化身
「えぇぇえぇぇ、これが私ですか!?」
短剣の刃に映る私の姿は、どこからどう見ても世恋さんだ。
「私の記憶が元ですけど、風華さんもその相手をよく知っているので、精度はかなり高いはずです。ちなみに声とかは騙せないですよ。それに動くものだと、どうしても背や動作の影響をうけるから完璧ではないです。油断大敵ですね」
いや、世恋さん相手なら、世の男性全ては油断するので、問題ない様な気がします。
「相手がどれだけ本物と意識するかにも影響を受けます。だから今の風華さんみたいに意識して姿見を見た場合はその姿が映るような気になりますけど、元を意識しないで姿見を見られたら騙せません」
もしかして胸とかも盛っています? あ、確かに目であると思っているところに手を持っていっても、何もありませんね。うううう、その差が如実に分かって、ある意味とても悲しくなります。
辺りを見ると、碧真さんはいかにも貴族の御屋敷に努めていますという感じの、奇麗に頭を撫でつけた初老の男性になっている。実季さんは世恋さんがもう少し幼かった時を思い起こさせる、とってもかわいい金髪のお嬢さんだ。顔だけじゃないです。着ている服もそれぞれ侍従姿になっています。完璧です!
何ですかこの愛佳さんの力は? 無敵です。無双です。これがあったら人生何でもできそうな気がします。これって一体どのくらい持つんでしょうか? もしかして、私でもちょっとの間は世恋さんになって、世の男性全てにちやほやされる気分と言うのを味わえます?
「あくまで見かけだけですよ。その人本人になれるわけではわりません。こんな力に頼ったりするとろくなことになりません。私が言うのだから間違いないですよ」
愛佳さんが私に向かって指を振って見せる。愛佳さんには私の邪な考えは疾うにお見通しらしい。このしゃべり方って誰かに似ている様な? そうか、寧乃ちゃんのしゃべり方は愛佳さんの影響ですね。
この人達も私達と同じく一つの組なのだ。思わず思い出し笑いをしそうになる。でもそんなことでにやついている場合ではない。私は彼女を助けださないといけない。眼の前の刃に映っている人だ。
「碧真さん、だったっけ? あんたの姿は屋敷の侍従頭の一人の映しで、そこのお嬢さんはその配下の侍従の一人だ。二人とも私達の世話をしていたから、引き続き寧乃達の面倒を見ている可能性は高い。それにうちの特別な手段で確認したところ、寧乃達は灰色の壁の部屋に閉じ込められているようだから、ありがたいことにそちらのお嬢さんと合わせて灰色の塔に居る」
そう告げた労務長が私達を見渡した。
「すいません。碧真さんと実季さんが侍従姿なのは分かりますが、どうして私は世恋さんなんでしょう?」
そもそも世恋さんは救出する相手だ。それが外をうろうろしていたら明らかにおかしくはないだろうか? 私の問いに労務長と愛佳さんが顔を見合わせている。何やら私に言いたくない事でもあるのだろうか?
「風華さん、お二人はあなたに気を使ったんですよ。風華さんの実力だとまだ気配を探るとかは無理ですからね。安全のためです。屋敷の者にとって世恋さんは大事な人質だから、いきなりそれを矢で撃ち殺したりは出来ません。それに見間違いようがない。一目でそれだと分かります。だからですよ」
碧真さんが二人に代わって私の質問に答えてくれた。はいはい、よく分かりました。確かに一目でわかりますし、いきなり撃ち殺されたりしないですね。
何故か労務長と愛佳さんがほっとした顔をしている。何でですか? それぐらいのことで暴れたりはしません。だって事実ですから。ここに残って待っていろとか言われたら暴れたかもしれませんけど、それに比べたらはるかにましです。
「そっちは灰色の塔からの救出だけに注力してもらえればいい。俺達は隊長以下の救出に注力する。逃げ道は基本的に行きと同じだ。一応は予備の出口も用意してあるが、そちらから出た場合は森側にしかけは何も用意出来ていない」
「さっさと行って、脇目も振らずにさっさと戻れという事ですね」
「そうだ。こちらのマ石の蓄えももう空だし、仕掛けの持ちも含めて今晩を逃せば次はない。だからお互いに何かあっても助け合いはなしだ。いいな」
「自主自立という事ですね。了解です」
碧真さんが労務長に向かって答えた。
「ちなみに、灰色の塔の中では私の力が効くかどうかは分かりません。その場で力を使う訳ではないから効くかもしれませんが、あまり当てにしないことですね。それと貴方達の宿からは獲物は運び出してあります。それにこちらで一泊分の追加も払ってあります。貴方達の面は割れていないから、そこに戻るのもありですね。いいですか、これは貸ですよ? 後できちんと請求させていただきます」
愛佳さんが私達に念押しする。うう、流石ですね。
「まあ、どこかで再びお会いできたらの話ですけどね」
そう言うと私達に向かってにっこりとほほ笑んで見せた。
「はい、愛佳さん。返せるように頑張ります。いや絶対にお返しします!」
「その意気です。では、私達の一番大事なものを取り返しに行くとしましょうか?」
* * *
林の切れ目から見える緊急時の通用口は、何重もの鎖で厳重に封印されている様にしか見えなかった。だけど愛佳さんの髪の毛を手首に結んでいる私から見ると、ぼんやりと向こう側がすけて見える。
ちなみに私の胸も豊かな胸の下に、ぼんやりと本物の私の胸が見える。私達の周りを囲んでいる雪の吹き溜まりも実は偽物で、私達の姿を隠していた。
「これってでもどうやって開けたんですか?」
小声で隣にいる愛佳さんにたまらず聞いてしまった。
「これですか? 鍵で開けたんですよ。あちらの鍵棚にある鍵はほとんど見かけだけです。よく使いそうなのはバレますからそのままにしてあります」
うわ。やっぱり皆さん隊商なんかより、泥棒とかした方がよほど儲かりませんか?
「風華さん、泥棒した方がもうからないかとか考えているでしょう? 化粧するマ石に呪符のためのマ石と、それはもうマ石を使いまくりですからね。何をやっても大赤字ですよ」
やっぱり皆さんは商人ですね。こちらの考えている事が丸分かりですから。日頃から交渉で腹の探り合いをしている人たちはやっぱり違います。
「さあ、ここからが本番です。灰色の塔は入って左手前、私達はそのまままっすぐ別棟を目指します。灰色の塔にも侍従の控えの間があるはずです。まずはそこで鍵と安全の確保ですね。凪が居ればもっと楽だったのにね」
「会計長、無い物ねだりに意味はないよ」
「そうですね。貴方の金貨が、幸福と金貨を呼び寄せますように」
愛佳さんの声に皆が右手を上げる。
「貴方の金貨が、貴方に幸運と安全をもたらしますように」
隊商の皆と小声で唱和した。実季さんが、ちょっとだけ尊敬のまなざしで私を見ている。少しは師匠らしく見えました? 一応は商人やってましたからね。それに今は見かけだけは世恋さんです。無敵種です。
「では皆さん、抜かりなきようにお願いします」
その声に合わせて一人、一人とその入り口へと消えていく。一斉に動くと不要な音が出るのと、向こう側の安全確保のためだ。
『安全』
最初に入った二人目の人が、幻の向うから手信号を送ってくれた。あれ? 皆さんは冒険者ではないですよね? その合図に残りの人が一斉に動き始める。私達の目指す灰色の塔は手前なので一番最後だ。
「私が先導します。今の風華さんは目立ちますからね。遅れずについて来てください」
「碧真さん、了解です」
「では、我々も行きますよ」
その声と共に、碧真さん、実季さんに続いて扉へと向かう。それは幻だと分かっていても、ぼんやりと見えるそれに、思わず顔の前に腕を上げそうになった。もちろん、そんな視界を遮るなんて危険な事はできない。
中に入ると、どうやら退路の確保らしき隊商の人が右手の暗がりに居て、私達に左側を指さした。その指先に、雲間から微かに顔を出す月の光に照らされた、さほど高くない塔とそれに続く建屋が見えた。
『安全』『幸運』
暗がりの影が私達に手信号を送ってくれた。
『了解』
碧真さんが影に手信号で答えて、建物の陰になるところを選びながら前に進んでいく。
待っていてね、世恋さん。私達はもうあなたの側にいる。




