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放火

 関門の先の高馬車の荷下ろし場についたのは、頂上で一泊することなく、一気に下まで降りてきたため、もう夕闇が迫る時間だった。馬車の四隅にはもう角灯の灯りが灯っている。


 ここに向かう馬車の数が少なかったので、そのまま降りる事が出来たのと、愛佳さん達がこの時間に着くように仕組んだのと両方だろう。この時間に降りてくる高馬車などほとんどいないので荷下ろし場は閑散としており、多くの高馬車はその先の馬車溜まりに入って、整備やら明日積むべき荷物の打ち合わせなどを行っている。


 警備方の係員と事務方の担当が角灯を手に、愛佳さんから積み荷についての帳簿を受け取ると、高馬車の荷物扉を開けて中を確認しようとした。だが中身が中身なのでまずいと思ったのか、手にした角灯を肉屋の娘の姿をした私の手に押し付けてきた。


「それを中が見える位置で持っていてもらえないかな?」


 少し年配の男は私にそう言うと、事務官らしい若い男性を手招きした。


「一つだけ樽を開けて中身を確認してくれ。全部開ける必要はない。匂いで十分に分かるだろう」


「はい、恵土(エド)さん。了解です」


 若い男性が梯子を上っていく。


「開けた奴もちゃんと受け取ってもらえるんですよね?」


 愛佳さんがさも心配そうに男性に向かって声を掛けた。


「大丈夫だよ。こちらで確認したものだと分かるように再封印する」


 男性はそう言うと、道具箱から何やら細長い油紙のようなものを取り出して、愛佳さんに向かって振って見せた。


「それならいいんですけどね。後で備え方の方からいちゃもんつけられたら困りますからね」


「最近は色々と厳しいんだよ。おかげで俺達も大忙しだ」


 警備方の男性が愛佳さんに向かって苦笑いをしてみせた。元警備方の人間としては、お疲れ様ですと言いたいところだがぐっと我慢する。


恵土(エド)さん、確認しました。間違いありません。角灯用の油です。等級は……ちょっと明かりがないと分からないですね。どうします? 確認しますか?」


「そこまではいい。間違って火を落としたりしたら大変だからな」


 彼は若い事務官にそう声をかけると、油紙の束のようなものを彼に向かって放り投げた。そして愛佳さんの方を振り向くと、


「物が物だから、今日は馬車をこちらの荷下ろし場においたままでいい。明朝にここで備え方に引き渡してくれ」


 と告げた。年配の男性は書類に羽筆で署名すると、それを愛佳さんに手渡して、端にある警備方の建屋へ向かって歩いていく。


「お前達、馬を外して馬車溜まりの飼葉桶の方へ連れて行っておくれ。それと車軸に軋みがあるから油が切れかかっているかもしれない。誰か下を見て油を差してくださいな」


 その言葉に隊商の若い男性が角灯の油を手に高馬車の下へと潜り込んだ。


「ありがとう」


 荷台から降りてきた事務方の男性が、角灯を手にした私のところに寄ってきた。彼に角灯を渡す。その明かりで私の顔をちらりと照らすと、


「見かけない顔だね。もしかして新人さんかい? 復興領なまりだから、あっちから逃げて来たのかな?」


 と声を掛けてきた。


「そんなところです」


「懐かしいな。僕は奏登(かなと)と言って、ここで事務官の駆け出しをやっているんだ。僕も元々は復興領育ちでね。まだ関門に居るようなら、あっちの話を聞かせてもらえないかな?」


 そう言うと彼は手を差し出してきた。もしかして、これってお誘いですか? 肉屋の娘、あんたもなんだかんだと言って()()()()だったという事!? やっぱり胸は大きい方がもてるんですかね。なんかすごく疎外感を感じるんですけど!


「おい奏登、何やっているんだ。さっさと報告書を出しに行くぞ!」


 警備方の建屋の方から声が響いてきた。


「はい、恵土さん。じゃ、また今度来る時にでも考えておいてくれないかな? 警備方の建屋で聞いてもらえれば、飛んでくるから」


 彼はそう言うと角灯を手に建屋の方へと走って行った。なんだかな。ここが城砦でも一の街でも同じところは同じですね。まあ、一の街でも私には縁がなかったですけど。ここでもせいぜい、柚安さんにからかわれるくらいですね。それも何せ百夜に言わせれば、口に合わなかったそうですし!


「風華さん、何をぼっとしているの。今が機会よ。火が付き次第、うちの者が何人か大怪我したふりをするから、貴方も悲鳴をあげるとかちゃんと合わせてくださいな」


「はい、愛佳さん。了解です。もう着けていいのですかね?」


 愛佳さんが頷くと何やら下の方に向かって合図を出した。


「油桶から油が漏れていますね。これは厄介ですよ」


 角灯の光がかすかに漏れる高馬車の下から大きな声が響いてきた。そのあと直ぐに高馬車の向こう側で誰かが動く気配がする。下から抜け出したんだ。では遠慮なく行かせていただきます。と言っても、たかが種火をつけるくらいですけどね。


 ド――――ン!


 私が種火をつけた瞬間だった。高馬車からとてつもない大音響と共に、真っ赤な火柱と言うか、火の噴水とでも言うべきものが宵の空へと吹きあがった。それは赤い揺らめきを纏って雨のように辺りに降り注ぐ。愛佳さんが慌てて私の袖を引っ張った。私達は二人で必死に後ろへと逃げる。隊商の隊員の何人かの服にも火は移ったらしく、他の人が慌てて布でその火を消していた。


「何だ!何があった!!」


 警備方の建屋の方から怒鳴り声が響き、そこから何人かの人々が飛び出してくる。その中にはさっき私を誘ってきた事務官の若い人の姿もあった。そうだ……あっけにとられて見ている訳にはいかない。


「キャ――――!!」


 とりあえず尻もちをついて、口に手を当てて上げられるだけの悲鳴を上げる。


「うちの者が、うちの者が!」


 いつの間にか地面に横たわっている人の側に駆けつけていた、愛佳さんの口からも叫び声が上がった。


「大丈夫か!!」


 奏登(かなと)さんでしたっけ? 彼が私の横まで駆け寄って来ると、私の顔を覗き込んだ。とりあえず彼に頷いて慌てて立ち上がる。ここで腕を回されたりしたら、この胸がほとんど偽物なのがばれてしまう。


「私は大丈夫です。うちの人達が大やけどを……医事方……医事方を呼んでください」


「分かった。君も下がった方がいい」


 そう言うと、彼は大外套の頭巾を頭にかぶって火の粉を避けながら、さっきの警備方の男性のところまで走って行った。確かに彼の言う通りだ。辺りをまるで妖精が踊っているかのように火の粉が舞っている。


「恵土さん、怪我人です。医事方を呼びます」


 奏登さんが事務方の冒険者に声を掛けた。


「分かった。そっちは頼む。水だ、放水器を持ってこい。防火桶はどこだ!!」


 その声に建屋から出てこちらに向かっていた警備方の人達が消火の為に走り去る。


「お願いです!早く医者を!!」


 愛佳さんの演技は続いているらしい。馬車溜まりの方からも人が駆けつけて来た。火の勢いは一向に弱まることなく燃え盛っている。それどころか新しい樽に火が付く度に、空に向かって新たな炎を吹きあげていた。その炎の明かりに周りはまるで昼間のように明るい。


 私も慌てふためいているように足をもつれさせながら……いや実際にもつれながら愛佳さんのところに向かった。いつの間にか実季さんも来ている。よく見ると怪我人役をしているのは、碧真さんに世恋さん、美亜さん、それに小さな体。凪乃ちゃんだった。


 みんな服の一部が焼けて、そこにひどいやけどを負っている様に見える。碧真さんなんか、まるで瀕死のように息を苦しそうに吸ったり吐いたりしている。これって、本当に見えているだけなんですよね? 大丈夫ですよね? 


「風華さん、医事方の馬車が来たらこの人達を運ぶ手伝いをしてください。そして乗せるふりをして馬車を乗っ取ります。ここからが本番ですよ」


 そう言うと私の背後をちらりと見た。


「少し油が多すぎだったかしら?」


 その言葉に合わせるかのように再び大きな火柱が上がる。周りでは警備方がその火を消そうとして、慌ただしく動き回って放水の準備をしていた。


「そうですね。絶対に多すぎだったと思います」

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