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結婚式

美明(みめい)姉さん、頭につける花飾りはこれでいいですか?」


 千夏が赤い薔薇の花飾りを持っていくと、美明は千夏の方を振り向いた。美明は探索組の奥方様総出での婚礼の支度中だ。真っ白な婚礼衣裳を着た美明は店で見た時の姿とはまるで違って、とても清楚で奥ゆかしく見える。きっと世の男性たちが夢に思い描く花嫁姿そのものだろう。


「何でもいいですよ」


 美明は千夏を見てそう告げると、少し恥ずかしそうに微笑んだ。


「美明さん、何を言っているの? 適当にすると後で必ず後悔します。何せ普通は一生に一度の事なんですからね」


 美明の髪を結い上げている用哲の妻の瀬乃が、美明をたしなめた。


「はい、瀬乃姉さん」


 美明が瀬乃に恥ずかしげに答えた。それを見た千夏は口元に笑みを浮かべる。どうやら二人は昔からの知り合いらしい。その姿はまるで美明に対する自分の様だ。


「千夏さん、男達は大丈夫なんですか? 昨日あれだけ飲んでいましたけど……」


 美明は少し心配そうな顔をすると、千夏の方へ視線を向けた。千夏はその問いかけに思わず苦笑いを浮かべる。それは心配になるだろう。昨日はお店に居たことがある千夏から見ても、それはもう大変な宴と言うか、馬鹿騒ぎとしか言えない代物だった。


 創晴をはじめ、大勢の参加者が目に痣等を作っていたのだが、本人達はそれがどうして出来たのかも含めて全く覚えていないらしい。本当にどうしようもない人達だ。今日の式に本当に出られるのだろうか?


 酔っ払いの男達よりも、千夏にはもっと心配な事があった。結局昨日は白蓮は探索組には戻って来ていない。きっと疲れていただろうし、穴での事を色々と説明する時間も必要だったのだろう。千夏としては、そんな時に一緒に居てあげられない自分がとても情けなく思えた。


 その件について千夏はそれとなく用哲に相談して見たが、用哲からは一言、「そっとしておいてやれ」と告げられただけだった。だが千夏はその答えに納得している。その通りだ。今の自分には彼を待つことしか出来ない。千夏だけではない。創晴をはじめ探索組の皆が白蓮の事を待っていた。


「家の旦那とお婿さんにはしょうが汁をたっぷりと飲ませておきましたからね。何とかなるでしょう。その代わり口づけするときに、生姜の味がしても許してあげてください」


 口ごもっていた千夏に代わって、瀬乃が美明に答えた。


「でも瀬乃姉さん。本当にいいんでしょうか? 無限さんが遠いところに行ってしまったばかりだというのに……」


 少し考え込む様な表情をすると、美明は瀬乃に問いかけた。


「美明さん。その無限さんからのお願いですよ。短気持ちですからね。さっさとしないと戻ってきてうるさいじゃないですか」


 瀬乃は髪を結い上げる手を止める事なく、美明に向かってキッパリと告げた。美明は瀬乃の言葉に素直に頷いて見せる。千夏はその姿を驚きを持って見つめた。


 あの美明姉さんが、瀬乃の前ではまるで借りてきた猫の様になっている。結婚すると女性はみんなこんなに強くなれるのだろうか? だから世の旦那さん達は奥さんのことを恐れるようになるのだろうか?


 千夏は頭を小さく振った。自分には良く分からない。でも瀬乃や他の奥様達を見ていると、それは間違いなく事実のようにしか思えない。


「千夏さん、婚礼衣裳の裾を持ってもらっていいですか? さあて、無限さんに弟子の嫁がどれだけ美人か見せつけてあげましょうかね」


「はい、瀬乃姉さん。了解です」


 立ち上がった真っ白な婚礼衣装姿の美明は、女の千夏から見てもため息が出るくらい美しい。


 その姿を見ながら千夏は考えた。私もいつかこの衣裳を着る事が出来るのだろうか? そしていつかこの人達みたいに強い女になれるのだろうか?


* * *


 各組の事務棟と研修所との間に挟まれた少しばかり狭い通りが入り組んだ場所。さらにその一本奥へと入った狭い通りに花びらが舞っていた。その下を純白の婚礼服を来た美明が、瀬乃に腕を預けてゆっくりと歩いている。通りの上の全ての窓から歓声が、そして花びらが次々と舞い降りていた。


 通りの両側に一列にならんだ男女の姿は礼服ではない。革の上下に革の大外套。あるいは白の上着に紺の下、紺の短外套を纏っている。これが冒険者の婚礼式の衣装だ。通りに並んだ人達は、微動だにすることなく胸の心臓に右手を当てて立っていた。


 通りの先にはやはり白い婚礼衣装に身を包んだ仁英が用哲と一緒に立っている。その背後には冬が終わったばかりの季節にも関わらず、様々な花で飾られた馬車が静かに花嫁と花婿を待っていた。


 千夏の横では右目に青い痣を付けた創晴が少しだけ複雑な顔をして立っている。千夏の目には創晴が無限の事を、ここに居ない白蓮の事をじっと考えこんでいる様にも見えた。もしかしたら少しは仁英がこんな美しい花嫁を娶れた事を羨んでいるのかもしれない。


「本当にきれいですね」


 千夏は創晴に小声で問いかけた。


「そうだな」


 創晴が千夏の方を全く見ることなく答える。創晴の台詞はいつもの千夏に対する返事と違って、少しぶっきらぼうだ。千夏は心の中でため息をついた。どうしてここの男達というのは不器用な人達ばかりなのだろう。もう少し気の利いた台詞とかは言えたりしないのだろうか?


「憧れます」


 千夏は創晴にもう一言声を掛けた。


「お前もあれを着たいと思うのか?」


 創晴は少しばかり千夏の方へ顔を傾けると、そう問いかけた。


「もちろんです。私を何だと思っているんですか?」


 千夏は創晴に対して本物のため息をついて見せた。不器用なんてもんじゃない。本当に手が付けられない人達だ。


「きっと千夏さんもとても似合うと思いますよ」


 不意に右側から掛けられた声に千夏が振り向いた。


「白蓮さん!」


「千夏さん、声が大きいですよ」


 千夏の右側に立った白蓮が、胸に当てていた右手を一瞬だけ口元にもっていくと、千夏に向かって指を立てて見せた。


「白蓮、いいのか?」


 創晴がじっと前を見ながら白蓮に問い掛けた。


「はい。色々と心配をおかけしました」


 白蓮も前をじっと見ながら創晴に答えた。その答えに創晴が小さく頷いて見せる。千夏は二人の姿を少し羨ましい気持ちでじっと見つめた。この人達は女性に気の利いた台詞の一つも言えない人達だけど、一言でお互いの心が通じ合える人達でもある。


「準備しろ。始めるぞ」


 創晴は二人に告げると左腕を上げた。


「はい、創晴さん。了解です」


 通りにならんだ全員が、拳を握りしめた左腕を上げた。そして一斉に声を上げる。


「冒険者の新しい門出に、彼らがいつまでも良き狩り手であらんことを!」


 そしてその腕を己の心臓の上に置く。


「そして森がいつまでも彼らを、そして我らを祝福せんことを!」


 その言葉に、建物からこちらを見ていた人達から大きな拍手が上がった。


「おめでとうございます!」


 居並ぶ人たちが一斉にそれぞれに祝いの言葉を、拍手を、歓声を上げた。頭の上から聞こえてくる歓声もひときわ大きくなる。千夏は白蓮の手を引くと、皆と一緒に美明の元へ駆け寄った。そして大外套の衣嚢に入っている花びらを掴むと美明の頭へと振り撒く。


「千夏さん!」


「美明姉さん!」


 美明が涙に潤んだ目で千夏の方をじっと見つめた。千夏の目からも美明の目からも涙が流れる。その目を見て千夏は心の中で呟いた。


『泣いちゃだめですよ。せっかくのお化粧が落ちちゃうじゃないですか?』


 だが良く考えればこの人には化粧なんかいらない。いつでもそしていつまでも美しい人だ。そしていつの日か私も同じように皆から祝福される日が来ることを心から信じている。千夏は左手の中の白蓮の右手をギュッと力強く握りしめた。

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