提案
「いや、わざわざここまで出向いてもらって申し訳ないね。立っていないでどうぞ腰かけてくれ給え。それと喉は乾いていないかい? 何か飲み物と茶請けになるようなものを出してもらえないか?」
結社長の私邸の居間に、歌月や百夜と一緒に招き入れられた白蓮に対して、月貞がくだけた態度で来客用の椅子に誘った。結社長の私邸だけあって、居間には色々な記念品のようなものや、マ者の精密な写生図などが壁に飾られている。
「本来なら監督方の棟の執務室で応対すべきなのだが、色々と来客が立て込んでいてね。皆いつマ石の供給が始まるんだとか、色々とうるさいんだよ。壁の向こうの人達はこちらの都合というものが全く分かっていないようだ」
椅子に座った白蓮らの前に、侍従がお茶と菓子を運んで来た。なんだかいい香りがする。世恋さんのお茶と似た香りだ。だがあれほど爽やかな香りではない。
「君達はもう下がっていいよ」
そう言うと、月貞は白蓮たちの前の長椅子に腰を下ろした。白蓮はその姿を緊張した面持ちで見つめる。隣では足が下まで届かない百夜が、手持ち無沙汰に足をぶらぶらと揺らしているのが見えた。
流石は百夜ちゃんだ。結社長を前にしても特に態度が変わることはない。こちらは緊張しまくりだと言うのに……。とりあえず、お茶を一口もらって……あれ、さっきまで僕の前にあった菓子らしきものがもうない。隣を見ると百夜ちゃんが口をもごもごと動かしている。もうなんだかな。くれと言ってくれれば、素直にあげるんだけど……
「叔父上、人払いは済んだだろ? 一体何の用で私まで呼んだんだい?」
お茶を口元に運んでいた結社長が、「おや?」という顔をする。
「歌月、君だって他の結社とはいえ監督方に居たんだ。この手の話が色々と面倒な事は知っているだろう? 君は彼らの事をよく知っているから、色々と助言が出来る立場ではないかね?」
「叔父上の腹がとっても黒いとか言う助言かい?」
「おやおや、この子は一体誰に似てしまったんだろうね? それにわざわざそんな冒険者言葉を使って、虚勢を張る必要はないと思うよ。君の実力は周りが十分に承知している話だ」
歌月さんがむっとした顔をする。
「この言葉使いは私の好みさ。叔父上にとやかく言われる筋合いのものではないよ。まあいい。今日は私は脇役だからね。口をつぐんでいることにする」
「そうしてくれると、僕もかわいい姪を素直に愛でられてうれしいね。歌月、君には彼らの後で少し別の話がある。ちょっと色々なところから僕の私信に関する問い合わせがあってね。その件について色々と君に尋ねたいことがあるんだ」
歌月さんが結社長に向かって両手を上げて見せた。これって、ふーちゃんの件でいろいろとやってもらった件ですよね。まずいですよ歌月さん。やっぱりばればれです。
「その件は後だ。ひとまず君達に対して、城砦を代表してお礼を言いたい。君達が新種を狩ってくれたお陰で、多くの人命が守られた。ありがとう」
結社長が僕らに向かって頭を下げて見せる。
「ふん、頭を床にこすりつけて我に感謝するがいい。だが、『神もどき』を狩ったのは我らではないぞ。赤娘だ。赤娘にも床に頭をこすりつけて礼を言え」
百夜ちゃんが口から菓子の破片を飛ばしながら、結社長に向けて胸をそらしてみせた。あれ、さっきもう僕の分も食べたはず……あっ、歌月さんの皿も結社長の皿も空だ。
「赤娘?」
「ふー、うちの組長の風華さんの事です。報告書上は僕が狩った事になっていますが、実態は彼女が最後に火をつけてくれたおかげでみんな助かりました」
「なるほど。君のところの組長は若いがとても勇気がある女性のようだね」
「叔父上とは大違いさ」
「ははは、流石は我が姪だ。私が小心者な事をよく知っている。何せ僕は元司書で森なんてろくに潜ったことがない人間だからね。結社長なんてものをやっているのも、たまたま、正にたまたまだよ」
そう言うと、僕らに向かって朗らかに笑ってみせた。司書? 司書って本とかを扱う司書ですよね?
「君達の組長さんにはまた機会を改めてお礼を言う事にしよう。君達も忙しいと思うので、本題に入らせてもらうよ。監督方から君達には二つ名襲名の内示が間もなく出るはずだ。この城砦でもっとも最近に二つ名持ちになったのは落夢卿が数年前になって以来だ。我々としてもとても喜ばしい限りだよ。なにせ若くて才能あふれる人材が、この城砦の未来を背負ってくれるのだからね」
百夜ちゃんはともかく、僕に関して言えば大勘違いですよ。
「月貞結社長、それは大変ありがたい話なのですが……」
結社長は片手をあげて僕の言葉を遮った。
「君が遠慮したくなる気持ちも少しは分かっているつもりだ。他の人のやっかみも買うだろうしね。でもこれは能力がある人が担うべき義務だよ。内示後の実際の襲名は、今行っている事業がひと段落した時点で行う予定だ」
「事業ですか?」
「君も今は探索組の預かりだろう? ならよく分かっているはずだ。限界線を越えるという奴だよ。君達にはぜひこの事業の初陣を飾ってもらいたいと思っている。そうすれば誰も君達に文句を言うものは居なくなる」
「ちょっと待ってくれ、叔父上!」
歌月さんが椅子から腰を上げかけた。
「歌月、まだ話は終わっていない。少し静かに僕の話を聞いてくれないか?」
歌月さんは何やらとても言いたげだったが、最後は椅子に腰を下ろした。
「白蓮君は探索の潜りで、一度限界線を越えて新種を狩っている。それに百夜嬢も北の限界線までとはいかなくても、かなり奥まで行っている。年齢や経験なんて、本来比較できないものを基準にしてしまうと、色々なものを見誤ると思うよ。君達には二つ名に十分な実力がある」
結社長はそこまで言うと、僕らに微笑んで見せた。
「ちなみに君達の力には先達が居るとは到底思えないので、二つ名については新規に採用して、君達の要望を可能な限り受け入れるように、僕から監督方に助言してある。君達は何か希望はあるかね?」
二つ名? 僕が旋風卿と同じように二つ名持ち? 考えたことも無かったな。
「いらんな」
隣にいた百夜ちゃんが、ぼそりとつぶやいた。
「我にはもう赤娘がつけた名がある」
「百夜嬢、二つ名とは君の実力を表すもう一つの名前だよ。今の君の名前が無くなるわけじゃない」
「だから、いらんと言ったのだ。我には赤娘がつけてくれた名前で十分だ。他に名などいらん」
『百夜ちゃん……』
「それは残念だね。二つ名持ちになれば、報酬も上乗せされるのだけどね」
「どうでもいい話だ。にやけ男、話はこれでおわりだろう? 白男、さっさと帰るぞ。さっきからどうも気分が悪い」
「申し訳ないが、二つ名以外に報酬の払いの件もあるから、両名とも監督方までは出向いてくれないかな? 表に馬車は用意してある。悪いが歌月には別件で、もう少し私に付き合ってもらう」
「はい、月貞結社長。了解しました」
「そんなのは後回しだ、帰るぞ、むむむ……」
ふーちゃん方式でとりあえず口をふさぐ。もうここの一番偉い人の機嫌を悪くさせるような事を連呼しないでくれないかな、とりあえず「にやけ男」とか呼ぶのだけは勘弁して欲しい。生きている心地がしない。
「月貞結社長、失礼させていただきます」
「うん。でもまさか『にやけ男』と、呼ばれるとは思わなかったな」
さっさと逃げだした方が良さそうですね。歌月さん、後はよろしくお願い致します。
* * *
「叔父上、私に小言があるならさっさと言ってもらえないかい?」
歌月は月貞に向かって不機嫌に告げた。どうせ私印を勝手に使った件であれやこれやと言われるのであれば、ささっと済ませてもらいたいところだ。
「歌月、もう少し待ってくれないかな?」
月貞がさも済まなさそうな顔をして歌月に声をかけた。歌月はその台詞にさらに顔をしかめる。何を待てと言うのだろう。動かぬ証拠とやらでも見せるつもりだろうか?
風華もさすがにそうそうやらかしたりはしないだろうから、私印を取り上げられても何とかなる。本当にそうだろうか? あの子はこの間も探索組の事務所に殴り込みをかけたばかりだった。本当にうちの組長は手がかかる組長だ。
「ドン、ドン!」
入り口の戸が遠慮のない音で叩かれた。誰か来たらしい。この叩き方には聞き覚えがある気がする。
「アルかい!待っていたよ、入り給え」
「旋風卿?」
歌月の口から驚きの声が漏れた。
「おや、歌月さんも同席とは驚きましたね」
窮屈そうに戸をくぐって入って来た旋風卿が、言葉とは裏腹に、まったく表情を変えずに歌月に向かって答えた。
「それぞれに説明しても良かったんだけど、一度に説明した方がお互いにとっていいと思ってね。とりあえず座り給え。お茶でも……。そうか、さっき人払いしたままだったか」
月貞が自分の言葉に苦笑いをして見せた。
「お気を使わずに、月貞結社長。それよりこの間のお使いが終わったので、私は二度とここに呼ばれることは無いと思っていたのですがね?」
そう告げると、旋風卿は月貞の事をジロリと睨んだ。
「君は相変わらずおっかない男だな。この前君がここに来た時に、僕は師弟の交わりは血よりも濃いと君に言わなかったかい?」
「世迷い言ですな」
その言葉に、月貞が旋風卿に向かって深くため息をついてみせた。
「恩というのは大事だと思うけどね。まあ、君達には単刀直入に話をした方がいいだろうな。旋風卿、君には組を率いて、大人達が命と引き換えに限界線の向こう側で見つけた物の探索に向かってもらう。その組には先ほどのここに来てもらった、新二つ名候補の両名にも参加してもらうつもりだ。ちなみにこれは提案ではない。決定事項だ」
「私が貴方の趣味に付き合う道理はないのですがね」
「叔父上、あの二人にもそこにいかせるつもりなのかい!?」
「もちろんだよ。そのせめてものご褒美が二つ名だったのだけど、彼らはどうもお気に召していないようだね」
「お断りします」
旋風卿が月貞に対してキッパリと告げた。それを聞いた月貞はわざとらしい驚きの表情をして見せる。
「僕は先程、これは決定事項だと言ったのだけどね。聞いていなかったのかな?」
「お受けする理由はないですな」
「アル、もちろんあるよ。君が絶対に拒否できないやつだ」
月貞がいたずらっ子の様な表情で旋風卿を見る。それを見た旋風卿が小さくため息を漏らした。
「なるほど、そう言う事ですか。それで皆が出払う用事が出来たと言う事ですね」
「その通りだ。君の妹を預からせてもらった。もともとこちらで保護していたのだから、預かるという表現が正しいかどうかは少し疑問だけどね」
月貞はそう告げると、旋風卿に向かって頷いて見せた。
「あんた!」
もう我慢ならない。歌月は胸元に隠し持っている小刀に手を伸ばした。
「歌月、そんな物騒なものはしまって、座っているんだ」
月貞が歌月に鋭く声をかけた。どういう訳かその言葉に、歌月の手はそれ以上動く事なく固まってしまっている。一体どうしちまったんだろう。この男の首元にこいつを這わせて、世恋がどこに居るのか聞かなくてはいけないのに!
「それにどこにそんなものを隠し持っているんだ? 我が姪ながら少しはしたない気がするよ。少し落ち着き給え」
歌月は貞月の言葉に従って椅子に腰を下ろした。いつから私はこんなに物分かりの言い女になったんだ?
「歌月殿、今は話を聞く方が先ですな」
旋風卿も歌月にそう告げると、僅かに首を横に振ってみせた。
「歌月、少しはアルを見習いたまえ。それに君は子供の頃に、ちゃんという事を聞くって僕と約束しただろう?」
約束、約束って何だ? 自分の体がその言葉に素直に頷いている。歌月は自分自身に混乱した。
「それで、私の妹は無事なんでしょうな?」
「もちろんだ。人質と言うのは無事だからこそ役に立つのではないかな? 殺してしまったら、それは人質とは呼ばないと思うよ。それに先ほど帰ったお客さん達も拒否はできないと思うね」
「まさか!」
歌月の浮かしかかった腰を、旋風卿が手を前に出して止めた。
「歌月特別監査官殿、話を聞く方が先です」
「君のところの赤毛のお嬢さんとその弟子も、こちらで預からせてもらった。これであの二人もがぜんやる気になるだろう?」
「あの子達に傷の一つでもつけたら、あんたの首と胴を切り離す。いや、全身細切れにしてやる!」
「歌月、こんなに姪をかわいがっている叔父を殺すつもりかい? 私印でやりたい放題をしても、黙認してあげていたというのに、少しつれなくないかい?」
「今ここで死にな!」
旋風卿が再び歌月の前に手を差し出した。
「歌月殿。この男をここで殺しても無意味ですよ。刺そうが焼こうが居場所をこちらに吐くような男ではないですからね。むしろこちらの焦燥感に快楽を覚えるような男です。それに私達では無理ですな。冥闇卿にはとても勝てない」
冥闇卿? 関門で世話になったあのおばさんか?
「人をそんな変態みたいに言うのはやめてくれないかな。でも当たらずとも遠からずなところは認めるよ」
月貞が歌月の方を向いた。
「歌月、君も本当はどこかに監禁でもした方が安心なんだろうけど、この世で唯一の肉親を監禁するのはさすがに良心が痛む。監禁はしないが大人しくしていてくれ。いいね、歌月。ちゃんと僕の言う事を聞くんだ」
なんでだ。なんで私はこの男の話に頷いている。この場で殺して切り刻んでやりたいのに!
「実際の潜りにはもう少し準備がかかる。その間に少しばかりこの潜りの為に訓練もしておいてもらいたい」
「分かりました。どうやら私に選択肢はないようですね」
「アル、やっぱり君は話が分かってくれてうれしいよ。話は以上だ。早く戻って、僕の言葉が本当かどうか確かめたいだろう?」
そう言うと、月貞は二人に向かって片目を瞑って見せた。




