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生業

 多い時には年に一度ぐらい、ないと数年に一度くらい訳ありの女連れの客がいる。大体はどこかの世間知らずのぼっちゃんとお嬢ちゃんや、使用人とその家の奥様、お嬢様なんて奴らだ。


 親兄弟が危篤とかで、急いでいる為に通り抜ける奴もいる。なので女連れ全員がそうという訳ではないが、宿帳に書き込む時点で、訳ありかどうかこちらはぴんと来る。本名なんか書くわけがないから、そこで必ず一瞬のためらいがでるのだ。


 ありがたいことに、奴らは一緒に身の回りにあった宝石やら首飾りやらも一緒に持ち出して逃げてくる。男はそこでもう用無しだ。ここまで色々と運んできてくれたことに感謝しながらなるべく楽に殺してやる。


 抵抗する奴に対してはそれなりにだ。まれに男がいいという卸先もあるが、やはり後で逃げられる危険などを考えると、あっさり死んでもらうのが一番だ。


 女は信用できる卸先に卸させてもらう。領主が自分のところに置きたいとか言われるのが一番厄介で、こちらとしても実入りが少なくなってしまう。


 だが持ちつもたれつだから、上物はなるべく卸すように説得する。最後に金の話となれば、向こうもあきらめる。何せ(なま)ものなのだから、とっておけばいいというものじゃない。


 今回は明らかに上物だ。いや、これまでで一番かもしれない。一人は冒険者風を装ってはいるが、中身は間違いなく町娘だ。見た目は少しやぼったいが磨けば光る。


 もう一人は見るからの器量良しだ。ちょっと得体が知れない感じもするが、町娘を『お姉さま』とか呼んでいたから、きっと使用人だったのだろう。どこかの店がつぶれかけて、店の者が有り金もって逃げるとかそんなところだろうか?


 どうも女二人というのが気になるが、こんな時期にここを通るのだ。まともな理由でないのは確かだ。親父から引き継いだこの裏稼業も、息子たちが引き継げば三代目になる。おかげでこんな山間でも、僅かな耕地の出来に一喜一憂しないで生きていけるのはありがたい。


「親父」


 木のきしむ音と共に、頭の方から上の子の声が聞こえてきた。


「どうだ?」


「男はもう寝ている。娘達ももう寝るようだ。天井裏の鼠がどうのこうのと言っていたから、感づかれる前に下りてきた」


 兄の方が頭に蜘蛛の巣をつけたままで、裏梯子を下りてきた。


「お前にしては上出来だ。感づかれたら元も子もないからな。傷物にしては実入りに響く」


「だけど金目のものはなさそうだった」


 煙の準備をした下の息子が不意に顔をだした。


「宝石とか、足が付きそうなやつは買い叩かれるからな。娘が一番実入りがいい」


 上が不満げな弟に向かって諭すように言う。それに下手に小金を持ったやつだと、お前が街道筋までいって遊んで使ってしまうといけない。ともかくこの商売は目立ったらお終いだ。下の子はそれがまだよく分かっていない。


「兄貴、味見は今度は俺が先の番だからな」


 下の子が上の子に向かって唇を尖らせて見せる。仕事が終わる前にその後の事を口にするとは。下だと思って甘やかせてしまったのが間違いだった。


「親の前でそんなくだらない喧嘩はやめろ。助けは?」


 今回の男はどこかのお坊ちゃんとか使用人とは違う。少しはやるやつかもしれない。煙が効かなかった時の準備も必要だ。とは言っても出口はここだけだ。


「皆さんもう来ているよ」


「宿屋、今回は上玉だというじゃないか?」


 裏手から男達が現れた。上玉らしいという噂でも聞きつけて総出で来たか? その先頭では、だいぶ頭が薄くなった男が好色そうな笑みを浮かべている。


「これは領主様まで直接来ていただけるとは……」


「ここしばらく無かったからな。この冬の実入りが何もない時に来てくれるとは有り難い限りだ」


「なので、できればそのまま卸させていただけると……」


「分かっておる。それでも一目愛でるくらいはいいだろうが……」


 その厚い唇を舌でちろりと舐める。この男は本当に好色だ。まあ男はみんな同じか。この村の嫁たちが陰口をたたくのもしょうがない。だがあいつらも含めて、この村が生きていけるのはこの生業(なりわい)のおかげだ。


「見ても減りはしませんからね」


 主人はそう言うと、領主に向かって肩をすくめた。できればせいぜい見て触るぐらいで我慢してもらえるとうれしい。傷をつけると色々と実入りに響く。


「水を含んだ手巾の用意を忘れずにお願いしますよ」


 商売と言うのは段取りが全てだ。


* * *


 煙箱を持った下の子が、裏梯子から上へと昇っていった。残りは覆いを落とした角灯を手に、きしみ音に気を付けながら四階の階段下で待機する。


 ミシ……ミシ……


 屋根裏の梁は補強したつもりだが、まだきしみ音がそれなりにする。上から吊るとかして、天井板と触れないようにしないとだめかもしれない。今回で小金が入ったら、後ろにいる大工と相談した方がよさそうだ。


 ドン!


 少し大きな音が響いた。周りにいる男たちが獲物を構える。だが部屋からは物音ひとつしない。夕飯を大盛にして、大盤振る舞いにしてやった効果が少しはあったということだろうか?


 ミシ……ミシ……


 ドン!


 再びもう少し大きな音がした。


「俺が行けばよかったんだ」


 上の子が小声で独り言をぼそりといった。そうは言っても、下の子の上に対する対抗心というのはそう抑えられるものではない。抑えつけるともっと悪化する。この子達には仲良くここを継いでもらいたいのだが、もう少し時間がかかりそうだ。


「お、うまくいったか?」


 隣に居た領主が小さな声で言った。部屋の戸のすきまから白い煙が漂っているのが見える。そしてかすかに甘い香りが漂って来た。周りの者が水でぬらした手巾で口の周りを覆う。


「いいぞ」


 下の子の声らしいのが部屋から響いてきた。何をしている、安心しすぎだ。合図とか手順はきちんとやれ。声なんか出して、相手がいきなり起きたりしたらどうするつもりだ?


 そんなことを考えている間もなく、男たちが階段を上っていく。若い奴らが男の部屋に向かった。布団の上から短剣を突き刺すためだ。寝台が一つだめになるが、これは必要経費だ。


 領主たちは女の部屋へと進む。こちらも慌てて後を追いかけた。余計な事をしないように監視しないといけない。愛でるだけとか言って、そのまま事をはじめられたりしたら困る。


 だが部屋の中では男たちが呆然と立ち尽くしていた。卸し窓が枠ごと外されていて、一人の少女が角灯を片手に、背後から入ってくる月明りを浴びてその縁に座っている。


 後ろの高い位置でまとめている長い髪が、窓から入ってくる風に、まるで生き物のように揺らめいていた。その姿は月の女神からの使者でも現れたかのような神秘さだ。


「なんて上玉だ」


 先頭に立っていた領主の口から呟きが漏れた。


「待て!違うぞ。これは弟だ!!」


 不意に隣から上の子の叫びが上がった。なんだって!!一体何が起きているんだ。慌てて隣の部屋に行こうとした目の前で、扉がばたんとしまった。


「おい、開けてくれ!」


 隣の部屋からも上の子の声が響く。前からは何やら油の匂いが……


「そいつを捕まえろ!」


 領主の声より早く、少女は手にした角灯を床に投げると、そのまま体を窓枠から後ろに倒して視界から消えた。前では角灯の油が勢いよく燃えて火の海になっている。それは瞬く間に周りの壁へと広がり、白い煙を上げた。


「何をしている、戸を破れ!」


 領主の慌てた声に、男たちが扉に向かって体をぶつける。だがもともと小さな戸は、せいぜい男一人分しか体をぶつけることが出来ない。それに閉じ込めやすいように、ここにいる大工と一緒にこの階の扉は補強してある。


「おい、外せないのか!」


 領主が大工に向かって叫んだ。


「道具がなければ……げほ……」


 外から入ってくる風にあおられて、火勢は増すばかりだ。目を開けるどころか、息もろくにできない。


「寝台を立てろ。上だ!天井から逃げろ!」


 壁を叩く。隣も逃げないとすぐに火が回る。


「天井だ!天井から逃げるんだ!」


 男たちが煙に巻かれそうになりながら、必死で寝台を立てて天井に上ろうとしている。だめだ。こっちは煙でなんともならない。


「親父!」


 天井板が破られて、上の子が顔を出した。よくも、よくもうちの子をやってくれたな!


「この村から出れると思うなよ!」


* * *


 実季さんが建物の壁に足を着きながら、四階の窓からあっという間に下まで降りてきた。窓からは白い煙がもうもうと上がっている。


「実季さん、大丈夫ですか!」


「はい、お姉さま」


「二人とも無事かい?」


 表から回ってきた碧真さんが私達に声をかけた。声は碧真さんだけど、髭が……さっきの宿の若い人そっくりになっている。化粧ってこういう意味だったんですね。碧真さんが来た表の方からも火のはじける音が聞こえてきた。


「すまないね」


 碧真さんが私達に頭を下げた。


「君達の目的を考えれば、こっそり出て行くのが一番だったのだけど。長年ここで女性を拐かしていた奴らだ。犠牲になった人達を思うとね……。私はね、こういう奴らがどうにも我慢できないんだよ」


「当たり前です!許せません!」


 絶対に許せるわけがない。このままにしていたら次から次へと犠牲者が出る。


「碧真さん、私もです。私も我慢できません」


 実季さんが燃え上がる火の手を見ながら、はっきりとした口調で碧真さんに答えた。碧真さんも燃え上がる炎をじっと見つめている。


 碧真さんの目が見ているのはこの燃え上がる煙や炎じゃない。その先に見えているのは若芭さんなんだ。私の体の中を抑えきれない怒りが駆け巡った。


『燃えろ、燃えろ……』


 お前たちには後悔する間すらおこがましい。全部、全部、全部、燃えてしまえ!!


 私の願いが通じたのか、下し窓から伸びた赤い炎がいっきに天へと昇って行くのが見えた。山から吹き下ろす風に吹かれて、火の粉が村中へと流れて行く。


「追手がかかる前に我々は退散するとしよう。残念だが今日も野営だな」


「はい、碧真さん。了解です」

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