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邪魔者

 白蓮の周りで吹く風の強さは相当なものだった。なごり雪に続く冬の終わりを告げる風物詩、冬の嵐も近いらしい。葉を落とした周りの木々の枝が、まるで巨人が吹く口笛のような音を立てていた。


 白蓮らが伏せている小さな丘の向こう側にある丘にも、やはり葉を落とした巨木達が連なり、『神もどき』を思い出すような風貌で立っている。そこを抜ける風が、その枝を本物の『神もどき』のように動かしていた。


 そしてその木々の枝には、真っ黒な水滴がそのまま凍り付いたかのような姿で並んで風に揺れている。


「あれは何かの果実じゃないですよね」


 白蓮が旋風卿に問いかけた。答えは分かっているのだが、どうしても聞きたくなってしまう。


「もちろんだよ白蓮君。君だってあれの一匹とやりあったのだろう」


 旋風卿が普段と何も変わらない声で答えた。一匹でも死にかけた奴がいったいどれだけ並んでいるんだろうか。見たくもない現実がそこにある。


「何だあの数は!? おい、こっちは風下でまだ距離があるが、ちょっとでも前に進んだら俺達はお終いじゃないのか?」


 無限が白蓮の、いや、ここにいる全員の思いを代弁した。


「私達が見た時は、あれが竜巻のように一斉に空をぐるぐると舞っていました」


 有珠が旋風卿の方をふり返ると答えた。


「蝕ですな。今はどうやらその蝕とやらは終わったみたいですね。今はまるで何かを囲んで守っているみたいに見えます」


「だけど穴はあの向こうです。どうやったらあれを避けてたどり着けるか……」


 帆洲の問い掛けに旋風卿も頷いて見せる。


「どうやらこのお守りとやらが効いたのはここまでみたいですね。残念ながらあれにはこれが効くようには思えません」


 旋風卿は帆洲が背中に背負う、火蜥蜴の皮で覆われた八角形の大きな皿のようなものを指さした。

 

「それはいったいなんだ?」


 百夜が不思議そうな顔をして旋風卿に聞いた。その顔には当惑の表情が浮かんでいる。


「皿にしては大きすぎるな? それに何やら懐かしい匂いがするぞ」


「ここまでくれば誰もいませんからね。お伝えしてもいいと思います。壁の国に伝わる白竜の鱗ですよ」


「鱗って、あのマナ教の連中が拝んでいるやつか?」


 無限が驚いた顔をして旋風卿の方を見た。


「そうです。本物ですよ」


「本物って!一体どうやってかっぱらってきたんだ。壁の国の国宝と言うか、ご神体みたいなもんだろう?」


「あの人が壁の国のある人から借りてきたみたいですね。今回の切り札の一つですよ。あまり信用はしていなかったのですが、ここまでマ者にほとんど会わなかったのはこいつが効いていたのかもしれません。気のせいでたまたまかもしれませんがね。だけどおとぎ話を信じて、あの(とばり)の群れに、これだけを頼りに突撃する気にはなれませんよ」


「何だお前達、あの『こうもりもどき』が怖いのか?」


 百夜が不思議そうな顔をして他の者達を見回した。


「おい嬢ちゃん。確かにああしていれば見かけは人よりでかい蝙蝠みたいだがな、あれのとがった口には(あぎと)と同じように、下手な剣よりよほどするどい歯が山ほどついているんだぞ。それに音でこちらの位置を正確に追ってくる。マナ除けもろくにきかない。しかも空をひらひら飛んでくるやつらだぞ。どうするんだ」


「ふん、弱虫だな。おもかろい兄が力で落とせばいいだろう」


「嬢ちゃんよく見ろ。どんだけ数がいると思っているんだ。もしかして数が数えられないのか? おれが数えてやるぞ」


 無限が馬鹿にしたように百夜に向かって指を折って見せた。


「むさい奴、我を馬鹿にしているのか?」


 百夜が無限の方を指さしながら声を上げる。


「どっちが馬鹿にしているんだ? 大人の帳の群れだぞ!」


「二人ともいい加減にしてください。奴らに気付かれますよ。無限さんも大人なんだから」


 白蓮の言葉に、さすがに子供に向かって大人げないと思ったのか、無限は百夜を無視して旋風卿の方をふり帰った。


「こいつらを避けて迂回するしかないな。どれだけ迂回すればいいんだ」


「どうでしょうね。迂回したところで、私達が穴に近づけば、どのみち奴らに気付かれそうな気がします。奴らをあそこからどかすしか、方法がなさそうですな」


「どかすって? どうやって……おい!」


 無限が旋風卿ににじり寄った。


「無限さんの想像通りですよ。誰かが囮になってあれをどこかに連れて行くしかないでしょうね」


「ならば、私と姉でやります」


 旋風卿の声に帆洲が即答した。


「帆洲、おめぇ本気でいっているのかい?」


 帆洲が無限の問いに頷いて見せた。


「はい。本気も本気ですよ。その為に来たのです。穿岩卿達の仇を討たせてもらって借りを返します。先回りして姉が呪符したマ石をたっぷりと仕掛けておきます。そこに奴らを引き込みます」


 そう言うと、帆洲は背後に背負う鱗をとんとんと指で叩いてみせた。


「このお守りがあれば、私の力が続く限りは奴らにつつかれても耐えられると思います。奴らが腹を立ててこちらを大勢でつつきに来てくれたところで、姉の仕掛けで一網打尽にします」


「おい、帳が焼けちまうのなら、お前だってまる焼けだろうが!」


「そこは私の力とこのお守りの出来次第です。ただし、もしもの時は姉をよろしくお願いします」


 帆洲の言葉に旋風卿が首を横に振って見せた。


「残念ながらそうはいきませんね。貴方とその鱗は私達の切り札なのですよ。ここで帳達に使ってしまうと先がない」


「ならば、誰が……」


 旋風卿が帆洲の言葉を遮った。


「白蓮君にお願いするしかないですな。彼ならば帳からも身を隠せるかもしれない。うまくやれば呪符卿の仕掛けも使えなくもない」


「旋風卿、駄目ですよ。白蓮さんの力でも一度帳に見つかればお終いです。それは私達を助けてくれた時に分かっています」


 有珠が旋風卿に告げた。帆洲も姉に同意して見せる。


「他に選択肢は無いのですよ」


 旋風卿は相変わらず表情を変えることなく淡々と答えた。それを見た白蓮が肩をすくめて見せる。それが僕の仕事という事ですね。


「了解です、アルさん。今回はふーちゃんがいないですからね。囮の役はやらせてもらいます。だけど死ぬつもりは毛頭ないですよ。やつらを引き寄せればいいんですよね。でもあれだけ居ますから全部は無理です。それに一度引き付けられたとしても、やつらは結局のところ、ここに戻って来ませんか?」


「さあどうでしょう。そうかもしれません。そうなったら貴方の死は無駄死にですね」


「だから死ぬつもりはないって言ったじゃないですか? 僕の話を全く聞いてなかったんですね」


「私にはどう見ても、あれが背後にある何かを守っているようにしか見えないのですよ。白蓮君があれを引き付けてくれている間に、それを倒すか追い払うかすれば、何とかなる気がします」


「一応は当てがあるという事ですね」


「白蓮一人じゃ無理だ。俺も行く」


「無限さん、無駄死にが二つになるだけかもしれませんよ」


「違うな。生き残る確率が二倍という奴だ。囮と言うのは相手をかく乱できる要素がないと意味がない。一人じゃ無理だ。二人なら片方が逃げて、片方が仕掛けの準備をして次に備えられる。そして次はその逆で行く。どうせ全部引き連れていくんだろう。遠慮なしに音響弾も山ほど使うからな、耳栓は用意しておけよ。そっちが倒し終わったら閃光弾で合図だ。こっちが……合図なんていらないな。やられた時は帳の動きで分かるだろう」


「お二人だけでは無理ですね」


「姉さん!」


「おい有珠。あんたは一番やられちゃいけない人なんだよ。分かっているだろう」


 無限の言葉に有珠が首を振って見せた。


「倒しに行く側に私は不要です。マ石だけもっていけばいい。仕掛けるとなれば細かな調整が必要です。貴方達のような素人では無理ですよ。帳と一緒に丸焼きでおしまいですね。最悪は何の効果もない可能性もあります」


 有珠の言葉に旋風卿が頷いて見せた。


「では決まりですな。無限殿、白蓮君、アリス殿が囮組だ。そして私と、ハンス殿、それに百夜嬢が狩り手組です」


「奴らを引き寄せるには、右手のくぼ地がいいな。二人ともまずは段取りを決めるぞ。一人死んだ場合、二人死んだ場合も含めて全部だ」


「無限さん、了解です」

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