集合
「おい、いきなり出発とは何だ? 決まっているならもっと早く集まって、連携の練習をするとかあっただろう。それに何で今なんだ。季節の変わり目で、一番天候が安定しない時だぞ。せめて春になってからにしてくれれば、野営だってなんだって少しは楽になる」
無限はそう言うと、集まった面子をぐるりと見渡した。
「予定よりだいぶ早まったんでしょうね。探索路は目標のはるか手前までしか準備できていないみたいですからね」
誰も答えないので、仕方がないとでも言うように旋風卿がその問いに答えた。
「まだ、あんたとそこのお嬢ちゃんはいい。一度だけでも組んだことがあるからな。だからって、寄せ集めでいきなり限界線を越えるって言うのか? うちの連中だけで組んだ方がまだましだぞ」
無限が鬱憤を晴らすかのように旋風卿に噛みついた。無限に向かって旋風卿がその広い肩をすくめて見せる。だが周りを見ると思い直したように言葉を繋いだ。
「そうでもないと思いますね。現状を考えると、もっとも成功する可能性がある面子だと思います。あの人もよく考えましたね。斥候兼誘導は無限さん、貴方だ。それに斥候兼繋ぎ約の白蓮君。彼は生存能力も高い。探知役兼指揮役が百夜嬢。守り手に堅盾卿、そして実質的には打ち手にも守り手になれる呪符卿。そして打ち手の私。誰かが負傷しても、誰かがその代わりを出来る。中々いい組み合わせですよ」
だが無限は旋風卿の言葉に首を振って見せた。
「組と言うのは力の組み合わせだけじゃない。それはあんたもよく分かっているだろう?」
「ええ、そうですね。それは行く途中でなんとかしろというお達しのようです。実際、探索路は穴の手前半分までも来ていないですから、そこから先は探索なしの潜りそのものです。連携の訓練とやらは十分に出来ますよ」
「決まった組合せではその力の限りはすぐに来ますが、このめぐり逢いはどうなるか分からない。散りゆくのかそれとも輝くか。それは運命の導き次第という事ですね」
「おい帆洲、お前の姉ちゃんの言っていることは俺にはさっぱりだ。黙っていないで、ちゃんと分かるようにお前が説明しろ」
「姉さんも、おもしろい組み合わせだと思っているみたいですよ」
「我の餌はどうなる。それとそこのむさい奴。食べないならその餌を我によこせ」
「そうですね、食料調達は白蓮君の担当でしょうか?」
「白男の味付けは単純すぎる。飽きるな。それに白男は我の餌を置き忘れるとんでもない奴だ」
無限から茶請けの菓子を受け取った百夜が、口をもごもごさせながら答えた。その顔は明らかに不満げに見える。
「僕だってね、調味料とかちゃんとあればね……」
白蓮が何か言いかけたが、無限がその言葉を遮ると、呪符卿に問いかけた。
「確かに食料の確保なんかは単独で動ける白蓮が居れば便利だな。それに呪符卿、あんたが居れば閃光弾とかの補充も効くんだろう? それに雪を溶かして水の確保なんかも、あんたの呪符でなんとかなると思っていいんだよな?」
「適切なものを与えて頂ければ、適切に処理させていただきます。私は石の呼び声に答えるだけです」
その言葉に無限が弟、帆洲の方をふり返った。
「何とかなるという事でいいんだよな、帆洲?」
「はい、大丈夫です」
「探索路がある範囲では邪魔するものは誰も居ません。途中の集積物資も使い放題。マ石もどうやら最上品の倉庫を空にして渡してくれるようです。それに堅盾卿、例の物は受け取られましたか?」
旋風卿が帆洲に向かって声をかけた。
「はい、旋風卿。受け取りました。中々の物ですよ。色々試しましたが剣や槍程度は傷一つつきません」
帆洲が旋風卿に向かって満足げに頷いて見せる。
「伝説とやらが本当なら、お守りにも使えるらしいですからね」
「残念ながらそれはまだ試せていません。お守りとして使えれば、途中で無駄な労力を避けられますね」
「そこは話半分に聞いておいた方が良さそうです。それに従来の限界線を越えますからね。新種なんかにも会うかもしれません。従来の常識もどこかに置いて行った方が良さそうですな」
「どっちにしてもそこは出たとこ勝負という事だろう。それより蝕の件は大丈夫なのかい?」
「無限さんが知っていること以上は何も無しです。報告があったのは迷いと思われる単独の帳に関してだけです。それでも大被害だそうですよ。先行組がいくつかひどい目にあったそうです。これについては、実際に出会った方の方がまだ分かるかもしれません」
そう言うと旋風卿は有珠と帆洲の方をふり返った。
「私達も帳の群れから逃げ出しただけですから、何とも言えません」
旋風卿の問いに帆洲が答えた。そして白蓮の方をちらりと見る。
「白蓮さん達に助けてもらえなかったら、ここに居る事も無かったでしょうね」
「お互い様です」
帆洲の言葉に白蓮が恐縮気味に答えた。
「まあ、蝕自体についても、それが定期的に起こって帳が群れになるという事以外は何も分かっちゃいないからな。時間も経っているからもう終わった話なのかもしれん。どっちにしても出たとこ勝負という奴だな」
「完全にそうとは言えません。そこに行ってそれを見てきた人が二人も参加しているのです。そう言う意味でも、この面子は現状考えられる最良の面子ですよ」
旋風卿の言葉に無限も納得がいったらしく、深く頷いてみせた。
「そうだな。新種だって狩れた面子だしな。明日は?」
「夜明け前に渡しに集合です。渡しまでの馬車は結社の方で手配してくれるそうです。せめてもの重要人物扱いですな」
「そんな面倒なのいるか!すぐに監視所まで行って道具の確認だ。白蓮、お前も付き合え」
「はい無限さん、了解です」
「もう質問や意見はないですかな?」
「ならば、この組の符牒を決める事としましょう」
「名前か?」
「そうです」
「ならば決まっている」
百夜が唐突に旋風卿と無限の会話に割り込んだ。腹が一杯になったのか、その表情は少し眠たげだ。
「そうだな。決まっているな。悪いがそっちの二人にもこれには付き合ってもらう」
無限が百夜の言葉を受けて、自分の前に座る二人に声を掛けた。有珠が謎の微笑を浮かべて、無限に向かって頷いて見せる。
「姉も僕も異論はありません。むしろ光栄ですよ」
帆洲も無限に対して右手を上げて見せた。それを見た旋風卿が長椅子から立ち上がると、据え付けの戸棚から盆に乗った瓶と杯を取り出す。
「上等なやつを用意してもらいました。百夜嬢は……真似事だけでも付き合ってもらいましょう」
旋風卿が瑠璃の杯へと葡萄酒を注いでまわる。
「皆さん杯の用意はいいですかな? では、『赤毛組』の成功と安全を祈って乾杯と行きましょう」
* * *
「実苑君、君には色々と依頼はしたけど、まさか屋敷を焼く羽目になるとは思わなかったよ」
レイの言葉に実苑は首を垂れて見せた。
「その件については……」
「分かっている。君の責任じゃないと言いたいのだろう」
「はい」
うつむきながらも実苑が答えた。
「まあいい。たかが下屋敷一つだ。経済的には大したことは無い。それにあそこは父の集めたガラクタだらけだったから、それを全部始末したと思えば納得できないこともない。これであれも相当に気が晴れただろう。それにこれだけやれば、流石にこれをわざとやったと言う奴もいないだろうな。せいぜい私の無能を笑うぐらいだ」
レイが実苑に対して自嘲気味に笑って見せた。
「そうでしょうか?」
「そうなってもらわないととても帳尻が合わない。この手はね、相手からは頼りない奴だが、とりあえず任せるしかないという評価がもっとも都合がいいのだよ」
世の中は信頼という奴が一番大事なのではないだろうか? 商人にとっては金よりも余程大事だ。
「中途半端なような気もしますが?」
実苑は顔を上げると、不思議そうな表情でレイに尋ねた。
「それが一番だよ。期待されすぎるのも迷惑だし、かといって本当に無能者扱いされて消されるのも勘弁だ。だけどね、今回の件はちょっとやりすぎだな。敵やら身内やら、あちらこちらから色々と舐められることになりかねない。脅したり宥めたりと後始末が大変だよ」
「政治は貴族の嗜みの一つではないのですか?」
「今頃になって嫌味かね」
レイが実苑に向かって、うんざりした表情で右手を振って見せた。
「君だってそれはよく分かっていると思うけどね。それがいやでたまらなかったのだろう? それはそうと、君への払いだけどね。これまでの分については私からは払う必要はないと思うんだ。妹から十分に受け取っただろう」
その言葉に実苑の表情が少しだけ曇った。
「あれは特別手当という訳ではないのですね」
「当たり前だよ。どんだけ分捕っていったと思っているんだい? それにね、正直なところ下屋敷が焼けたのには、君たちの手際の悪さもあると思うんだよ」
「やはり、そう思っていらっしゃるんですね」
「はい、そうですかなんてなると思うかい? 君達にはその損害分の穴埋めも含めて、もう少し働いてもらう必要があるね」
その言葉に、今度は実苑の顔が明らかにうんざりした表情になった。
「今度は一体何をやれと言っているんですか?」
「君の祖国との間の使者になってもらいたい。非公式だがある意味では公式より効力があるものだ」
「というと……」
「我が国と君の祖国との間の同盟の密約だよ。正しくは私と君の大叔母さんの大司教との間の密約だな。あの国ももう鎖国なんて無理はきかないだろ。現実というのにそろそろ従った方がいい。それにこの件ではあの人も私も怖い人達から目をつけられたと思うんだ。それへのちょっとした抵抗という意味もある」
それを聞いた実苑の顔には、さっきのうんざりとした表情はどこにもなかった。実苑は襟を正すと、レイに向かって深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。喜んで行かせていただきます」
レイは砕けた態度のまま、実苑に向かって手をふってみせた。
「これは仕事だよ。礼には及ばない。しかし音場というものは便利なことこの上ないね。世の同業者は英雄持ちの傭兵なんかより、こちらの方に金を使うべきだな。詳細は追って連絡する。話は以上だ」
実苑は立ち上がって一礼すると部屋の外へと出て行った。何やら別の気配も消える。レイはゆっくりと立ち上がると窓際にいって、外へ出た実苑とそれに従う小さな人影を眺めた。
確かに色々と面倒ばかりだ。私が相当に怒っている風に、そして私達兄弟の仲がもっとねじれたと見せかけないといけないのだから。だけど兄さんの背中を守るのは決して嫌な仕事じゃない。こんな自分でも役に立てるのだから。
レイは内衣嚢から小さな手帳を取り出すと、そこに挟まっていた黒い葉を大事そうに取り出し、指先でくるくると回した。初めて兄に森に連れて行ってもらった時に拾ったものだ。その時、兄は不意に自分の前に現れた角兎を一刀両断に切り捨てた。
淑女の永遠の騎士にして北壁戦役の英雄。そして世に聞こえた城砦の二つ名持ち。ああ、なんてすごい人なんだろう。もともと夢見がちで本の虫だった自分にとって、兄は自分の理想の姿そのものだ。その噂話を耳にする度に、誇らしげな気持ちで一杯になる。その気持ちはこの世の誰にも負けはしない。
父の件で兄がこの家を出る事になった時は、自分が殺したことにしてしまおうとも思った。兄を非難した一族全員を殺してやろうかとも思った。それが出来ないならいっそ兄と出てしまおうと。だけど断腸の思いで諦めたのだ。そして誓った。この家に残って兄の背中を守ると。
兄さん、特別な酒と茶を用意して待っています。
ひと段落ついたらセレンとここに戻ってきて、貴方達の冒険者としの日々を私に話してください。そしてそれまでには、私がここをきれいさっぱり掃除しておきます。




