終戦
昼の太陽が照らすそこは、まさに戦場の後そのものだった。
早くも死の香りを嗅ぎつけた青蠅がそこらかしこをうるさく飛んでおり、生き残った者も座り込んでは、次に何をすべきかも、自分が何をしたのかも忘れてしまったかのような表情で、人とマ者の死体を見つめていた。
この地で動いているのは手にした槍で、敵味方なく助かる見込みのない重傷者にとどめを刺している衛士の姿だけだ。
「これでは、死体を始末して街に戻るまでどれだけ時間がかかるか分かりませんね。マ者の死体の始末も、森の外では死人喰らいがやってくれるわけではないですから、いろいろ始末に負えない。これでは間に合わないか……」
白蓮の横で旋風卿がぶつぶつと文句を言っている。この人にとってはこの戦場の惨劇はどうでもいい話で、ともかくさっさと一の街に戻って、世恋さんを解放したいらしい。
けが人への手当てが一通り終わった白蓮も、地面にしりもちをついたままこの情景を見ていた。
結局生き残りは30にはるかに満たない。最初の半分以下の人数だった。けが人の中には「一の街」まで到底持たなそうな人も含まれている。
これは助かったといえるんだろうか? どちらかというと全滅しなかったという方が正しいように思える。
「貴様、馬は乗れるか?」
頭上から声がかかった。見上げると馬に乗った兵士長がこちらを見下ろしている。白蓮は尻についた泥を払うと慌てて立ち上がって答えた。
「はい」
この人にはここで「人並には……」なんて余計なことを言うとまた蹴っ飛ばされる。
「では、これから一の街への道中の案内を頼む。途中で馬を代えられるところの案内もだ。今日は満月で月明かりでも馬は駆れる。馬を代えて夜通し走れば夜半には一の街に戻れるだろう」
「はい、兵士長殿」
白蓮は緊張の面持ちで答えた。借りる金はないといって断ったのだが、馬だけは覚えておけと山櫂さんに鍛えらたのがこんなところで役に立つとは……。
「了解しました」
ふーちゃん、生きて帰れそうだよ。白蓮は思わず涙がこぼれそうになるのをぐっとこらえた。兵士じゃないが思わず敬礼したくなる。
「アル・マイン殿」
「はい」
「貴公には、道中の護衛を頼む」
「了解しました。やれやれ、いつ戻れるかとやきもきしていましたが……」
「それならうってつけだろう。死体の埋葬に敵の物資を回収して一の街に戻っていてはいつ戻れるか分からぬから先行する。それと、二度と槍を私に向けるな。この件について二度目の忠告はない」
「御忠告、肝に銘じておきます」
そう答えると、旋風卿は兵士長に向かって深々と頭を下げた。
「馬と背嚢を受け取れ。すぐに出発する」
兵士長はそう告げると、ゆっくりと馬を駆って本陣の方へ向かって行った。その先には暗紫色の大鎧を来た男が馬に乗り、二匹の馬の手綱を持って待機している。
旋風卿は兵士長が去ったのを確認するとゆっくりと頭を上げた。
「五日、やはり間に合わないか……。でも石があれば……」
旋風卿はまたぶつぶつと独り言を言っていたが、急に白蓮の方を向いて問いかけた。
「そうだ白蓮君。君は私達が『一の街』に戻れるのと始末されるの、その賭け率はどのくらいだと思うかね? 私は1:4ぐらいだと思うが君はどう思う? 昨晩、君が兵士長に『贄』とか余計なことを言わなければ2:3ぐらいはありそうだったんだがね」
旋風卿が真顔で白蓮に告げた。あっ、兵士長の話が長いって、そういう意味だったんだ。白蓮は頭を抱えた。
それなら先に忠告してくださいよ。
ふーちゃん、僕はまだ生きて帰れるか分からないみたいだ。どうか僕の無事を祈ってほしい……祈っていてくれるかなぁ? 祈ってくれているといいな……。
せめて忘れてはいないよね!




