妹
「母屋に侵入者だぞ」
「いや、母屋じゃない。離れだ。あの隊商達の所だ!」
扉の向こうから声が上がった。「ガランガラン」と言うけたたましい鐘の音はまだ辺りに響き渡っている。
「どうやら向こうは待ち伏せを食らったみたいだな。実季、こちらは時間を稼ぐ。退路の確保を頼む」
実季さんが頷いて弩弓を背に私達の背後へと消えた。
碧真さんが恐ろしい顔をして、私の腕を乱暴につかんだ。そして私の首に腕を回して、私の体を引きずるように鉄の扉の方へ向かう。
通路の向こうの扉が開いて、角灯を手にした男達が外からぞろぞろと出てきた。
「こっちにも誰か居るぞ!」
「誰だ? おい、あれは!」
「セレン様だ!」
「おい、スベン! 気でも狂ったか?」
「近づくな!近づいたらセレン様の命はない」
碧真さんが私の首元に小刀を当てる。
「塔を登ってきたら殺す!」
そう言う事ですね。分かりました!
「いや、死にたくないです!皆さん近寄らないでください!」
男達があっけにとられてこっちを見る。あれ、違いましたか? 世恋さんだとどんな感じですかね? そうか!
「皆さん、この男の言う通りにしてください。私は大丈夫です」
弩弓を手にした男達が互いに目を合わせると、それを下ろした。良かったです。今度時間があるときに、世恋さんの研究をしておくことにします。備えあれば憂い無しです。
碧真さんが背中で鉄の扉を押すと、体を中に滑らせ、私の体も中へと引き込んだ。喉元に突き付けた小刀を私に渡すと、柵の隙間から手を差し込んで扉の鍵を閉める。
「後半のは中々良かったですよ。もう少し練習すれば色々と化けられます」
「はい、碧真さん!」
「では、頼まれたお使いからです。暗いから足元に気を付けてください。それに上には、どうやら私が居るみたいですしね」
* * *
「あれ、何か起きたみたいですね」
そう言うと、寧乃は卓と椅子を明かり窓の下まで持っていくと、ひょいと窓にとりついて外を見た。
「美亜さん、迎えが来たみたいですよ。お出かけの準備です。ともかく着れるだけ着込んでください」
寧乃は身軽に窓から飛び降りると、寝台の敷布などをはぎ取っていく。
「傷口には寒さが堪えますから、これをまいておくといいです」
寧乃が枕の中に入っていた油紙を引き抜いて、美亜に渡した。
「労務長達にしては動きが遅かったですね。何かあったのかな? 正直、もうやばいかと思っていました」
そう口にしながらも、寧乃も手当たり次第に服を着こんでいく。
ゴーン、ゴーン!
外から何やら鐘の音のようなものが大音響で響いてきた。
「あれれ……」
寧乃の口から当惑した声が漏れた。寧乃が再び明かり窓にとりついて外を見る。
「美亜さん、ちょっとまずいかもしれません。灯りが一杯ですよ。待ち伏せを食らったような気がします。まずいです!どうしましょうか?」
寧乃が美亜の方を見て、心配そうな表情を浮かべた。この子がこんな子供っぽい素の表情を見せるのは初めてかもしれない。その顔には普段は決して見せない恐れもある。美亜は寧乃が何を恐れているのかよく分かった。この子は自分のことだけじゃない、自分の居場所が無くなってしまう事を恐れているのだ。
「大丈夫、私が守ってあげます。それにみんなも助けに行きましょう」
「助けに……ですか?」
美亜は寧乃の体をそっと抱きしめた。寧乃の小さな体の小さな震えが美亜の腕にも伝わってくる。いつも自分の事を他人事のように言うおませな子だけど、本当はまだまさ子供なのだ。
「はい。これでも城砦の二つ名持ちですよ」
それにどうやら私は左手を失って以来、色々と特技が増えたような気がする。
トン、トン……トン……
美亜の耳に何かが階段を上がってくる音が聞こえた。
この前と同じ失敗はしない。今度は最初から全力で行かせてもらう。マナを意識しようとすると鳩尾にあるマナはやはり散ってしまう。だがその呼びかけに別の力が答えてくれた。床の石の間からまるで染みのような黒い霧がゆっくりと上がってくる。
「美亜さん、誰か来ます!」
「ええ、分かっています。扉を開けた瞬間に迎え撃ちます」
足元で集まった霧が形をなしていく。やはり寧乃には見えていないらしい。それはまるでいくつもの赤子の手のようになって美亜の体を昇ってくる。だが何かに体を蹂躙されるような感じはしない。むしろその手も美亜もお互いを探し求めているような気さえする。
それは美亜の体を這いあがると、失った左手の辺りにゆっくりと集まり、手の形へと変わっていく。私の手だ……美亜の意思に合わせて、それは開いては閉じた。
「美亜さん!」
寧乃が美亜に声を掛けた。扉の前で足音が止まる。寧乃が椅子の背もたれを外して、それを後ろ手に隠し持つのが見えた。良かった。いつもの寧乃に戻った様だ。鍵が鍵穴に入れられる音が響く。さあ来なさい。私の二つ名の意味をとくと味わせてあげる。
* * *
鍵が回るのももどかしく感じる。慌ててうまく動かない私の手の中で、やっと鍵がぐるりと回ってくれた。扉を勢いよく開ける。
「寧乃ちゃん!」
中に飛び込もうとした私の首元を、碧真さんが急に引っ張った。上着が首元に食い込んで息が止まる。その目の前を何やら棒のようなものが通過し、背後の壁にぶつかって階段を滑り落ちていった。
「何するんですか!」
こんなものを顔に喰らったら大怪我ですよ、大怪我!!せっかく世恋さんになれたのに台無しじゃないですか?
「ちょっと、助けに来たのにいきなりこれですか?」
「風華さんがちゃんと段取りを踏まないからです」
「風華!?」「風華さん?」
扉の向こうで声が上がる。
「はい、寧乃ちゃん。隊商の皆さんにお願いされて助けに来ました。さっきのみたいなのは無しでお願いします。さあ、さっさとここを出ましょう!」
今度は先に扉の向こうへ手を出して悪意がないことを伝えてから顔をだした。部屋には寧乃ちゃんともう一人女性がいる。
「旋風卿の妹!」
「ええぇええぇええ! 美亜さん!」
思った時には、私は美亜さんに抱き着いていた。良かった!!本当に良かった!!無事だったんですね!!
「美亜教官!」
「ちょっ、ちょっと一体どういうこと。確かに中身は風華だけど……」
「会計長ですね。美亜さん、幻視の力ですよ。美亜さんにも少し髪をお分けします」
寧乃ちゃんが美亜さんに茶色い髪を数本渡した。
「な、何なのこれ!?」
未亜さんの口から驚きの声が漏れる。
「皆さん、感動の対面は後でお願いしますよ。上から来ます。下も奴らが予備の鍵を持ってくるまでの時間があるだけですよ」
扉の背後から碧真さんの声が響いた。碧真さんの言う通りだ。
「上に本物の世恋さんが居ます。それを救出して皆で脱出します」
「分かりました。なるほどこれが幻視の力ですか。という事は後ろも偽物と言う事なのですね」
「はい」
「来たぞ!」
碧真さんが警告の声を上げた。私より先に美亜さんが扉の方へ移動して外を伺う。
「侵入者です!」
階段の先から声が響く。
「鍵はまだか!」
階段の下からも男達の声が聞こえてきた。
「碧真さん!」
『上』『撃つ』
私の呼びかけに碧真さんが手信号で答えた。私は投擲で碧真さんの支援を……。だが私が頷くより先に、美亜さんが階段の先に体を滑らせた。何だろう、背中がちりちりするこの感触。マナだ!えっ!でもここって監獄と同じで……。
ドサ! カラン、カラン……
何かが倒れる音がして、金属が石にぶつかる音が響いた。素早く動いた美亜さんがそれを手に取る。
「安物だけどないよりはましね」
男が持っていた短剣らしい。流石は美亜さんです。私達の教官です。
「驚いたな。落夢卿、あんたは桃子さんと同じ類かい?」
「城砦の人間ね」
「美亜さん、自己紹介とかは後です。下もやばそうです」
寧乃ちゃんが下を指さしながら話に割り込んだ。
「おい、この束じゃない。次だ」
下から鍵穴に鍵を入れようとしているガチャガチャという金属音が響いている。
「そうね、先に風華さんの用事を済ませるべきね」
* * *
「どうやらやられちまったようです」
扉の外で下の様子を伺っていた護衛役がこちらを振り向いた。
「どこかの鉄砲玉がセレン様の命を狙いに来たか?」
そう言うと、侍従頭は椅子の上で眠らされて、力なく横たわる世恋様を見た。
「応援が来るまで維持できればよい。入り口に寝台を移動して盾にするぞ。すぐに下から応援が来る。どのみち侵入者も袋の鼠だ。何をぼっとしている不良品、お前も手と足ぐらいはついているのだ。少しは役にたて」
侍従頭は世恋の横で、ぼっと立っていた朝霞の腕を取ると、部屋の入り口の方へ押し出した。扉を盾に外を伺っていた護衛役が、扉を閉めて部屋の中に入ろうとする。だが扉に手をかけたまま、その体が力なく床に落ちていった。
「くそ!」
侍従頭は身をひるがえすと、世恋が横たわる椅子の後ろへと身を躍らせる。それと同時に朝霞の目には入り口の方から部屋の中を伺う人影が見えた。侵入者だ。
「世恋さん!」
扉の向こうの暗がりの中から女性の声が聞こえて来た。
「えっ!!」
部屋の中を伺う男の姿を見て、朝霞は卒倒しそうになった。だいぶ白いものが混じった初老の人間が中を伺っている。朝霞はその顔と、背後で世恋の首に腕を回し、短刀を突きつけている男の顔を交互にみた。やっぱり同じ顔だ!!一体どういうこと!? 朝霞は思わず床にへたり込んだ。
そ……それに……世恋様も扉の向こうにもいる。こちらはちょっと雰囲気は違うような気もするけど……。私はいつの間にかおかしくなってしまったのだろうか?
「お前達何者だ!どうやって私に化けた!」
「そこのおっさん!世恋さんから離れなさい。薄皮一枚でも傷つけたら許しません!」
世恋様が、世恋様から離れろ!? それになんか扉の向こうに居る世恋様はどうも下品な気がする。やはり偽物なのだろうか?
「お前達、部屋の中に入って姿を見せろ。そして獲物をこちらのその女に渡せ。全員だ!!」
「そちらこそあきらめて、世恋さんから離れなさい。そしたら特別に命だけは助けてあげます!」
「こちらは元冒険者だ。数を三つ数える。それまでにいう通りにしなければ、こいつを壊す!」
「一つ!」
「二つ!!」
侍従頭は短刀の先を、躊躇なく世恋の首元に当てた。
「スベン様!やめてください!!」
朝霞は叫んだ。だが侍従頭の手は止まらない。
「分かった!そちらにいく」
扉の向こうから手を上げて、侍従頭の姿のものと、世恋の姿をした人が現れた。手にはそれぞれ短剣と小刀らしいものを指先でぶら下げている。
「まだ居るだろう。足音は4つだ。こっちをなめるな。さっさと出てこい。おい、やつらから獲物を奪ってこい」
侍従頭が朝霞に向かって声を掛けた。
「さっさとしろ不良品!」
朝霞はその声に慌てて起き上がった。
「偽物の嘘つきどもめ。私がどれだけ本気か教えてやる。まずはこいつの耳だ」
この人は本気で切り落とすつもりだ!!
「スベン様!!」「止めなさい!!」
侍従頭は首元に回していた腕を動かすと、世恋の金色の髪をかき分けて、その耳に手をやろうとした。その時だった。「ゴキ」という鈍い音と共に、侍従頭の腕があらぬ方向に向くのが見えた。そしてその手の中にあった短刀が侍従頭の喉元に突き刺さっている。
「うぉ――――!」
侍従頭の絶叫が部屋の中に響いた。世恋は素早くその身を侍従頭から離すと、椅子と一緒にその体を蹴り飛ばした。
「元冒険者なら現役がどれだけ恐ろしいか、よく分かっているでしょう?」
「世恋様!!」「世恋さん!!」
朝霞の目の前で、ちょっと下品な世恋が本物の世恋に抱き着くのが見えた。未だに何が起きているのか全く理解出来ない。
「風華さんですよね?」
「はい、世恋さん。ちょっとだけ化けさせてもらいました。だからほら、見かけほど胸はないですよ」
偽世恋が世恋の手を胸元へと持っていく。とんでもないことに、その手は偽世恋の胸元にのめりこんだ様に見える。それを見た朝霞は体から力が抜けるのを感じた。
「お嬢さん、大丈夫ですか?」
誰かが朝霞の体を支えてくれた。見ると偽物らしい侍従頭が背に腕を回してくれている。そして朝霞の目の前には喉から血を流して倒れている侍従頭も見えた。さらに体から力が抜ける。
「もう!風華さんたら、はしたないですよ。でも風華さんへのお礼はちょっとだけ待ってください。先に命の恩人へお礼を言いたいのです」
「はい、世恋さん。了解です!」
世恋はそう言うと、偽侍従頭に抱きかかえられていた朝霞の元に足を運んだ。そしてその体をそっと抱きしめた。
「朝霞さん、本当にありがとう。あなたは私の命の恩人です」
「世恋様、こんな不良品の私でも……お役に立つことが出来て……」
朝霞は涙腺が壊れたのかと思うぐらい涙が出てきて止まらなかった。世恋は手にした白い手巾でその涙をそっと拭いた。
「何を言っているんですか、朝霞様。怒りますよ。あなたは私の大切な人です。大事な妹です」




