敵
「兵士長、追撃しますか?」
将校の一人が良仙にそう尋ねた? 一の街の住人を中心とした左翼も逃げていく「魁の街」の兵士達をはじめは追っていたが、その動きはもう止まっている。
体力の限界だった。これまでの疲れで槍を杖にやっと立っているものがほとんどだ。倒れてもの言わぬ者達の数はもっと多い。
将校は良仙に対して彼らに代わって衛士隊で逃げていく「塊子爵領軍」を追うかと問うて来たのだった。
良仙は、その言葉を無視すると、
「新たな敵、右だ」
と将校に告げた。
「右ですか?」
兵士長の言葉に将校は思わずまたも聞き返してしまった。
兵士長の指さした先にはだいぶ数を減らした数十名の結社の集団が円陣を組んでおり、そこに向かってマ者らしい黒い大きな犬の集団が襲撃をかけている。またその一部はこちらにも向かってきていた。
「我々に向かってくるものはすべて敵だ。右翼の敵を排除する。重槍騎兵、竜騎兵を前に出せ。向かってくるやつらに一撃を加える。その間に残りの隊を全て右翼に向けろ。一の街の住人達も全軍だ」
「住人達もですか?」
将校は驚いた顔をして良仙を見た。塊子爵軍は無視するというのか?
「あの犬どもはもともと人の敵だろう。隊列揃い次第、新たな敵に向けて突撃せよ。私は騎兵の指揮を執る。復唱は無しだ」
良仙は、騎士も馬も鎧を着た重槍騎兵達の先頭に馬を進めながら、円陣の中でひときわ目立つ大男を見つめた。
その男は掲げた槍を本陣、いや自分へと向けている。こちらが動かない場合の保険のつもりか? いい度胸だ。
『まあ、そう焦るなマナ使い。もうすぐこの茶番の幕も閉じる。』
彼はそう心の中で槍を掲げる旋風卿に告げると、騎兵に対して突撃の指示を出した。




