虚勢
私の目には遠くに見える関門の街は何も変わっていないように見えた。だが隊商の野営地には最初に来た時の活気は全く無い。以前は街道筋にたくさん並んでいた天幕はなく、隊商でごった返していたところには空き地が目立つ。
最初に来た時でも、丘の上から天幕が並んでいる街道筋を見た時に、歌月さんが冬が近いから隊商の数が少ないと言っていたのだから、これは季節だけの問題ではないと言う事だ。
天幕を出入りする隊商の人々も言葉は少なく、商売人の覇気というものは何も感じられない。まるで空気が急に重くなってしまって、その閉塞感に皆が喘いでいるかのようだ。
愛佳さんが私達にかけてくれた魔法はもう解けてしまっている。それからは冒険者姿に戻って、馬に乗って乗馬での移動になった。冬の嵐と言う邪魔はあったが、街道筋を一気に南西へと向かい、あっという間にこの関門の入り口までたどり着くことが出来た。
意外な事に「高の国」の街道筋で、私達に対する追手のようなものは合わなかった。きっと実苑さんの隊商が追手をひきつけてくれたのだと思う。
「ここからは城砦の結社が仕切る場所です。このまま進むという訳にも行きませんね」
先頭をいく碧真さんが私達の方をふり返った。
「一番の問題は関門をどう抜けるかですね」
美亜さんが碧真さんに答える。
「秘密の通路とかはありませんかね? もしかして碧真さんだったら、そう言うのを知っていたりしませんか?」
碧真さんは裏に居たそうだから、そういう秘密を一杯知っていそうな気がする。もっとも私は裏と言うのがどういうものなのかは全く知らない。
「風華さんは相変わらず面白いですね」
碧真さん、ちょっと待ってください。相変わらずって何ですか!?
「噂では本城砦につながる秘密の通路があるという話です。関門の子供達ならだれでも知っているお話ですけどね」
美亜さんが私の問いに答えてくれた。やっぱりあるじゃないですか!この手のものにはお約束ですよね?
「それなら私も聞いたことがあります。むかし城砦に居た城主のお姫様が、関門に居た若い商人の男性の方と恋に落ちたという話ですよね」
世恋さんが美亜さんの話を受けて、私に話しかけて来た。
「素敵なお話ですね」
無敵種の美少女でも、やっぱりこういう話は好きですよね?
「そうですね。でも城主に見つかって、その秘密の通路の壁に男性が体を塗りこめられた。でも顔だけは壁から出ていて、その声を頼りにお姫様は恋人を探そうとするのですが、迷路のような通路に声が反響して場所が分からない。お互いに声だけで死の間際までお互いを探し求め、最後は若者もお姫様もその通路の中で命を絶ったという筋ですね」
「えっ!」
世恋さんが私に向かって淡々と話してくれた。これって……全く素敵な話ではないですよね?
「なので、その通路にはお姫様とその男性のお化けが出るという話です」
男装姿の世恋さんはそう語り終えると、何故かにっこりと笑ってこちらを見た。世恋さんの男装姿はすごく目の保養に良いのですけどね。何でそんなに嬉しそうにお化けの話を私にするんですか!?
「秘密の通路は忘れましょう。全て無かったことにしてください」
お化けは湖畔の件で十分にお腹いっぱいです。
「まじめな話、一人くらいなら何とかなりますが、この人数となると、何か伝手がないとだめでしょうね。ですが隊商そのものの数がこうも少ないと、伝手を探すのも大変な上に目立ちます」
碧真さんがそう言うと私達を見渡した。確かに5人も居ると中々こっそりとはいかない。出発の時間も近いのか、街道筋に出てくるいくつかの高馬車をよけながら、少しずつ近づいてくる関門の街を見る。結社の人間に見つかる危険を冒して関門まで行って、そこで何かの伝手を探すべきだろうか?
「どうやら皆さんお困りのようですね。特別割増料金をお支払いいただければ、お手伝いして差し上げますけど?」
私達の横を通り過ぎようとしている高馬車の上から小さく声が聞こえた。
「寧乃ちゃん!」
「風華さん、相変わらず声が大きいですよ。もっと小さな声で話してください。警備方や、あちらこちらに入り込んでいる査察方に見つかりますよ」
「すいません。でもどうしてここに?」
「私達は隊商ですよ。それが関門に来るのは何もおかしくはないと思いますけど? 普通の事ですよ。普通。それよりもお代の話が先ですよね。先ずは払うものを払って頂いて……」
寧乃ちゃんが私達に向かって、親指と人差し指で円を描いて見せる。
「寧乃、いいかげんにしなさい。隊長にいいつけますよ」
すごく嫌そうな顔をして、寧乃ちゃんが後ろを振り返った。
「愛佳さん!」
それに間違いありませんね。今度は寧乃ちゃんですね。凪乃ちゃんと見かけは同じですが、中身は全く別物です。そう言えば凪乃ちゃんは何処に行ったんだろう?
「会計長、それだけは止めてください。実苑隊長から小言を言われるのが一番辛いんですから。せっかくこの前ほめてもらったのに……」
愛佳さんから怒られた寧乃ちゃんがぶつぶつ言っている。
「隊長から貴方達のお手伝いをするように言われて、私達も一路こちらに向かっていたのですよ。流石に同じ道を取ると目立ちすぎですから、別の道を使いましたけどね。それにお代はもう既にもらっていますからご安心ください」
そうですよね。世恋さんがあれだけ金貨とマ石を渡したんですから、これで特別料金なんて取ったら超ぼったくりです。寧乃ちゃんは取引と言うのは一度限りではないという事をまだ分かっていませんね。
「私達も目をつけられていますからね。丸ごと別の知り合いの隊商に化けます。皆さんも一緒にお願いしますね」
「貴賓室は使わないのですか?」
「使いません。今はきっと全部調べられることでしょう。風華さんも隊商の一員に化けてもらうので、余計な事は一切しないで口を閉じていてください」
何で私だけ名指しで注意なんですか? まあいいです。色々とやらかしてますからね。この間も八百屋がらみでやらかしましたし!
「丁度お昼の時間ですからね。では、さりげなく私達の後に続いて野営地に続いてください」
そうでした。お腹も大分空いてきました。
「はい愛佳さん、了解です」
* * *
「あなたの従兄からの伝言です」
愛佳は他の者が昼の準備をするなか、天幕の中で封書をそっと碧真に手渡した。その封印を見た碧真が少しばかり首を傾げて見せる。
「母では無くて、実苑からですか?」
「はいそうです」
碧真は愛佳から封書を受け取ると封を解いて、小さな角灯にかざしてその内容に目を走らせた。だが読み進むにつれてその表情が険しくなっていく。
「まさか本当にそんな事が起きるとは、思ってもいませんでした。驚きましたよ」
そう言うと、愛佳の方に視線を送った。愛佳が碧真に向かってゆっくりと頷いて見せる。
「ですがあの赤毛さんを見ていると、何も不思議な気はしなくなってくるからおかしなものですね」
その台詞に愛佳も思わず笑みを浮かべた。
「それに彼は母の後を継ぐことを了承したという事ですね」
「はい」
「皆さんの苦労も報われたという事でしょうか?」
今度は愛佳が碧真に向かって少し首を傾げて見せた。
「さあどうでしょう。犠牲になった人達には申し訳ありませんが、この暮らしも悪くはありませんでした。むしろこれからその人達に、義理を果たさなければいけないのかという気分です」
碧真が愛佳に向かって苦笑して見せた。確かにまた城の中に戻るというのは、とても窮屈な思いをすることになる。
「彼は母を救いたいと思っているのですね。正直なところ、彼も皆さんも母を恨んでいると思っていましたが?」
「まさか。あの方はむしろ若芭様の事を心から尊敬していると思います」
愛佳は碧真の言葉にきっぱりと首を振って見せた。
「きっとそうなのでしょう。母は鋼の心を持つ人と思われていますしね。彼が母を尊敬する気持ちになるのも理解出来ます。ですが私から見れば、母は一人で精いっぱいの虚勢を張っていただけのように思えるのです。やっとその思いが報われたのです。母は十分に苦しみました。母が望むままにしてあげるのが一番良いような気がします」
「本気で言っているのですか?」
愛佳が驚いた顔で碧真を見た。
「はい。皆さんがここに来たという事は、母に命じられて、あの男に対してあの娘たちが成そうとしていることの手伝いをしに来たという事ですよね? 違いますか?」
「その通りです」
「あの男も母に本当にそっくりですよ。まるで双子みたいだ。私は両者の側にいたのですからね、よく分かります。実際の中身は違うのに、精いっぱい虚勢を張って自分が演じるべきと思っている役を必死に演じている」
「そうなのですか?」
愛佳は全く分からないという顔で碧真を見た。
「愛佳さん、貴方もそうでしょう? 貴方も貴方が抱えている色々なものを精いっぱい周りに見せないようにして、自分の心の内に抱えている」
碧真の言葉に愛佳も頷いて見せた。
「そうですね。その通りです」
「だからあの人には、母には安らぎが必要なのです。彼に伝えてください。私が彼の手伝いをすることについては了承したと。ですが母の件については、母の望むままにさせて欲しいと。それに私には彼の元に行く前に、まだ一つやることが残っています。あの男にも、私の父にも母と同じところに行ってもらいます。それが母の最期の希望であり、最初の我がままでしょうから」
「まさか……だって……全部……」
愛佳が口に手をあてて残りの言葉を飲み込んだ。
「薔薇の騎士殿。既に私が全部殺したと思っていたのでしょう? 違います。母にも黙っていましたが、一人だけ生き残っているのですよ。息子が父親を殺すなんてのは王家では良くある話ではないでしょうか? 私がここで化粧をして色々なものを演じていたのにも、母の前でさえ演じていたのにも理由はあるのです。ただ……」
「ただ?」
「あの男が母を選んでいたら、母は大司教にはならなかった。その時、世界の歴史ってやつは一体どうなっていたんでしょうね?」
碧真はそう愛佳に告げると、角灯の覆いを取り、その封書に火を着けた。




