奪取
「負傷者は何処だ?」
医事方の馬車は思ったより早く来た。高馬車から上がった火の手は隣に置いた馬車も巻き込んで、まだまだ派手に上がっていた。辺りには馬車が焦げるにおいと、油の匂いが充満している。
これだけの炎が上がっているのだから、城砦からだって丸見えだろう。ここから連絡するまでもなく、向こうで手配したのかもしれない。愛佳さんもよく高馬車を丸ごと焼くなんて決心をしたものだ。これを疑う人なんて居る訳がない。
「こっちです!」
その声に愛佳さんが立ち上がって手を振った。それを聞きつけた白い制服を着た医事方が担架を担いで走ってくる。
「あんた達、なにぼやぼやしているんだい!すぐに乗せるんだよ!」
愛佳さんの怒鳴り声に、隊商の人達が医事方から奪うように担架を受け取ると、負傷者をそれに乗せていく。医事方の面々は愛佳さんの剣幕に押されたのか、あっけにとられてそれを見ていた。
「どこに運べばいいですか?」
愛佳さんが医事方の人間に詰め寄った。
「ああ、あの幟が上がっている馬車に乗せてくれ。城砦の治療棟に運ぶ」
「あんた達!」
愛佳さんが再び担架を持つ隊商の人達に怒鳴りつけると、医事方の緊急の幟が上がった馬車を指さした。
「行くぞ!」
隊商の人達が馬車に向かって走る。医事方の面々も慌ててその後を追った。私も急いでその後を追う。
「こっちだ」
医事方の一人が馬車の後ろ戸を開くと、隊商の男達によって担架がつぎつぎとその中に運び込まれていく。
「こいつはひどいな。本当に火傷だけか?」
医事方の一人がその担架を見て首をひねった。
「高馬車が炎に吹き飛びましたからね。それに巻き込まれたんです。助かりますでしょうか?」
愛佳さんが涙ながらに訴えてみせる。
「とりあえずは応急手当だ」
医事方の一人が荷台に乗ると扉を閉めた。気が付くと愛佳さんも一緒に荷台に飛び乗っている。何やら扉の中でくぐもった音がしたと思ったら、いつの間にか御者台には世恋さんと美亜さんらしき人が、医事方を示す白の短外套を纏って座っている。
流石です!この人達を敵に回すなんてのは恐ろしすぎて想像が出来ません。
「私達も一緒に行かせてください!」
私が御者台の方へ向かおうとした時だった。
「ちょっといいかな?」
誰かが私の手を取った。ふり返るとそこには奏登さんが立っていた。
「すいません、今は急ぐんです」
この肉屋の娘の姿でもさっき誘ってくれたのはちょっぴりうれしかったけど、今はそんな浮いた話をしている場合ではない。だが彼は私の台詞にもその手を離してくれようとはしなかった。そんなに肉屋の娘が好みなんですか? ちょっとだけ嫉妬心が浮かんでしまう。
「君はさっき医事方と言ったよね。君は結社の関係者かい?」
思わずその指摘にぎょっとしてしまった。そんな私を彼の目がじっと見ている。
「結社の関係者以外は医事方なんて言葉は使わない。そもそも世話になることなんかあり得ないからね」
よく見ると反対側の手には手の中に隠れるように、小刀が握られている。背筋に冷たいものが流れる。私が何も答えられないのを見て彼が口を開いた。
「やっぱり君とはゆっくりと話をした方が良さそうだ。その体つきなのにその足さばきは、どう考えても腑に落ちないよ」
そう言うと彼は素早く私の喉元に小刀を当てて、隊商の面々を見渡した。
「おっと、そこの皆さんも動かないでもらいたい」
「おかしなことは何もないと思いますけど」
御者台の上から鈴の音のような声が響いた。私の喉元に刃を当てていた男がそちらの方をちらりと見る。そこには愛佳さんの幻視の力を解いた世恋さんがこちらを見ていた。彼の目がその姿に釘付けになる。
素の世恋さんを見たら誰もがそういう反応をする。今は自分が命の危険にさらされているにも関わらず、頭の中にそんな考えが浮かんできてしまった。
「ああ、そうだね。別におかしな事はないな。あなたが言うのだからその通りなのだろう。僕の早とちりかな? 何せ成績が上がっていなくて……」
えっ! いったいどうしたんですか?
「大丈夫ですよ。貴方は十分に優秀な成績を上げています」
世恋さんが彼にそう告げた。彼はその言葉に頷くと、ゆっくりと私の喉元に当てていた刃を下ろした。そしてにんまりとした顔をすると、
「そうだね。確かにそうだ。君の言う通りだ」
そう世恋さんに向かって告げた。その顔には何やら満ち足りたような表情が浮かんでいる。流石は無敵種です。こんなにあっさりと殿方を篭絡してしまうとは……恐ろしいです。世恋さんの前ではやっぱり世の全ての女が敗北者の様だ。
彼はくるりと私に背を向けると、燃え上がる高馬車の方へととぼとぼと歩いて行った。
「風華さん、早く乗ってください」
あっけにとられてそれを見ていた私に、世恋さんが声をかけた。そうだ、ぼっとしている場合じゃない。慌てて御者台に上がる。
「愛佳さんに頼んで、お化粧を落としておいてもらって良かったです」
世恋さんが御者らしく、顔に黒い当て布の準備をしながら呟いた。そうですね。男装のままなら効果は無かったでしょうから。でも世恋さんなら声だけでも十分に篭絡できそうですけど!
「一体何だったんでしょうか?」
「風華さんの身のこなし方が、思った以上にちゃんと冒険者の身のこなしになっていましたからね。想定外でした」
世恋さんの隣に座る美亜さんがそう私に告げた。想定外!? どういうことですか?
「事務官の振りをしていましたが、間違いなく査察方ですよ。きっと風華さんの事を不審に思って探りをいれてたんでしょうね」
世恋さんが口元の宛て布をずらして私に告げた。
「ええっ!」
「まだまだ駆け出しのようで助かりました」
美亜さんが私に告げた。どうやら二人とも最初から彼の正体が分かっていたらしい。何でだ?
「でも世恋さんや美亜さんはどうして分かったんですか!?」
私の問いに世恋さんが私に向かって指を振って見せた。
「これでも一応は特別査察官補佐です。もどきとはいえ査察方の所属ですよ。いきなり誘って来ましたからね。でも普通はこっそりと後をつけるとか、城砦に連絡を送って、別の人間に後を追わせるのが定石なんだと思います。それに美亜さんは確か査察方に居たはずですから、私なんかよりもよほど分かっていたと思います」
美亜さんも苦笑しながら私に片手を上げて見せる。
「ええええええ!」
これって……もしや……。
「もしかしてさっき誘われたのも?」
「はい、探りを入れるためです。男性の甘い言葉にはご用心というところでしょうか?」
そう言うと、世恋さんが私に向かってにっこりとほほ笑んだ。何だろう、この笑みは何処かで見た記憶があるぞ。一の街で囚われていた時に恋話を仕掛けてきたときと同じです!
とぼとぼとと高馬車の方へ歩いていく背中をふり返る。
「乙女の心をもて遊ぶとは許せません!」
お前……私に、いや肉屋の娘に謝れ!
思わず固く握った拳を男に向かって突き出す。私の心の怒りを映したかのように高馬車から炎がはじけ飛んで、辺りに油と火をまき散らす。消火していた男達が慌てふためいて逃げ惑っている。
「ですよね、美亜さん!」
世恋さんが美亜さんに向かってそう告げると、何か首筋がちりちりした感じがしはじめた。すると男がいきなり前に倒れこんだ。その姿にちょっとだけ溜飲が下がる思いがする。だけどこれは私の気持ちの分だ。今度会ったら覚えていなさい!
私が肉屋の娘の分の借りを返してやる!
「3日は起きないはずです。では行きますよ」
美亜さんの掛け声に合わせて、世恋さんが馬に向かって手綱を送ると、馬車の車軸は軽やかに回り始めた。その行く手には明かりに照らされた城砦が黄色く輝いている。
私達はやっとここまで戻って来れた。白蓮、百夜、そしてみんな、どうか無事で居てね!
* * *
「遠見卿、どうやら火災は収まったようです。発光信号では高馬車が運んできた角灯の油への引火だそうです」
外の監視からのつなぎ役が伝声管の前から遠見卿に向かって声を掛けた。
「こんな時期に不注意極まりない話だね」
「はい、遠見卿。おっしゃる通りです」
つなぎ役の男が遠見卿に手を上げて見せた。
「では通常の警戒態勢に戻し給え。もちろん限界線に近いところへの監視は常時だ」
「はい、遠見卿。了解です」
つなぎ役の男が伝声管にとりついて、外にいる監視役に対して指示を出す。
遠見卿はそれに軽く手を振って答えると、背後に控えている医事方の男性に向かって車いすを執務机の方へ動かすように指示する。そしてその上に置かれた地図に視線を走らせた。その顔には単なる疲れとは言えない暗い何かが宿っている。
その地図の半分から向こう側はほとんどが白紙だ。その白紙の部分の半分より手前まで黒い一本の線が描かれている。そしてそこから長い空白を介して、端の方に大きく『穴』と書かれた黒い点のようなものが書かれていた。その上には小さな日付が書かれた旗が立っている。その先にもところどころに同じような赤い旗が立っていた。だがその間隔はとても狭い。
「無事に探索路までもどって来れるかは五分五分と言うところか?」
彼の口から小さな呟きが漏れた。小さな旗は黒い点から線までの半ばで途切れている。
「気になりますか?」
背後で車いすに手をかけていた男が遠見卿に小声で聞いた。
「もちろんだよ。先触れも尽きたらしいからね。もう私達には彼らの動向を知る手段は無い。後は天に祈るだけだ」
「そうですね」
背後から地図を覗き込んだ男が遠見卿に同意した。
「それにどうやらここも色々と騒がしい事になりそうだ。悪いが下まで下ろしてもらえるだろうか?今日は早めに休んだ方が良さそうだ」
男は遠見卿の言葉に頷くと、辺りに居る手すきと思われる男達に向かって手を振った。




