本物
「でかいの、お前が頭を持て。俺が足を持つ。ぐずぐずしているとここも崩れるぞ」
僕の側に屈みこんだ無限さんが、横に立っていたアルさんに声を掛けた。どうやらその後ろにいる影は帆洲さんらしい。
「僕が上を守ります。怪我をしているかもしれません。慎重にお願いします」
帆洲さんが僕の上に手にした鱗を掲げて持つ。その鱗に落ちてきた石が当たって、カラカラと音を立てた。
「まあ信じちゃいたけど、やっぱりお前はしぶといな。でかいの、これでいいところの払いは全部お前持ちだ」
無限さんが自慢げにアルさんに声を掛けた。もしかしてこの二人は、僕が生きているかどうかで賭けをしていたのか?
「白蓮君、君は本当にしぶといですね。君のしぶとさは黒虫並みだな。二つ名には『黒虫卿』とか『幸運卿』を選ぶべきだ」
もう人の命をなんだと思っているんですか? それに黒虫は絶対に止めてください。そんな名前を付けられたら、ふーちゃんから口を利いてもらえなくなります。いや近づいてももらえなくなります。
それに幸運ですかね? どちらかというと悪運という気がします。だいたい無駄口を叩いていると、皆さんも一緒に岩の下敷きですよ。
だがこの超一流の冒険者達にそんな心配は無用だった。帆洲さんが僕の体を鱗でかばいつつ、無限さんとアルさんが僕の体を手際よく運んでいく。先に退避している有珠さんが、マ石の明かりを調整して皆の足元を照らしていた。
ズン…………ズズン……
足元の方からは崩落の音が聞こえていたが、先ほどみたいにすぐ側ではないようだ。僕の体は有珠さんが広げておいてくれていたらしい厚手の油紙の上にそっと置かれた。有珠さんが僕の顔を心配そうにのぞき込む。
『大丈夫ですよ』
と言いたいのだが、埃と塵にまみれた喉と口が言う事を聞かない。代わりに盛大に咳き込んだだけだった。咳を一つする度に、全身の打ち身に響いて叫び声を上げそうになる。
有珠さんが水筒の水を口に含むと、そのまま口移しで僕に水を飲ませてくれた。これは世の大半の男達が、これをしてもらえるのなら死んでもいいと思うような奴じゃないだろうか?
「おい白男、お前は見たのだろう?」
有珠さんの横の小さな黒い影が僕を覗き込んて告げた。
「黒いの、話すのは後だ。ともかくここから逃げて……」
「だめだ! 今だ!」
百夜ちゃんの言葉にはいつもの人を馬鹿にしたような感じは全くなかった。声をかけた無限さんも驚いた顔をして百夜ちゃんを見ている。
「見たんだな?」
あの『竜』の事だな。百夜ちゃんに頷く。
「おい、何の話だ?」
「動けます。起こしてください」
体中が打ち身の痛みに悲鳴を上げている。それに骨の何本かにはひびも入っているかもしれない。だがこんなところで横になっている暇などない。有珠さんと帆洲さんが僕が起き上がるのを助けてくれた。
「やっぱり、あの奥には何かやばい奴が、『神もどき』の親玉でも居たのか?」
無限さんはそう言うと、まだ崩落が続く背後をふり返った。
「違います。『神もどき』じゃありません。おそらく『竜』です。この世の終わりをもたらすという奴ですよ」
「『竜』!」
僕の体を支えてくれていた有珠さんから、まるで叫び声のような驚きの声が上がった。
「なんだって!? 白蓮、お前は頭になにか変なものでも涌いたのか?」
無限さんが僕に向かって信じられないという表情をしてみせる。まあそうでしょうね。信じられないですよね。
「間違いないです。結社長の私邸の壁にかかっているのと同じ奴でした。でももうお終いですよ。閉じ込めてやりましたからね」
嘘はついていないですよ。
「閉じ込めたって?」
「はい。この洞窟はあの先で広く広がっていましたが、そこで行き止まりでした。あの通路を塞いだ以上、あれはもう外には出れないはずです。それにあの崩落で、すでに岩の下で潰れていますよ」
これで僕らの仕事は万事終了です。そうだ、まだ残ってましたね。生きて帰ってふーちゃんを救い出すという一番大事な仕事が……
「『竜』だって!? 本気で言っているのか? なんてこった。どうせ生き埋めにするのなら、一目見てから生き埋めにしてくれりゃいいものを!そうしたら引退した後で、いいところの娘どもや近所の餓鬼どもに、山ほど自慢してやれたんだがな」
無限さんがさも残念そうに両手を広げて見せた。見るも何も、その前にちっちゃい神もどきに支配されて、人間やめる事になってましたよ。
「『竜』とは何だ?」
百夜ちゃんが分からんと言う顔をして辺りを見回した。
「そうですね。番になった帳の雌をみたでしょう? あれと似たような奴ですね」
アルさんが百夜ちゃんの問いかけに答えた。
「あのもどきか? 白男、お前はあれのもどきでないのを見たのか?」
『もどきでない?』
「アルさん?」
「帳の雄で作られた球の中に雌が居ましてね。それがどうも竜のような形をしていたんですよ。貴方達風に言えば、『竜もどき』とでも言うべきやつでしょうな」
帳の雌? あの穴の手前で骸になっていたやたらでかい帳の変種みたいな奴か?
「答えろ、白男!」
もどきの方がよく分からないけど……。これはかなり機嫌が悪いぞ。お腹が相当に減っているのかな?
「黒曜石より真っ黒な奴でした。最初は大きな岩に間違えたぐらいです。僕が見た時に羽は完全に広げていませんでしたが、それでも端から端までで15杖(15m)はありました。広げたらおそらく20杖ぐらいはいきそうです。それに尾だけでも10杖ぐらいは優にあって、それを振るわれただけでもこちらの体が吹っ飛ぶくらいの旋風でした。まあ、偽物か本物かと聞かれたら、本物に一票ですね」
「おい、こんなところでくっちゃべっている暇なんかないぞ。この洞窟自体がやばいかもしれない。それにここを出るなら出るで、外の帳共をどうするか考えないとだめだろう。それに何だ? ここは暑すぎだぞ。延焼弾というのはとんでもない奴だな」
無限さんはそういうと、有珠さんの方を振り向いた。だが有珠さんが無限さんに向かって首を振って見せた。
「これは延焼弾の熱ではありません。あれは一時に大量の熱を出すものです。こんなに長くはその使命を果たしたりしません」
「確かに暑すぎですね。この崩落でどこかから熱水でもあふれましたか?」
そう言うと帆洲さんが辺りを見回した。
「お前達はみな救いがたい愚か者たちだ!!何がいるのか分かっているのか!」
不意に百夜ちゃんの怒声が響いた。そしてその声に驚いて固まっていた僕に詰め寄る。
「何を安心している白男?」
「いや、岩でふさいだから……」
百夜ちゃんが僕の頭を指で小突いた。
「お前の頭も赤娘と同じく空っぽだ。あれはここに穴をあけられる奴だぞ!お前が落とした岩など足元の砂利のようなものだ」
ここに穴を開けられる!? その言葉を耳にした皆の顔に緊張が走った。どうしてそんな明らかな事を見落としていたんだ。最初からここが自然の通路でないことは分かっていたはずじゃないか!
ズズン……
何かが崩落している音が奥から響いてくる。
「まずい……まずいぞ! あれは砂利を全部溶かして進むつもりだ!」
これは崩落の音じゃないのか? 奴が岩を溶かしながらこちらに向かっている音なのか? 本城砦をあんな飴細工みたいに出来るやつなら、こんな岩をどかすぐらいは簡単なことじゃないか。百夜ちゃんの言う通りだ。僕らは何を安心していたんだ!?
「もう奴はすぐそこにいるぞ!」
この洞窟の中の温度は、すでに暑いとか言ってられるものじゃなかった。奥から火傷しそうな熱気がこちらに溢れてきている。それが百夜ちゃんの言葉を肯定していた。
「ともかく出口へ!」
「だめですな。いま外に出ても帳達の餌食です。ともかく奴から身を隠さないといけません。この通路から身を隠せるところまで移動です」
「入り口近くの地底湖の辺りか? あそこが一番横に広い。白蓮、動けるか?」
「動きます!」
ズオ――ン!
崩落、いや岩が溶けて落ちる音がすぐ背後で響いて来ている。もう打ち身がどうのこうのなんて言っている場合じゃない。皆と一緒に一斉に入り口近くを目指して走る。もしかしたらこの音に入り口近くに帳が寄ってきているかもしれない。だがその心配も全て後回しだ。今は後ろの奴をどうするか考えるだけだ。
何せ、後ろから僕らを追ってきているのは、本物の『竜』なのだ!




