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無限

 僕らは(そり)の上に装備や残り僅かな食料と、傷が悪化して歩くことが出来ない無限さんを乗せて、森の中を進んでいる。


 雪は大分溶けてしまっており、あちらこちらで木の根がもう顔を出していた。日が差す場所は地面の黒肌も見えていて、それらすべてが僕らのゆく手を阻む。さらにぬかるんだ地面にも足を取られて、未だに探索路の末端のはるか手前に居る。


 加えて食料自体も大分少なくなっており、兎等の小動物を狩ったりする時間も必要だった。それでも中々距離が稼げないことに焦りながらも、僕らは必至に前へ進もうと悪戦苦闘していた。唯一助かっている点は鱗のおまじないが効いているのか、マ者からの襲撃だけはない。


「何だ、もう城砦が見えているじゃないか……」


 僕が横で押す橇に乗った無限さんが小さく呟いた。


「無限さん?」


 その目は何を見ているのか、大きく右や左を見ている。


「ああ、白蓮か? もうあそこに城砦が見えているだろう? きっと仁英たちも迎えに来ているだろうな」


 無限さんが微かに右腕を動かして、何かを指さそうとしているがその腕は満足に上がりはしない。そしてその指先には大きな震えがあった。


「無限さん?」


 僕はもう一度無限さんに聞いた。明らかに何かの幻覚を見ている。そして革の手袋を脱いで額に手をやると、そこはまるで火のように熱い。


「旋風卿、帆洲、少し止まってもらってもいいですか?」


 その様子を見て、後ろから橇を押していた有珠さんが前で橇を引っ張る二人に声を掛けた。


 腰から水筒を取り出すと、無限さんの口元へと持っていく。だがそれはほとんど彼の口に入ることなく漏れてしまった。有珠さんは躊躇することなくそれを口に含むと、無限さんの口へと注いだ。だがそれでも水はほとんど外へと漏れてしまう。


 有珠さんが無限さんの左側に当てられた止血布を剥がしてそこに水を掛けた。無限さんの口からわずかにうめき声が聞こえる。剥がした止血布と傷口からは何かが腐ったような匂いが漂ってきた。はがされた止血布には赤黒い血と共に、白い膿もべったりと着いている。


「止血布の残りもありません。洗浄してお湯で煮沸消毒するしかないです」


 有珠さんはそう言うと僕らを見回した。無限さんは無言で小さく息をしている。


「おそらく今晩一晩持つか持たないかでしょう。むしろここまでよく頑張ったとでも言うべきですな」


 無限さんの様子を見た旋風卿が、感情の起伏を感じさせない声で言い放った。


「有珠殿もよくお分かりでしょう?」


 アルさんが無限さんの横で傷を見ていた有珠さんに声を掛ける。


「ちょっと待ってください。アルさん、この人は無限さんですよ。限界線の内側まで絶対に持ちます。そこまで持ってもらえれば、救援も呼べます」


 僕の言葉にアルさんがゆっくりと首を横に振って見せた。


「探索路まではどんなに急いでも、あと数日はかかります。そこに物資があったとしても、この傷では到底城砦までは持ちません。白蓮君、君は彼が苦しむのをただ長引かせるつもりかね?」


「ですが!」


「アル……あんまり、白蓮をいじめるな。最初から、置いて行けって……言ったのにお前だって、連れて行かないと、皆のやる気がでないとか……言っていただろう。白蓮も、あまりアルをいじめるな。こいつは口で言っている事と……心で、思っていることが、同じとは……限らないやつだ」


 無限さんは痛みに顔をしかめながらも僕らに語り掛けた。その目にはさっきと違ってわずかに光が戻っている。


「無限さん、もうちょっとですから……」


 だが、無限さんは僕の言葉にわずかに唇の端を動かして苦笑して見せた。


「白蓮……アルの、言っていることは……本当だ。意識が、保ってられるのだって、この痛みに、よるもので一瞬だけだろう。あとはもう意識すらなくなるさ。俺がお前に言いたかったことはアルに伝えてある。だから……ああ、そうだな……仁英の仲人をするのは……用哲に……まかせる……事にする……、」


「無限さん!そうですよ、仁英さんの仲人をするって言っていたじゃないですか!」


「お前には……感謝している……どうせいつかは……森で死ぬのだ……創晴や、千夏の事も……」


 無限さんの息が荒くなる。まるで水中で肺が空気を求めてあえいでいるかのようだ。そして手に、全身に、震えが走る。無限さんの手を必死に握るがその震えは一向に止まる気配はない。むしろより激しくなっていく。そして再び彼の目が何かを求めて、右に左へと忙しなく動いた。


「何だ、やっぱりもう城砦じゃないか……仁英……、用哲……創生……俺達は……俺達は……俺達は、『竜』を狩ったんだぞ!!」


「無限さん!」


 無限さんの呼吸がさらに激しさを増す。それはもう全身でやっと息をするという感じだった。ああ、これは……これは……山さんの時と同じだ。無限さん、僕はあなたにまだまだ教えてもらわないといけないことが、一杯あるんですよ。それにいいところに行って、仁英さんと美明さんに……


「ふ――」


 最後に大きく息をつくと、無限さんの体の動きが止まった。有珠さんがそっと無限さんの首元に手をやる。そして僕らに向かって首を横に振って見せた。その手を瞼に置くと、そっとそれを閉じる。有珠さんは立ち上がると、無限さんの横に跪く僕の前に手を差し出した。


 そうだ。まだ僕にはやることがあるのだ。その手を取って立ち上がる。アルさんが、帆洲さんが、有珠さんが左手を胸に当てて、右手を上に上げた。


「いつまでも良き狩手であらんことを。森がその魂に永遠の安らぎを与えんことを」


 上を向いた僕の瞳から涙が流れて頬に伝わった。見上げた空の上には、冬の嵐が去った後の微かに霞を帯びた青い空が広がっている。そして小さな浮雲が西から東へと、ゆっくりと形を変えながら動いていくのが見えた。それは僕らにもう冬が終わったことを告げている。


 ふーちゃんと旅をしてから、この城砦にたどり着いてから、僕は涙が流せる人間になった。それまでの僕は一体どんな人だったのだろう。人の形をした何かに過ぎなかったような気がする。


 こうして森で生き延びられているのは、間違いなく無限さんや探索組の人々のおかげだ。無限さんが、彼らが僕を鍛えてくれなかったら、僕は決して穴から出て生き延びる事など出来なかっただろう。


 例え自分が以前は何者だったのか分からなくても、今の僕の心臓が動いているのは、涙を流せるのは、ふーちゃんをはじめ皆のおかげだ。


「白蓮君、無限殿からの君への伝言がある。もし君が二つ名を持つことになったら、彼の二つ名を継いで欲しいとの事だ。そして決して他の奴らから、『卿』なんて()()()ものをつけて呼ばれるなだそうだ。彼の言葉を借りれば、この二つ名は君にこそふさわしいそうだよ」


 僕にはまだまだ荷が重い名前だが、無限さんがあとを継げると思ってくれたのなら僕に否はない。


「はい。無限さん、了解です」


「それにもう一つ、『女には気を付けろ』だそうだ。こちらはどういう意味かは私には全く分からないがね」


 アルさんが僕に向かって両手を上げて見せた、。そっちの方については、無限さんの後釜が到底継げるとは思えないけど……。精々、ふーちゃんに首を落とされないように気を付けます。


「では諸君、彼が休める場所をみつけてあげないといけない。そして我々は彼の為にも、城砦まで必ず戻らないといけないのだよ」


 そう告げると、アルさんは僕らを見回した。


「それが私達冒険者というものです」


「はい、アルさん了解です」


 無限さん、どうかゆっくりと休んでください。面倒だなんて言わないで僕らの事を遠くから見守っていてください。必ず戻って無限さんの事を皆に伝えます。


 そして、ふーちゃん達を必ず取り戻します。

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