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突入

 結社長の私邸は私が想像していたものと全然違っていた。なにせ結社長の私邸なのだ、個人的には高い壁に囲まれた石造りの一の街の領主館のようなものを想像していたのだが、二階建てのとんがり屋根の屋根裏部屋を備えたちょっとしたお金持ちとか、小貴族のお屋敷のような感じの建物だった。もちろん建物自体は私達庶民の建物なんかに比べたらはるかに立派だ。


 感じとしては世恋さんのお家を一回り、いや二回りぐらい大きくしたような感じだろうか? 世恋さんのお家と違う点は来客の為だろうか、広い前庭と少し大きめの立派な玄関を備えている。それにしたって関門で見た柚安さんのお家に比べたら、かなりこじんまりとした感じだった。


 屋敷の周りはあまり高くない石壁、それもかなり風雨にさらされた感じのもので囲われており、そのところどころは茶色く枯れた蔦に覆われている。この蔦を使ったら、私でも容易に中に侵入できそうな感じだ。そして世恋さんのお家のように、城砦からはちょっと離れたところにぽつんと建っていた。


「もっと立派な屋敷かと思っていました」


「地方領主の貴族の屋敷ではないですからね。それにあれはあの男の趣味ですよ」


 近くの林の木立の陰から屋敷を伺っていた私の問いに、碧真さんが小声で答えてくれた。


「どうやら彼は在宅のようですね。時間が無いので助かりました」


 碧真さんが2階の南東の角の部屋を指さした。そこには一階から少し突き出した感じの部屋があって、硝子がはめられた窓からは小さい黄色い灯りが漏れている。


「どうやら目立たない入り口自体は封鎖はされていないようですが……」


 碧真さんはそう小さくつぶやくと、木立の中にある小さな石碑のようなものを指さした。


「警戒線のようなものは見当たりません」


 実季さんが碧真さんに答えた。


「愛佳さん、念のためにここからは凪乃嬢の力を借りてもいいですかね? 彼女は音場をどのくらいまで広げられますか?」


 愛佳さんは右手の指を二本立てると


「凪はだいたい20杖ぐらいまでなら広げられますね」


 と碧真さんに答えた。凪ちゃんは愛佳さんの手を取るともう一本指を立てる。そして私達に向かってにっこりとほほ笑んで見せた。そのしぐさ一つ一つがとってもかわいらしい。同じ姿なのに、ちょっとおませさんの寧乃ちゃんとは大違いだ。


「そうだったね。方向が決まっていれば前方に30杖ぐらいまでなら広げられます。ただし全力だと時間的には四半刻(30分)ぐらいがせいぜいですかね」


 そう言うと、愛佳さんは自分が話した内容を手で凪乃ちゃんに伝えた。凪乃ちゃんは「うん、うん」と頷いた後で、指を1本立ててそれを半分に折って見せる。そして私達の顔を見回すと、両腕を顔の前で握りしめた。どうやら半刻(1時間)までは頑張ると言っているらしい。


「ここから侵入すれば通常は向こうに気づかれますが、凪乃嬢に音を音場で防いでもらえれば、こちらの侵入は直前までばれないと思います。このご時世なので、通路の中、あるいは通路の奥に警備の人間が居る可能性もあります。そちらは警戒線への対応と合わせて、実季さんに隠密で何とかしてもらいましょう」


「碧真さん、了解です」


 実季さんが碧真さんに向かって手を上げて答えた。


「愛佳さんと凪乃さんは、あの角の部屋に一番近づける場所から音場を張ってください。ここから入った時の警戒音はあの角の部屋の一番角のところと、その下の一階の鐘で知らされます。それを抑えてもらいます」


「分かりました。そちらは?」


「こちらは私と実季さんを斥候に、2階の角部屋に侵入します。ここから私達が侵入してあの部屋に到達する頃、おそらく四時(20分)過ぎぐらいを見計らって、音場をあの角部屋全体ぐらいまで広げてもらえれば、多少ごたごたしても屋敷の者に気付かれる可能性は抑えられます」


 碧真さんの言葉に愛佳さんが頷いた。そして手で凪乃ちゃんに説明する。


「成功したら窓から明かりで知らせます。隠してある医事方の馬車で、一路馬車溜まりまで撤退です。そこから先は……まあ出たとこ勝負ですね」


「了解です。こちらの人間でいずれかの隊商の馬車を抑えます。ここに来ている連中にも多少の知り合いぐらいはいますから、何とかなるでしょう」


 愛佳さんが答えた。隊商同士の貸し借りを使うつもりらしい。


「私達は歌月さんのところに繋ぎを送って、どこかで合流します」


 私も碧真さんに今後の予定を確認した。


「予定通りそれでいきましょう。接触後は彼女を通じて、正規の手続きで監督方に殺されかけた事を訴えるべきですね。そうすれば少なくとも誰かにいきなり殺される心配はかなり少なくなります。もちろんこの件はだんまりを決めてもらう必要はありますがね」


 そう言うと碧真さんは口元に指を一本立ててみせた。

 

「了解です」


 愛佳さんと凪乃ちゃんは私達に手を振ると、林を抜け出して屋敷の方へと移動していく。やがて壁の近くから僅かな角灯の光が小さく揺らめいて消えた。向こうは予定の位置に着いたという事だ。私の目から何も見えない。愛佳さんの力で、目くらましになる何かの陰に隠れたのだろう。


「ここからが本番です。二階の彼の居間まで一気に行きます。彼は間違いなく冥闇卿と一緒に居るはずです。美亜さん、部屋に入ったらともかく彼女を抑えてください。先に力を使われたらお終いです。冥闇卿さえ抑える事が出来れば、後はどうにでもなります」


 美亜さんが碧真さんの言葉に頷いた。


「後は躊躇せずに、二人を一思いに殺るだけです」


 そう言うと、碧真さんがその石の小さな塔をぐるりと回した。塔が回転した跡に小さな黒い穴とそこに降りる金属の梯子が顔を現す。


「では赤毛組の皆さん、ようこそ裏の仕事へ」


 碧真さんはそう声を潜めて私達に告げると、角灯を手にその穴の中へと飛び込んだ。


 そうだ、私達はここに人を殺しに来ているのだ。どんな事情があろうが、やろうとしていることは人殺しそのものだ。しかも城砦の結社長を、歌月さんの血がつながった人を殺そうとしている。


 一体どうしてこんなことになってしまったのだろう。だがそれを悩むのは後だ。これにはみんなの命がかかっている。それに先に殺そうとしたのは相手の方だ。


 実季さんが、そして世恋さんがその後に続く。私が飛び込むと、碧真さんに体を支えられて、通路の床へと下ろされた。最後に美亜さんがほとんど音をさせないで直接床へと着地する。


 あたりは真っ暗だ。どこからか水滴が落ちるような音が小さく響いている。碧真さんが角灯の覆いを調整して足元だけを照らすようにした。その微かな明かりの先に、両腕を広げた程度の幅の、石壁で補強された通路が伸びている。


 実季さんが角灯を片手に入り口付近の石や壁を注意深く見ていた。警戒線、透明で切れにくい糸を鳴子につないだものや、床の石に何か仕掛けがないか調べているらしい。


 短弩弓を背にした碧真さんが指を前に振って、先行する旨の合図を送った。その合図に実季さんは頷くと、背にした短弩弓を前にする。どうやら交互に警戒しながら進むつもりらしい。お互いが相当に信頼していないと難しい動きだ。下手をすれば味方の背中を撃つことになりかねない。


 私の前に居る世恋さんは角灯を手に、すぐに前方を照らせるようにしながら二人の後ろを進む。首の後ろ辺りがちりちりする感じもする。美亜さんはいつでもその力を放つ準備をしているようだ。私達は狭い通路をなるべく壁際に体を寄せながら、一列になって進んでいく。


 しばらく進むと、通路は少しだけ登り坂になった。通路の幅も少しだけ広がった様な気がする。前を行く人達は石の通路をほとんど物音を立てることなく進んで行く。自分の心臓の鼓動だけが耳に銅鑼のように響いて来た。こんなに鳴っていたら誰かに聞かれるのではないかと思うぐらいだ。


 それに必死に抑えていても、自分の息遣いがこの通路に響いているような気がしてくる。それは中敷きに使う不織布を張り付けて、音をしないようにしてあるはずの靴音も同じだ。


 他の人からは足音らしいものは一切聞こえてこないのに、自分が一歩足を進める度に、くぐもった足音が床から響いてくる。一体他の人はどういう足の運びをしているのだろう。この一歩、一動作毎に、私と他の人の差を思い知らされる。


 前に居る世恋さんの動きが止まった。先を行く碧真さんがどうやら止まったらしい。暗闇の先に目を凝らすと、通路の奥に鉄の柵のようなものがあった。その向こう側に壁はない。きっと先は小部屋のような感じになっているのだろう。


 碧真さんが道具袋から油差しを出すと、それを下の鉄の扉のあちらこちらへと刺した。そして扉を塞ぐ鉄の鎖を繋いでいた錠前に手を掛けて、いくつかある輪をゆっくりと回し始める。


 チン!


 軽い金属音と共に錠前の掛金の外れる音が響いた。実季さんがするすると碧真さんの横に行くと、二人で音がしないようにゆっくりと鎖をほどいていく。そして二人で扉を上にもちあげるようにしながら、それをゆっくりと開けた。


 ギィ――――!


 二人でかなり慎重に開けたようだが、それでも小さく金属のきしむ音がした。扉の間に一人分が入れる隙間が開くと、実季さんが角灯りを手にその先を伺った。きっと警戒線がはっていないか確認しているのだろう。やがて明かりの後ろに手を持ってくると、私達に向かって指をくるくると回して見せた。どうやら何も仕掛けられてはいないらしい。


 実季さんが最初に体を隙間から差し込んで向こう側に抜けると、続いて碧真さん、美亜さんが抜けていく。世恋さんが私の背中をちょんとつついた。どうやら明かりを持つ世恋さんが最後に行くらしい。頷いて、道具袋やら短剣の鞘が引っかからないように隙間から体を差し込んだ。でもこの隙間だと世恋さんの胸にはちょっと狭くないだろうか?


 そんな私の心配は無用だったらしく、角灯を私に差し出した世恋さんがするりと隙間を抜けると、私から角灯を受け取った。そこは小部屋のようになっており、小さな卓と椅子もおいてある。この通路の警備部屋のような感じだ。今は誰の気配もない。その奥には木の扉があった。


 碧真さんはその扉に耳を当てて、向こう側の気配を探っている。そして私達に頷いて見せると、扉をゆっくりと押した。何かが扉の向こう側に進む気配がする。実季さんが力を使って先に進んだらしい。扉の隙間から先を覗いていた碧真さんが、角灯の前に手をやって『注意』『登り』と手信号で送ってきた。


 どうやら先は階段らしい。碧真さんが扉の向こうへと進む。私達も階段を登って先に進むと、奥にはさらに梯子のようなものが置いてあった。実季さんの姿はない。どうやら隠密を使ったまま先に行ってしまったらしい。碧真さんが私達の方を振り返った。


「この先は居間に直接出入りできる入り口と、それと廊下側の出口です。居間に直接つながる方は向う側で鍵を開けていないと入れないのですが、やはり閉っているようですね。廊下側から居間に入ります」


 そう小声で告げると、ついて来るように私達に手で合図した。碧真さんが素早く上った後に続いて、美亜さん、私、世恋さんの順で登っていく。床板らしきものを跳ね上げて頭を出した先では、重厚な布の隙間から角灯の黄色い光が漏れているのが見えた。どうやら二階の廊下の角に出たらしい。何だろう。その光がゆっくりと動いている。


『待機』


 碧真さんが手信号で私達に合図した。碧真さんは何やら垂れ幕の合間から指で合図をしている。次の瞬間、碧真さんが垂れ幕の間から飛び出していった。碧真さんが居た位置に美亜さんがすぐに入り、さらに私達に側まで来るように合図した。


 垂れ幕の間から見ると、何やら廊下の真ん中に荷台のようなものが置いてあり、その上に茶器が置かれている。その先の床には侍従姿の初老の男が一人倒れていた。どうやら実季さんが背後から襲って眠らせたらしい。碧真さんがその男から上着と手袋をはぎ取っている。


 世恋さんの目配せに、私も彼女と一緒に垂れ幕の間から出ると、二人で倒れている男の人の体を垂れ幕の内側まで運んだ。実季さんの気配は消えている。きっと廊下の先に警戒にいったのだろう。そしていつの間にか碧真さんと背中合わせになる位置に短弩を持って立っていた。


 碧真さんが私達に目配せをする。碧真さんが開けようとしている扉の反対の位置に美亜さんが、それを援護する位置に世恋さんが立った。そして私に向かって、『待機』と手信号で送ってくる。


 部屋に突入するのには私は足手まといなのだろう。それは仕方がない。だが廊下の、退路の確保は私の仕事だ。手に投擲用の小刀を握って、垂れ幕の間から廊下の奥を伺う。


 碧真さんは軽く咳払いをすると、静かに扉の前に荷台を進めた。荷台の陰に実季さんが移動する。そして扉を手で二度ほど叩くと


「月貞様、お茶をお持ちいたしました」


と扉の陰で告げた。  


「入り給え」


 碧真さんが扉の側にいる美亜さんに目配せする。ここからだ。


『どうかうまく行きますように』


 私は心の中で祈りの言葉を漏らした。そして震えそうになる手足に力を込める。私は白蓮、百夜の背中を守らなければならない。たとえそれがどんな手段であろうともだ。

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