思惑
「どうして私まであの男の葬式に出なくてはいけないのか、全く納得がいきませんね」
旋風卿はそう一言告げると多門の方をじっと見た。
「あんただって一応は弟子だったんだろう? そもそも何で俺がお願いしたみたいな話になっているんだ? お前にだって義理ってもんぐらいあるだろうが」
「それが何か? それに歌月殿は、いつからその男の仲間になられたのですかね?」
そう言うと旋風卿は多門の横に座る歌月の方を指さした。歌月は全く気にすることなく茶器を手にお茶を飲んでいる。それを見た多門は旋風卿に向かって厭味ったらしくため息をついて見せた。
「涙まで流せとは言っていない。弔問客として色々なやつらが乗り込んでくるんだ。形だけでもしめやかに執り行う必要がある。よく分かっているだろう。どうして俺がわざわざお前に向かって説明してやる必要があるんだ?」
「さっさとすべて終わったことにしたいという事ですか? 仕方がありませんね」
そう告げると、旋風卿がさもめんどくさいとでも言うように肩をすくめて見せる。
こいつは本当に性根がひん曲がった嫌味野郎だな。多門は心の中で毒ついた。それにこいつに対するお願い事はこれで終わりではない。多門は隣で優雅にお茶を飲む歌月の方へ視線を向けた。
「あんたへのお願いというやつはそれだけじゃない」
茶器を卓の上に置いた歌月が旋風卿に声をかけた。
「おや、やっぱり一味ということですね」
旋風卿が歌月に向かってわざとらしく声を上げて見せた。その姿を見た多門は風華もこの男の事を嫌味男と呼んでいたのを思い出した。まさにその通りだ。それにこの男の嫌味はどうやら自分に対してだけではないらしい。
だが多門は不意に風華が自分の事も嫌味男と呼んでいた事を思い出した。正直なところ、こいつと一緒にだけはされたくないと思う。多門は次に風華と会ったら、絶対に自分を嫌味男と呼ばせないことを固く誓った。
「一味かどうかはさておき、この人との賭けには負けたからね。その分は働くさ」
「どんな賭けかは知りませんが……いや、どうせあの子に関することでしょうな」
旋風卿の答えに歌月が肩をすくめて見せた。
「そんなところだよ。あんたには監督方の面倒をみてもらわないといけない」
歌月の言葉に、旋風卿が自分の前に置かれた茶器に伸ばしていた手を止めた。
「私が監督官ですか? 歌月殿はここで何かおかしなものでも食べられましたかね?」
そう言うと、旋風卿は怪訝そうな顔をして多門の方をじっと見つめた。
「おい、もしかしてあんたは俺がこの人に一服盛ったって、本気で思っているんじゃないだろうな?」
「そんなものは食べちゃいない。あんたも分かっていると思うけど、城砦には二つ名持ちはもうほとんど残っていないんだ。あんたと、遠見卿、落夢卿に、呪符卿、堅盾卿の5人だけだ。せめて二つ名持ちの一人ぐらいには役職についてもらわないと示しがつかない。でもあんた以外の3人には監督方はまだ無理だ」
「消去法という訳ですか? それなら歌月殿が監督官になればいい。二つ名の有無など単なる呼び方の問題ですからね、どうでもいい話ですよ。歌月殿なら追憶の森での経験者なので誰も文句は言わない」
「それはその通りだが色々と都合という物があるんだよ」
「残念だね。私は叔父を殺したやつを捕まえろという事で、査察方の面倒をみろというお達しだ」
歌月は多門の言葉を無視してそう告げると、多門の方を指差した。
「なるほど、それはうまい手ですな」
旋風卿は少しばかり感心した顔をして多門の方を見る。
「おい、どうしてお前はいつも俺に対して上から目線なんだ?」
歌月が多門の言葉を無視して先を続ける。
「だからあんたの言う消去法という奴で監督方の面倒はあんたに見てもらうしかない。だができればどこかで代わってもらえると助かるね。私が査察方だなんてお門違いもいいところだ。だけどおふざけし過ぎたせいで風華が殴り込んできたからね、その後始末はしないといけない」
「それはしかたないでしょうね」
旋風卿が歌月の言葉に頷いて見せた。
「そう思うなら乗り込んでくる前に止めたらどうなんだ? お前だって赤毛の事はよく分かっているだろうが」
だが旋風卿は多門の言葉を再び無視すると、歌月に向かって口を開いた。
「あの子達は?」
「ちょっと待て、俺の話は無視か?」
だが二人は多門の問いかけには答えない。二人の態度に多門は天を仰いだ。
「研修所においてある荷物の整理にやった」
「けじめという奴ですか?」
旋風卿の言葉に歌月が頷いて見せる。
「それに警備方の仕事に戻すよ。何かやっていないと辛いだろう」
「そうですな。ですが面倒を見る方が大変ですよ」
「経験者が居るからそいつに任せる事にする」
多門の言葉に今度は旋風卿も頷いて見せた。
「なるほど、落夢卿に任せると言う事ですね。では、あの男の葬式の段取りについて教えていただけますか? 但し間違っても私に弔辞を読めなんてことは無しにしていただきたい」
そう言うとジロリと多門の方を見た。
「ちょっと待て、弟子のお前が読まなかったら誰が読むっていうんだ!」
多門の叫びに、旋風卿は肩をただ小さくすくめて見せただけだった。
* * *
喜代は裏戸が開いて人が二階へと登ってくる気配に気がついた。やっとあの人が帰って来たらしい。今日はいつもよりさらに遅い時間だ。人が小さな食卓件居間に入ってくる気配を確かめてから寝台をおりて居間への扉を開けた。
「お帰りなさい。夕飯はすっかり冷たくなってしまったので、温めなおしましょうかね?」
欠伸の一つでもしたふりをしてさっきまで寝ていたふりを装うと、喜代は竈門へ種火にとなる藁を入れた。本当は心配でずっとやきもきしていたのだが、喜代としては余計な気遣いをさせてしまって鬱陶しい女だと思われるのは嫌だった。
「起こしてしまいましたか? こんな遅い時間にすいません」
そう告げると、柚安は喜代に対して丁寧に頭を下げた。しかしその姿を見た喜代は小さく息を呑んだ。柚安の服が赤黒い染みに染まっている。
「ちょ……ちょっと。大丈夫ですか!?」
喜代は慌てて柚安の方へ駆け寄るとその赤黒い染みへと手をやった。
「これですか? 赤葡萄酒を買い求めたのですが、手が滑りましてね。全部濡れてしまいました。落ちるかどうか分かりませんが、私の方で洗濯してお返しします」
確かにその染みからは血のよなねっとりとした感じはしない。
「そんな事より濡れたままじゃないですか? 私の方で洗いますからすぐに脱いでください」
慌てて彼の上着に手を掛けた喜代に対して、柚安がさもすまなさそうな顔をして見せる。喜代はその顔を見てはっとした。なんだろう。今朝ここを出て行った時とは別人の顔だ。まるで憑き物が落ちたかのようなすっきりした顔をしている。喜代は心の中で安堵のため息をついた。良かった。きっとこの人を悩ませていた何かが解決でもしたんだろう。
「何かいいことでもあって酔っぱらったんですか? 私が言うのも口幅たいですが、お酒はほどほどが肝心ですよ」
喜代の言葉に柚安が小さく頷いて見せる。その表情を見て喜代は自分の顔が年端も行かない小娘の様に赤らむを感じた。なんていい男なんだろう。その優し気な表情に思わず上着を脱がす手が止まってしまう。
「それと今までお弁当を作って頂きましてありがとうございました」
柚安は袋の中から竹でできた楕円形の箱を取り出すと、丁寧に卓の上に置いて喜代に向かって深々と頭を下げた。
「いえいえ、たいしたことじゃありませんよ」
喜代は弁当の箱を柚安から受け取るとそれをじっと見た。竹でできたごく普通の弁当箱だ。でも自分は毎日これに食事を詰めるのを、そしてそれが空で帰ってくるのを楽しみにしていた弁当箱だ。だがどうやらこの弁当箱の役割も今日で終わったらしい。それはこの人がここからいなくなってしまう事も意味している。心の中に何か穴が空いたような気持ちになる。
だが喜代はそれを振り払った。それよりもこの人の用事が何だったのか分からないが、彼を悩ませていた何かが終わったことを喜ぶべきだ。あの暗い顔のままではこの人は一体どうなってしまうんだろうと本当に心配だった。
「それに何やらお悩みの件も解決したようで良かったですね」
「はい」
どうせいつかは終わりがくることがわかっていた事だ。ここで決して泣いたりしてはいけない。泣くのはこの人が居なくなってからいくらでも泣ける。今はこの人が気分よくここを立ち去れるようにしてあげるのが一番だ。喜代は柚安に向かってさも安心した様に微笑んで見せた。
「これまでの下宿代と食事代です」
そう言うと、柚安は内衣嚢から革袋を取り出すと卓の上においた。喜代としては商売柄その音でその中にどのくらいの金が入っているかは分かる。下宿代としてはとても多すぎる額だ。
「こんなに受け取れませんよ。そちらだってこれから色々とかかるでしょうから、ぜひお持ちになっていって下さいな。下宿代は多門さんが落ち着いてからゆっくりで結構ですよ」
喜代はそう言うと柚安に向かって片手を上下に振ってみせた。そして涙が出そうになるのを必死に抑えながら作り笑いをする。だが柚安は喜代に向かって首を横に振った。
「喜代さん。今まで隠していて申し訳ありません。私は柚安と言います。私の本名です。色々込み入った事情があって偽名を使わせてもらいました」
「そのぐらいは分かりますよ。皆さんそれぞれ事情がありますからね」
そう答えながら喜代はその名前を頭の中で反芻した。そして心中でその名前がこの人にとても似合っている事に気がつく。だが同時に自分がその名前を呼ぶ機会もないことにも気がついた。
「私は城砦で事務官をやっています。色々と事が片付いたのでその報告もあって城砦に戻らないといけません」
「城砦ですか?」
「はい。隣町です。近いうちに必ずまたここに寄らせてもらいます。そしてお忙しいとは思いますが、出来れば一度城砦まで来ていただけませんでしょうか?」
「私がですか?」
「はい。ぜひ私の親しい人達に喜代さんの事を紹介させていただきたいのです」
喜代は柚安に向かって首を捻ってみせた。正直なところ柚安が何を言っているのかよく分からない。
「やっぱりご迷惑ですかね?」
柚安が驚いた顔のまま固まっている喜代に対して声を掛けた。喜代が慌てて首を横に振って見せる。
「そんなことはないですが……私なんかが押しかけて行ったら柚安さんのご迷惑になるじゃないですか」
「何を言っているんです。迷惑を掛けたのは私の方ですよ。それに私は喜代さんのお弁当の味は忘れられません」
そう告げると柚安は喜代の腰に手を回すとその体を引き寄せた。




