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再起

「どうせなるなら、歌月さんになりたいです」


 愛佳さん達の隠れ家で、街を出るときに何に化けたいか聞かれたので、とっさに思い浮かんだのは歌月さんだった。


「何で歌月さんなんですか?」


 世恋さんが私に聞いてきた。


「だって、一度あの胸になったら、どれだけ男性の注目を浴びるのか知ってみたいじゃないですか?」


 今回は世恋さんに化けて、ちょっとだけ世の男の注目を浴びる気分が味わえましたからね。でも少し物足りない気もします。もう二度と機会はないですし……


「もう、風華さんたら。そんな目的で歌月さんに化けるだなんて、はしたないですよ」


「だって女としては一度はなってみたいじゃないですか? 世恋さんは十分あるからそう思わないだけですよ。実季さんだって一度なってみたいと思いますよね? 朝霞ちゃんは……そうか、朝霞ちゃんは知らないですよね。それはもう胸がですね……」


「風華さん、見てください。碧真さんがすごく困った顔をしています」


 世恋さんがちょっとだけ怖い顔をして、碧真さんの方を指さした。碧真さんが呆れた顔をしてこっちを見ている。やっぱりはしたないですかね? こっちはかなり真剣なんですけど!


「こういう手品というのは、種がばれていないから効くもので、今回みたいに大盤振る舞いしていたら、本当は意味がないのですけどね」


 愛佳さんが私に両手を上げて見せた。


「愛佳さん達には本当にお世話になりました。皆さんが居なかったら私達だけでは到底無理でした」


「それはこちらも同じですよ。皆さんがいなかったら今頃は……そうですね。屋敷の地下辺りで、それはもうひどい目にあっていたことでしょうね。それに今回はどうやら赤字にならずに済みそうです」


 そう言うと、卓の上に置かれたマ石やら金貨が入った袋を一瞥した。


「はい、愛佳さん」


「私としては誰でもいいのですが、皆さんが自分で良く知っている人を選んでくださいね。決まったら呼んでください。先にうちの人間達に仕掛けますから。でももったいないですね。せっかく高値がついているのに、うちの芋共に使うなんて……」


 そうぼやきながら、愛佳さんが扉の外に出て行こうとした。寧乃ちゃんがその後に続いて出て行こうとする。


「寧乃ちゃんも、本当にありがとう。あなたのおかげで脱出できました」


 寧乃ちゃんが私の呼びかけにふり返ると、少し首を傾げてみせた。そして顔の前で手を振って見せる。あれ? 何だろう。いつものおませさんの感じが全くしない。年相応と言うか、もっと幼い感じがする。それに何でしゃべらないのだろう?


 寧乃ちゃんが出て行こうとしていた愛佳さんの袖を引いて、何やら口を動かしている。愛佳さんがそれに頷いて見せた。


「凪は風華さん達とお話ししたいのね。見ていただけですものね。大丈夫、私の方から隊長には話しておくわ」


 愛佳さんは私にはよく分からない呼びかけをすると、私の方をふり返った。


「この子は凪乃(なぎの)と言って、寧乃の双子の姉妹です。風華さんとお話がしたいみたいなので、どうか相手をしてあげてください」


 双子の姉妹ですか? 屋敷をでてからずっと一緒だったような気がするけど、いつの間に入れ替わったのだろう。


 愛佳さんが「凪乃」と呼んだ女の子が私の前に来ると丁寧にお辞儀をしてくれた。やっぱり初対面なのかな? 私も丁寧にお辞儀をした。


「初めまして風華です。城砦で駆け出しの冒険者をしています」


 凪乃ちゃんが私の手をとって、さもうれしそうにぴょんぴょんと飛び跳ねている。うん、とってもかわいい子だ。やっぱり双子とはいえ、寧乃ちゃんとは別人ですね。でも何か……


「ごめんなさい。大事な事を言い忘れていた。凪乃は耳が聞こえないから、これを使って筆談で会話してくださいな」


 扉から半身をだした愛佳さんが、手に何やら薄い箱のようなものを持っている。凪乃ちゃんが愛佳さんのところまで走っていくと、その薄い箱をもって戻って来た。そして私の手を引いて、その箱を卓の上においた。


 横についていた羽筆を取りだして、箱をとんとんと叩くと覆いをとる。中には細かな砂が入っていた。凪乃ちゃんは手にした羽筆でそこに字を書き始める。


『風華さん、はじめまして凪乃です。寧乃の姉です。妹が大変お世話になりました』


 凪乃ちゃんが私に羽筆を渡してくれた。箱の砂をとんとんと鳴らす。


『こちらこそ、寧乃ちゃんには大変お世話になりました』


 私のあまり上手じゃない字を読んだ凪乃ちゃんがにっこりとほほ笑む。うわ、なんてかわいくて天使みたいな子なんでしょう。同じ顔でも言う事が違うと、こんなにも印象が異なるものなのでしょうか? 


 彼女が私から羽筆を受け取ると、そこに文字を書き込んでいった。


『風華さんは、()()さまですか?』


『えっ!』


 なるほど。さすがは隊商の娘さんです。よく教育されています。そう言えば、寧乃ちゃんもそうだけど? きっとあの子は教育が行き過ぎたんですね。待て待て、違うか? きっとここに戻ってきたときはまだ世恋さんの姿だった。それで私の事を女神と勘違いしたのか……。そうですね。理解できました。羽筆を受け取って回答を書き込む。


『一の街の八百屋の娘です』


 私の答えに凪乃ちゃんがしばし首を傾げていたが、やがて納得したようにうんうんと頷いた。一の街じゃ分からなかったかな? 復興領って書けば良かった。それに分かりました。歌月さんは諦めます。やっぱり世の中というもの、分を弁えないといけないですよね。


「決まりましたか?」


 愛佳さんが中に入って私達を見回した。


「はい、決まりました。一の街の知り合いの町娘で行きます」


 私がよく知っている娘と言えば、向かいの肉屋の娘しかいない。彼女だったらもう何を言うか、どんな表情するかまで、一歩先どころか何歩先でも読める。下手したら今後の人生全部か?


「それに町娘でしたら素で出来ますからね」


 あれ? 皆さんどうしたんですか? びっくりした顔でこちらを見てますよ。何か変なことでも言いました? どうして愛佳さんや凪乃ちゃんまで驚いた顔をしているんですか!?


「えっ、私はただの町娘ですよ。嘘なんかついていません。本当です!」


* * *


 月が西の地平線へと沈もうとしている。残念ながらここで実苑さん達の隊商とはお別れだ。暗闇の中で凪乃ちゃんらしき人影が、ぴょんぴょんと飛び跳ねながらこちらに手を振ってくれている。それに一所懸命手を振っている小柄な人影は朝霞さんだ。私も彼女達に向かって手を振った。


 朝霞さんは外の世界を見てみたいと、しばらくは彼らに同行を希望した。それは表向きの理由で、彼女は足手まといにならないように気を使ったのだと思う。


 これが終わったら彼女とも一緒に旅をしよう。そしておいしいものを食べよう。そして森にだって行こう。世恋さんの妹だ。きっと私なんかよりいい冒険者になれるかもしれない。


 別れは悲しいが、私達にはやることがある。城砦に戻って私達の安全を白蓮達に伝えないといけない。そして今度は白蓮達を助け出すんだ。そして私達に危害を加えようとした人達に報いを与えてやる。何をどうするかは決まってはいないが、やらなければいけない事は山ほどある。


「美亜さん、怪我の具合は大丈夫ですか?」


 私は背後にいる美亜さんの方をふり返った。彼女の怪我を考えると、まだ実苑さん達といた方がいいような気もしたが、彼女は私達と一緒に行くと主張した。それに美亜さんがいれば私も心強い。


「怪我は大丈夫です。でも出発する前に一つだけはっきりさせておきたいことがあります」


 美亜さんが私の目をじっと見た。


「はい」


「あの人の、多門さんの消息について何か知っていますか?」


 それを聞かれることは分かっていた。私は知っている事を全て正直に彼女に答えないといけない。


「美亜さんが居なくなった時を同じくして行方不明です」


「そうでしょうね? その行方不明について誰か知っている人は? あるいは何かを聞きませんでしたか?」


 流石は美亜さんだ。私の話に続きがあることを十分に分かっている。


「はい。私と実季さんは世恋さんのお家で、警備方の副主任の桃子さんに捕まりました。その時に桃子さんが私達に多門さんについて、『この世の人じゃない』と言っていました」


「その言葉の信憑性はどのくらい?」


 冷静にしようとしているのだろうけど、美亜さんの声は微かに震えている。私は何をどう伝えれば良いのだろう。


「落夢卿、そこから先は私が答えます。私は名前も持たなかった裏の人間でね。今は『碧真』と名乗っています。これからもそう名乗るつもりです。話がそれましたね。多門さんは亡くなりました。正確に言えば殺されました」


「誰にですか?」


「命を奪ったのは冥闇卿です。申し訳ないですが、それ以上は色々と差しさわりがあって、私の口からは答えられません。本当は実苑があなたに話すべきだったのですけどね。最後の最後で逃げてしまうところは何も変わっていない」


「ありがとう。これでやっと色々な事に踏ん切りがつきました」


「美亜さん?」


「時間がないのにごめんなさい。一時(5分)だけ泣かせてください。そしたらもう……」


 美亜さんの馬の横に私の馬を寄せた。その肩にそっと手を回す。本当は胸に抱いてあげたいのだけど、私の背丈では肩に手を回すのが精いっぱいだ。


「美亜さん、いつでも泣きたいときには泣いてください。だって多門さんが心配するじゃないですか?」


「心配?」


「はい。美亜さんは多門さんが知っている美亜さんでいないとだめです。『小娘が気をもむような話じゃない』って怒られます。それでも多門さんの仇は取れます。いや絶対に取ります。地獄に落とします。こま切れにしてやります。後はどうしてやろうか……ともかく絶対に、絶対に許しません!」


 思い出すと腹の底から怒りが湧いてきます。体が焼けそうです。


「だから勝手に一人で仇を討ちにいかないでください。勝手に一人で心の中で泣かないでください。私達は一緒です」


「そうね。あの人を見返してやらないといけませんね」


「そうです。今度は私達が遠いところに向かって、嫌味を言ってやりましょう!」


* * *


「ふはははははは、はぁ……」


 唐突に、食事をとっていた百夜の口から笑い声が響いた。


「どうした。とうとう気が狂ったかい?」


 長椅子に横たわりながら赤葡萄酒を飲んでいた歌月が、めんどくさそうに起き上がって百夜を眺めた。


「おっぱい女。どうして我がおかしくならないといけないのだ?」


「その笑い声を聞いたら、普通はそう思うけどね」


 歌月が百夜に向かって両手を上げて見せた。


「喜べ、おっぱい女」


「何だい、一緒に狂って笑えと言うのかい?」


「違うぞ。赤娘だ」


 その言葉に歌月の顔色が変わった。


「風華に何かあったのかい!」


 歌月は長椅子から飛び起きると、百夜の肩を掴んでその体を前後に振った。


「苦しい、苦しいぞ、おっぱい女!息が、息が出来ん!」


「息なんか後で吸いな。風華がどうしたって!?」


「生きているぞ。それにおもかろい妹やつんつん女と一緒だ。まあ、二人とも我の下僕だからな。下僕らしく働いたというところか?」


 歌月から解放された百夜が肩をさすりながら答えた。


「そうかい。みんな無事か。ならば……」


「それは良かったですな」


 二人の背後から冷静な声が響いた。


「いつの間に戻って来たんだい? でも聞いただろ? みんな無事なんだよ!」


 歌月が旋風卿をふり返ると告げた。その顔は安堵の表情に満ち溢れている。


「彼女たちが戻って来るまでの猶予は無さそうです。集合がかかりました。思ったより早かったですな。おそらく出発は明日でしょう」


「何を言っているんだ。そんなのはほっときゃいいんだ!さっさととんずらこいて……」


 旋風卿は歌月の言葉を遮ると、腰を曲げてその顔を覗き込んだ。


「今逃げたら、あなたも私もあの子達もみんな殺されます。だが出発さえしてしまえば、あの子達を殺す理由はもうない。なにかあればこちらはいう事を聞かなくなる。皆の不満もそろそろ限界です。他の者達に切り替えるほどの時間はもう無いですからな」


 そう言うと、彼は食卓で食事を続ける百夜を一瞥した。


「さっきの件は白蓮君には黙っていた方がいいかもしれないですね。話がややこしくなります」


「白男か? 分かった」


 百夜がふり返ることなく旋風卿に答えた。


「だけど!」


 歌月は旋風卿の袖に追いすがった。


「なんであんた達なんだ!」


 歌月の声は悲鳴に近い。


「これは定めなのですよ。おそらくずっと前から決まっていた事なんでしょうね」


 旋風卿は歌月にそう答えると、食卓に座って、冷えてしまった、野菜を牛乳で煮込んだ汁を椀へとよそった。


* * *


 「はあ」


 帳場の影で洗い物を終えた喜代は小さくため息をついた。


 彼は毎日どこかへと出かけていく。もうすこしこざっぱりしたものを着ていけばいいと思うのだけど、かれは油じみた外套に、すこし汚れが目立つ昔の男の残していった服を着ている。


 私がもっとましなものを見繕いに行きましょうと言っても言う事を聞かない。せっかくのいい男が台無しなのだけど、外で他の女に捕まるよりは遥かにましなのかもしれない。


 彼の言葉使いはとても丁寧で、その態度はとても親切だ。だが日に日にその顔には何やら暗い影が落ちていくような気がして心配でならない。


 昔いたなじみ客で、最後は奥さんを刺し殺してしまった奴がいたが、その時もそんな感じだった。この人を振った女がどんな人なのかは分からないが、とても許す気にはならない。私としては彼が早く目を覚ましてくれることを祈るだけだ。


 二階に男が居る事は目ざとい客たちにはもうばれてしまっている。私の体目当てだったが、払いだけは良かった男達が何人か顔を出さなくなった。商売には少しばかり響くが、ああいう男達を手玉に取り続けるのも色々とやっかいだから丁度良かったのかもしれない。


 少しは気の利く客からは愛想がよくなったとからかわれる。その通りだ。帳場に立っているときに客の注文そっちのけで、ここで彼と一緒に立っている自分を妄想している。もし彼がここに居続けてくれるのなら、ここを酒場じゃなくて小料理屋に変えよう。あの人は帳場に座っているだけでいい。料理も酒を注ぐのも、皿を洗うのも全部私が面倒をみる。


 そうだ。彼がそろそろ帰ってくるころだ。こんな酔客の相手ばかりしてられない。彼の夕飯を、彼の外で冷えた体を温める何かを作ろう。それに明日の弁当の準備もしないと。


「あんた達、いつまで酔っぱらっているんです!飲み終わったらさっさと帰ったほうがいいですよ」


「おい、喜代(きよ)ちゃん。まだ晩の内にもなっていないよ」


「何言っているんです。もう日は十分に落ちましたよ。さっさと帰って、母ちゃんの布団で寝てくださいな」


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