追撃
「いきなり飛び出してもダメだな。先ずはあれを倒す段取りを考えないと。それに奴だけじゃない。帳共も居る」
装備を整えながら無限さんがこちらに聞いてきた。
「そうですね。呪符卿、もう延焼弾や旋風弾の残りはありませんか?」
有珠さんが残念そうに首を振る。
「残念ながらもう手元にはありません。閃光弾と音響弾が少々です」
「音響弾は帳相手に残しておかないとだめだな。アル、槍の残りは?」
「手元にあるのを除くと投擲用は4本ですね」
「お前の槍で奴の急所を狙うしか手はない。一発勝負という奴だよ。あれのマ石を狙う。おそらくあの図体だ、胸の真ん中の位置にあるに違いない」
「無理だ」
百夜ちゃんが無限さんに答えた。良かった。唇に少しは血の色が戻ってきたようだ。百夜ちゃんがアルさんに向かって帆洲さんが持つ鱗を指さした。
「おもかろい兄、お前の力でそれを射抜けるか?」
「無理ですな。せいぜい傷をつけるぐらいが関の山です」
アルさんが首を振って見せた。
「ならば核は無理だ」
「マ石以外で狙えそうな急所はないのでしょうか?」
帆洲さんが僕らを見渡す。マ者にとってマ石は確実な急所だが、マ石以外にも生き物としての急所はある。牛蛙なら普段地面につけている尻の部分等だ。
「あの鱗を見たか? あれをなんとかしないといけないんだぞ」
無限さんが帆洲さんに頭を振って見せた。
「百夜さんがあれには知性があると言っていました。ならば頭部を狙うべきではないでしょうか? 口から頭を射抜いてやればどうでしょう」
帆洲さんが無限さんに負けじと反論した。頭部? 確かあれの頭には何か特徴的なものがあったような気がする。
「帆洲、あいつの真正面に立って、あれが口を開くのを待つと言うのか? それに知性があるなら、槍を構えているこちらに向かって口を開くか?」
「駄目ですかね」
帆洲さんが両手を上げてあっさりと降参して見せた。いやそんなことはないと思いますよ。素晴らしい提案だと思います。
「頭を狙うのはありだと思います。それにおそらく急所は後頭部です。人で言えば延髄の位置ですね」
「白蓮君、その根拠はなんだね?」
僕の発言にアルさんが乗ってきてくれた。
「奴の頭の後ろにある縁飾りです」
皆さんも見ましたよね? あの頭の後ろから首の方に伸びている分厚い奴を。
「縁飾り?」
「はい。とても分厚く長いように見えました。それがそこにあるという事は、その裏には急所があるという事ではないでしょうか? 狙うならその付け根の部分だと思います」
アルさんが僕の提案にあっさりと頷いて見せた。
「なるほど。その可能性は高そうですな。ただし空を飛ぶ時の風除けの為の可能性もある。絶対ではないですが、今のところそれ以外の選択肢は無さそうです。それにあれに空を飛ばれたら、その時点でもう手の打ちようはありませんからね」
「そうだな。ともかく帳共が奴を牽制して、地上に居るうちに勝負をつけないといけない」
無限さんも僕の提案に同意してくれたらしい。
「では打ち手は私ですね。守り手は堅盾卿にお願いします。百夜嬢には帳がこちらに来た場合の対応をお願いする。私の槍は奴に使う事になりますからね」
「と言うと、囮は僕ですね」
「俺とお前だ。この騒ぎだからな。帳に音でばれなければ、俺達二人が帳からは一番見えない。有珠、お前は嬢ちゃんの守り手だ」
「了解です」
無限さんからの指示に有珠さんが片手を上げて答えた。二人には洞窟の出口辺りの一番安全そうな場所に居てもらうのが一番よさそうだ。いざとなったら少なくともあそこには水もあるし、外にいるより温かい。籠城だって出来る。
「俺と白蓮がそれぞれ右手と左手に開いて、どちらかうまくいきそうな方から牽制する。アル、お前達は牽制出来た方の反対に移動して奴の首筋を狙う。一発勝負だぞ。マナ除けを十分に被っておけ」
「無限殿、了解です。では皆が良き狩り手でありますように」
「皆が良き狩手でありますように!」
* * *
段取りを決めた後に僕らは洞窟の出口まで走った。奴の炎のせいで周りの石が相当に熱を持ったらしく、洞窟の中は蒸し暑いなんてものじゃない。
炎の直撃を喰らったらしき壁は完全に硝子状になっていて、あたりに高熱を放っている。だがゆっくり冷えるのを待つなんて事をしている暇はない。奴が飛んで行ってしまったら、その時点で全てが手遅れだ。
先頭を行く無限さんが、出口近くの岩の出っ張りに張り付いて外を伺った。奴が土砂を弾き飛ばして通ったせいで足場が相当に悪い。それに少しは狭かった入り口は、土砂がすべて外に向かって吹き飛ばされたせいか、この洞窟の周りを囲む崖の上まで見通せるようになっていた。
ギュエェェェェェェ、ギュエェェェェェェ!
崖の上の方から帳の鳴き声が響いている。どうやら奴はまだこの穴の中にいるらしい。
『警戒』『前方』
ブオン!
奴が尾を振る音が聞こえて来たかと思ったら、それが引き起こす突風が洞窟の中へと飛び込んできて、土砂や礫を吹き飛ばす。とてもじゃないが目など開けていられない。それにこれだけでも体が持っていかれそうだ。慌てて岩の出っ張りの陰に体を押し付ける。帆洲さんが前に出て、飛んでくる礫を弾き飛ばしてくれた。
岩の陰から外を伺うと、ありがたいことに奴はまだ穴の中心で、こちらに背を向けて居座っている。百夜ちゃんが言うように怒り狂っているのか、その首を空に向けて高々と上げていた。
グォォォオオオォォォオオォォ!
空に居る帳に向かって奴の口から咆哮が放たれる。
ブオン! ビチャ! ビチャ!
続けて奴の尾の音が響いたかと思ったら、何かが先の地面に落ちてきた。ちぎれた帳の体だ。それがいくつも雫のようにたて続けて落ちてきて、地面に赤黒い染みを作る。
なんて奴だ。尾の一振りで大人の帳をばらばらにしやがった。よく見ると、辺りには帳の体の一部であったであろう赤黒いものがあちらこちらに山ほど散らばっている。僕らで何とか出来ると思ったこと自体が、やっぱり間違いだった気がしてきた。
「英雄殿、幸運を祈ります」
僕の隣に来た有珠さんが、僕に短弩弓と閃光弾を渡してくれた。これで準備完了だ。
『行け』『左』
無限さんが僕に手信号を送る。そうだ。うだうだ考えている時間など無かった。僕が左という事は無限さんは右か? 左は比較的地面に岩が多い。無限さんは僕に潜みやすい方を譲ってくれたらしい。なんだかな!こういうのは止めてほしい!だが無限さんに文句を言う暇もない。
無限さんに目配せして右と左に同時に出る。洞窟から出た瞬間、辺りを吹き荒ぶ暴風に体が包まれた。暗闇になれた目には明るく見えたが、どうやら辺りは垂れこめた黒雲にまるで宵のような暗さだ。ときどき響いてくる重低音は奴の咆哮ではなく、天のどこかで鳴り響いている雷鳴らしい。
頬に大粒の何か冷たいものが触れた。これは帳の体液じゃない。どうやらとうとう冬の嵐が本格的に訪れたらしい。横殴りに振ってくる大粒の雨はまたたく間に数を増やしていく。これは天の助けとでも言えるものだ。豪雨になれば帳達からは僕らは完全に見えなくなる。
上を見ると僅かに宙を舞っている帳達の必死の抵抗も空しく、その風に穴の上から流されていく。どうやら既にほとんど奴に落とされてしまったらしい。まずい。帳達が居なくなれば、間違いなく奴はこの穴を出てどこかに行ってしまう。
ブオン!
この強風の中でもはっきりと分かる、やつの尾が放つ旋風の音が響く。必死に足を動かして、最初の移動目標にしていた岩の影へと身を躍らせた。その上を奴の起こした旋風と尾の先が通り過ぎていく。助かった。もし尾の先端でもこの岩に当たっていれば、吹き飛んだ岩の下敷きだったかもしれない。いや、上を通り過ぎたという事は……。
慌てて体を地面に倒し、両手両足を伸ばしてなるべく低くなるようにした。戻ってきた尻尾が上を通り過ぎたかと思ったら、それが巻き起こす風で体が地面から持ち上がって転がった。
ドオォン!
さらに何かが吹き飛ぶ音がしたかと思ったら、先ほど僕が身を寄せていた岩が、奴の尾で粉々に砕け散っている。だめだ。奴の尾の届く範囲に居たら命がいくつあっても足りない。立ち上がってもっと前方にある岩まで走る。
ズドドドドドドンン!
天からは奴の咆哮よりも重く大きな音が響いてきた。同時にザ――という音と共に、本格的に大粒の雨が振ってくる。その雨は辺りにあった帳の赤黒い体液をあっという間に洗い流していく。雨粒が奴の巨体に跳ね返ってその周りに白い幕を作っているのが見えた。
この雨と雷鳴の中で、どうやったら奴の気を引けるだろうか? 音ではだめだ。閃光弾か? そもそもこの大雨の中でも閃光弾は使えるのか?
グォォオオォォォォ!
奴はそう一声上げると、ゆっくりとその羽を伸ばそうとした。だが奴の巨体でもこの冬の嵐を制することは出来ないらしい。羽がその風に煽られて広げ切ることが出来ないでいる。奴は羽を完全に広げるのをあきらめると、前の崖へとゆっくりと向かって行った。
フゥ――――――!
奴が息をするたびにその鼻先から白い蒸気が上がり、それがまたたく間に強風に流されていく。奴は崖の前でその長い首を伸ばすと、鋭い鉤爪を持つ前足を崖に向かって伸ばした。
ガキン!
崖の岩から火打石を打ったかのような赤い光が一瞬あがり、巨大な鎚で金属を打ち付けたかのような音が響き渡った。奴はこの穴から出ようとしている。まずいぞ。奴が崖を登るという事は、縁飾りは首側に押し付けられることになる。その裏など到底狙えない。右か左に振り向かせたら? だめだ。横から狙っても意味は無い。その状態で狙うとしたら、崖の上から狙うしかない。アルさんの位置はもちろん崖の下だ。
奴に縁飾りの下を、アルさんの方に向けさせるにはどうすればいい?
そうだ、一か所だけそれが可能な位置がある。
そしてそこには奴の尾も決して届きはしない。
そして奴が炎を吐くことも出来ない。
そしてそこならこの豪雨でも閃光弾も使えるかもしれない。
そして打ち手の邪魔にもならない。
奴がもう片方の前足も崖の方に伸ばそうとしている。今しか機会はない。隠れていた岩から飛び出して、前方の崖にいる奴に向かって走る。
この雨でマナ除けも全て落ちてしまっただろう。後は僕が本当のマナ無しであることに、そこまで無事にたどり着ける事に賭けるだけだ。




