筋書き
遠見卿の私邸はこじんまりとしていたが、その居間には大きな出窓があり、そこからは城砦がよく見えた。その窓の方を眺めながら多門の説明を聞いていた遠見卿は、一通り説明を終えた多門の方へと、乗っていた車いすの向きを変えた。
「結局のところ、君はずっとそこに閉じ込められていたという理解であっているかな?」
卓に置かれた茶器に手を伸ばしつつ、多門に向かってそう問いかけた。
「はい、遠見卿」
「それで偶然に地下水路へと迷い込んだ美亜君達に、偶然にも救出された」
遠見卿はそう言い終えると、何かを確認するかのように多門に向かって指を向けた。
「さらに、偶然にもそこで結社の重要書類の写しらしきものも見つけた」
遠見卿が居間の卓の上に置かれた革の書類入れへと指を動かした。
「そう言う事になります。ええ、全てはたまたまです」
多門が遠見卿の問いかけに大きく頷いて見せた。
「それと誰かが私の世話を焼いてくれたのも確かです。そうでなければとっくに飢え死にしています。明かりはほとんどもらえなかったので、未だに外に出ると目が痛くて仕方がありません。おかげで美亜からは人相が悪いって怒られ通しですよ」
遠見卿が多門に向かって苦笑して見せる。
「それは君の美亜君に対する態度の問題のような気もするけどね」
多門が返答代わりに遠見卿に対して肩をすくめて見せる。そして今度は真面目な顔で語り始めた。
「ここからは率直な話をさせて頂きますが、裏で手を引いていたのは間違いなくおばさんですよ。その先につながっていたのは……」
そこまで聞いたところで、遠見卿が多門に向かって片手を上げて話を止めた。
「結社長の私邸から男女の焼死体が出た。焼死体の一つは間違いなく月貞結社長らしい。それに冥闇卿も行方知らずだ。医事方によれば、その女性は冥闇卿である可能性が高いそうだ。その夜は彼女は結社長と同衾していたらしいからね。それと女侍従が一人行方不明だ。その背後を追ってみたところ不明な点が色々と出てきた」
「と言うと?」
遠見卿が多門に向かって頷いて見せる。
「どうやらその女侍従は誰かの長い手だったようだ。いずれにせよ君の主張については、両者が居なくなってしまった現状では確かめようがない」
「月貞結社長に対する長い手ですか?」
多門が顔をしかめつつ遠見卿に聞き返した。遠見卿は多門の問いかけを無視して話を続ける。
「これは我々嘆きの森の結社に対する許しがたい暴挙だよ。混乱を避ける為にも、月貞結社長の命には別条は無いが、怪我を負っていて安全な所で治療に専念していることにしてある。この点については君にも十分に理解を求めたい」
そう言うと遠見卿は多門に同意を求めた。多門もそれに同意して見せる。まさか世の中の誰も本当に長い手に掛けたのが、あの赤毛だとは想像も出来ないだろう。いや、あの子にそれを背をわせてしまった事を我々は恥じるべきだ。
「私に世話を焼いてくれたのが誰かについては?」
多門の質問に遠見卿がゆっくりと首を横に振って見せる。
「それも両者が居なくなったからね。どこの誰でどういう繋がりかは不明だな。何せ表と裏の長が同時に居なくなってしまったのだからね、全ては闇の中だよ」
多門はそう告げた遠見卿に対して小さくため息をついた。どうやら遠見卿はこの件について、最後の最後まですっとぼけるつもりらしい。
「それについては少しばかり思い当たる節があるのですが……」
多門は上着の衣嚢から何か小さなものを取り出すと、遠見卿の前に差し出した。遠見卿が車椅子の背から僅かに身を起こして、多門の手の上を覗き込む。
「それは釦かな?」
「ええ、私には医事方の短外套の釦に見えるのですが?」
「釦と言うものは全て似ているからね。たまたまではないのかな? あまり気にすることはないと思うよ。それに最近は小さいものは本当によく見えないのだ」
そう言うと、遠見卿はその身を車椅子の背に戻した。
「遠見卿、了解です。そういう筋書きな訳ですね」
多門は遠見卿に向かって両手を上げて見せた。そして今度は遠見卿に向かって深々と頭を下げる。
「何処の誰かは分かりませんが、礼だけは言っておくことにします。ありがとうございました」
その姿に遠見卿が小さな含み笑いをもらした。多門は頭を上げると、先程よりもさらに真面目な表情をして遠見卿に問いかけた。
「あの子達の安全はどうなっています?」
「彼女達に危害を加えるような者がいるとは私には思えないな」
「了解です」
多門は遠見卿に向って頷いて見せた。赤毛達が誰かに再び襲われる心配はないということだ。それであればもう後ろ髪を惹かれるものは何もない。
「私も城砦からは足を洗った人間ですし、確かにあまり気にする必要は無さそうですね。それに少しばかり邪魔が入ってしまいましたが、すぐにでもここを離れるつもりです」
「ここを離れる? どこに行くのだね?」
遠見卿が不思議そうな顔をして多門を見る。
「ともかくここから遠いどこかですよ。使い道が無かった金が少しばかりありますからね。それで私塾でも開きます」
多門はそう告げると、遠見卿に向かって朗らかに笑みを浮かべて見せた。だが多門の予想に反して、遠見卿は顔をしかめつつ首を傾げる。
「残念だが職務放棄は許されないよ」
「何ですって!」
遠見卿の言葉に多門は思わず椅子から腰を上げた。一体全体どういう事だ?
「君は君の辞任に関する発令書を確認し、署名した上で発言しているのかね?」
「遠見卿、ちょっと待ってください。書類は確かにおばさんに……まさか、もしかして……そう言う事ですか?」
多門の言葉に、今度は遠見卿が朗らかな笑みを浮かべて見せた。
「君が何を言っているかは分からないが、そのような発令書は出てはいないし受理もされていない。君の勘違いでは無いのかな?」
そう言うと多門に向かって再び首を傾げて見せる。その姿に多門は嘆息した。この人達はそこまで全部仕組んでいたという事か?
「いくら何でも横暴ですよ」
「多門君、君だってよく分かっていると思うけどね、それは権力の別名だよ。そのために君は城砦に来たのだろう? ちなみに君の勘違いの替わりに、私のところに回ってきている書類は君の長期休暇に関する申請書だ。君自身の署名もちゃんとある」
遠見卿は書き物机の引き出しを開けると、発令書の写しを多門に差し出した。そこには間違いなく長期休暇申請の文字と多門の署名と思しきものがある。
「それは間違いなくおばさんの……」
そこまで言って多門は頭を振った。これは相手が悪かったという事だ。あのおばさんの本当の恐ろしさは力なんかではない。ありとあらゆる書類を自由自在に操れるところだ。それこそがあのおばさんの真に恐ろしいところなのだ。
「そういう筋書きなわけですね」
『俺はあんた達の掌の上で踊らされていたという事ですね』
多門は嘆息しつつ、心の中で言葉を続けた。
「君はとても静かな所で美亜君と休暇を楽しんできたようだね。彼女のような聡明で美しい女性と一緒とは羨ましい限りだよ」
本気で言っていますか? 何か一つするだけでも小言の山ですよ。
「遠見卿、先触れです」
多門が何かを言おうとし時だった。背後の扉の向こうから声が聞こえた。
「今は来客中なのだが?」
「例の件に関するものです」
その答えに遠見卿の顔に一瞬だけ緊張の色が宿った。
「多門君、悪いが受け取って僕のところまで持ってきてもらえないか?」
多門が立ち上がって背後の扉を開けると、そこには医事方の短外套を着たまだ若そうに見える小柄な男が立っている。男は無言で多門に向かって小さな油紙の紙片を差し出すと、一礼して扉を閉めた。多門が車椅子に座る遠見卿にそれを渡す。遠見卿はすぐにそれを指で広げると、片眼鏡を片手に中身を読み始めた。
「なるほど」
先触れの文を読み終えると遠見卿は片眼鏡を外して多門の方を見た。
「これは悪い知らせじゃないが、手放しで喜べる知らせでもない」
その表情を見た多門はその問いかけに軽く頷くと、椅子から立ち上がった。
「お忙しいようですね。長い休暇も終わったようですし、私はそろそろお暇させていただきます」
だが遠見卿は多門に向かって指を下にむけて見せた。その指示に多門は椅子に座りなおす。どうやらまだ用事は終わっていないらしい。
「これは君にも知らせておいた方がいい話だ。穴の件までは知っているだろう?」
「はい、穿岩卿達の件ですよね」
「旋風卿達がそこに潜りに行っている件は?」
「連中から聞きました」
「ならば話は早い。彼らが戻ってきた」
「それは良かったですね。きっと赤毛は大喜びですよ」
大人達すら遠いところにいってしまった所から、無事に生きて戻ってくるとは流石だな。これで赤毛も一安心だろう。多門は心な中で風華が小躍りして喜ぶ様を思い描いた。
「ただし全員ではない。この件は私が君にここに残って欲しい理由の一つだよ」
その言葉に多門の顔が険しくなる。一体誰が欠けたんだ? それに、この言い回しは……。
「一つという事は他にも?」
「もちろんだ。休暇明けで申し訳ないが、君に是非に引き受けてもらいたい事が出来た」
そう言うと、遠見卿は付き人を呼ぶ鐘を鳴らした。




