漏れてしまった。美亜さんがジロリと私の方を睨む。まずいです。とってもまずいです。
「うつされていません!」
美亜さんが大きな声を上げた。思わず亀の様に首を引っ込めたい気分になる。美亜さんはそんな私を見ると大きなため息をついて見せた。
「まあいいです」
そして一枚の紙きれを取り出すと、向きを変えて私達二人の方へ向けた。
「本来はあなた方は警備方で私が指図する立場にはないのですが、遠見卿及び多門査察官長の署名で貴方達の面倒を見るように依頼書が来ています。つまり、あなたが何かやらかしたら全ては私の責任という事です。分かりましたか?」
「はい、美亜さん」
「分かったら、今日はここにある荷物を全てまとめて自宅に運びなさい。貴方達には近く警備方から新しい勤務に関する発令が出る手はずになっています」
「はい、美亜さん。了解です」
「ここからは私からあなたへの非公式かつ個人的な伝達事項です。あの子は、百夜は間違いなく生きています」
『美亜さん、ありがとうございます』
私は心の中でお礼を言った。美亜さんも多門さん同様に私に気を使ってくれている。私はどうしてこうも周りに迷惑ばかり掛けてしまうのだろう。本当に自分の存在が情けなく思えてくる。だからと言って俯く訳にはいかない。それではもっと迷惑を掛けてしまう。
「美亜さん、もちろんです。あの黒娘がそう簡単にくたばったりする訳がありません」
間違ってもマ者にぶっ倒されたりするようなタマじゃありません。
「これはあなたを元気づける為だけに言っている話じゃないの。前にも貴方に言ったと思うけど、私の右目はあの子の右目とつながっている」
そうだ。忘れていた。美亜さんは確かにそう言っていた。
「もしかして百夜がどこにいるか、何を見ているのか分かるのですか!?」
「残念だけど今は何も分からない。だけど繋がりはまだ感じられます。だからあの子が生きているのは間違いない。もし何か見えたら貴方にすぐに教えます。約束するわ」
「はい、美亜さん」
「それと風華さん、実季さん。本当にありがとう。貴方達がいたおかげで私はこうして生きて彼に会えた。全て貴方達のおかげよ」
「美亜さん、違いますよ。私達は美亜組です。美亜さんは私達の組長です。私達が美亜さんのために何かするのは、私達がお互いを助け合うのは当たり前ですよ。ね、実季さん?」
「はい風華さん。当たり前です」
実季さんはとても自信たっぷりに答えてくれた。流石は我が弟子です。何が一番大事かを良く分かっています。
* * *
「お姉さま、道具類はこの箱に全部入れておきました」
「実季さん、ありがとうございます」
私達は研修所で自分たちの荷物の片づけをしている。すぐに終わると思ったのだけど、意外と荷物があってもう昼近くになってしまっていた。
片付けのために開け放った窓からは春の気配を感じさせるそよ風が、そしてその風にのって何やら歓声のようなものも聞こえてきた。先ほど花で飾られた馬車が下の通りを通って行ったので、きっと誰かの婚礼式が行われているのだろう。
「どこかで婚礼式でもしているのかな?」
「そうですね。そのようですね」
私の問いかけに実季さんも窓の外に目をやった。窓から見える空は微かに白く煙る春の空だ。
「あとは百夜の分だけね」
「お手伝いしましょうか?」
「大丈夫。あの子の物はあまりないから。実季さんは先に荷馬車を裏口まで持ってきてくれるかな?」
「はい、お姉さま」
実季さんが部屋から出て階段を降りていく。なんだかんだでこの研修所の部屋も長く使わせてもらった。ここにも色々な思い出がある。
百夜の衣裳が入った籠を寝台の下から引っ張り出すと、そこには彼女が好んで着ていた黒いつなぎの服が何枚かと肌着が入っている。本当にあの子はいつも同じかっこばかりだった。
その上着と冬用の毛の肌着を取り出して荷運び用の布の上に置く。あの子はどうしているのだろう。昼はだいぶ暖かくなってきたが夜はまだまだ冷える。それに百夜の事だ。いつもお腹を空かせているのではないのだろうか?
そう言えばあれはどこにいったのだろう? 寝台の下に手を入れたがこの籠以外の物は何も手に触れない。体を折り曲げて寝台の下を覗き込んだ。そこには中身が空の衣裳袋と僅かばかりの綿埃が窓から入ってきた風に揺れているだけだ。
『おかしいな?』
あれをここから持ち出した記憶はない。それに衣裳袋だけ置いていくという事もない。よく見るとその時に一緒に買い求めた絹の肌着もなかった。片方だけなら私の勘違いや誰かが運び出したという事はあるかもしれないが、両方ないという事は……
「お姉さま、荷馬車の準備が出来ました」
背後から実季さんが私に声を掛けた。だけど私の頭の中は全く別の事を考えている。そうか、そう言う事か……。寝台の奥に入っていた衣裳袋を引っ張り出す。
「お姉さま?」
「実季さん!」
「はい」
私の少しばかり大きな声の問いかけに実季さんが驚いた顔をした。そして衣裳袋を胸に抱いて立っている私を不思議そうに見ている。
「居ますよ」
「何がですか?」
「百夜です」
「どこに居るか分かったんですか?」
「どこに居るかは分かりませんが、この近くに来たことは確かです。あの子はここに来たんですよ」
「えっ!」
「実季さん、急いで帰りますよ。そしておいしいものを一杯作りましょう。あれはきっと匂いにつられてそのうち絶対に帰ってきます」
だって、あの子はここからあの夜会服を持っていったんですからね!
第9章「贖罪」これにて終了になります。




