捕縛
荷馬車が世恋さんの家の裏口へと着いた。馬車であれば城砦からここまではあっという間だ。私は馬車から降りながら実季さんに声をかけた。
「実季さん、今日の女子会は赤葡萄酒も少しは飲みましょう!」
「お姉さま、お酒は遠慮させていただきます。この間は本当に大変な目に会いました」
実季さんがとっても嫌な顔をする。その気持は分かりますけどね……やっぱり女子会に赤葡萄酒は必要ですよ!盛り上がること間違いなしです。
「それにあれは歌月さんが悪いんですよ。飲み過ぎなければ大丈夫です」
実季さんにそう告げながら、馬から頸木を外してあげた。実季さんは世恋さんから頼まれていた荷物を荷馬車から降ろしてくれている。馬を裏手の馬繋ぎに繋いで桶に水を張ってやった。
「ご苦労様」
軽く首筋をなでてやると、とてもかわいい雌馬は軽くひと鳴きして、私の頬に顔を寄せてきた。うんうん、君はかわいくて大好きだぞ。
「こらこらくすぐったいぞ。また今度もお願いね」
荷物を下ろし終わった実季さんが、干し草を持ってきて飼葉桶に補充する。行きは旋風卿に歌月さんも一緒だったから、さぞ重かったことだろう。馬はゆっくりと水を飲み始めた。
「実季さん、髪に干し草が付いてますよ」
実季さんの前髪に、ちょんちょんと何本かの草が挟まってしまっていたのを取る。実季さんが少し恥ずかしそうに顔を伏せていた。
何ですかね? ただ髪についた草をとっているだけですよ。もしかして少し汗臭いとかあります? だいぶ暖かくなってきたけど、まだ汗を掻く季節ではないと思いますけどね。
「さあ、世恋さんが待ってますよ」
私は実季さんの手を引くと、途中で買い求めた赤葡萄酒の瓶を片手に裏口の戸を叩いた。どうやら鍵は締まっていないらしく、それは軽い軋み音をたてて奥へと開く。
世恋さんにしては不用心ですね。今日は一人じゃないですか? まあ、あの嫌味男の居る家に入ってくる泥棒が居るとは思えないですけどね。多少の金を狙うには危険すぎます。
「世恋さん!ただいまです。荷馬車、ありがとうございました」
あれ、声がしない。もしかしたら上で休んでいるのかな?
「世恋さん?」
休んでいると悪いので、声を少し下げ、台所と一階の居室の間の廊下を抜けると、居間の方に向かった。
「誰?」
居間の来客用の卓の前に誰かの人影がある。逆光でその表情は見えないが、その姿は間違いなく世恋さんではない。冒険者の出で立ちだ。
「お姉さま?」
一部の荷物を勝手口で降ろして、後から入って来た実季さんが、居間の入り口で立ち尽くす私に不思議そうに声をかけてきた。
「桃子さん?」
室内の暗さに少しだけ慣れてきた目に、明るい茶色の髪をした女性の姿が映る。
「え!」
私の言葉に後ろに居た実季さんが驚きの声を上げた。赤葡萄酒の瓶をとりあえず床に置いて、慌てて居間の中に入る。実季さんも荷物を置いて私に続いた。
「桃子さん、何か急な御用でも?」
桃子さんが私達に向かって小首をかしげて見せた。
「お姉さま、逃げてください!」
私の体が実季さんに突き飛ばされた。えっ!何?
何も考える間もなく、前に居た桃子さんが私の視界から消える。
「うっ!」
気がつくと、桃子さんの拳が実季さんの下腹に入っていた。さらに膝を実季さんに叩き込んでいる。なっ……何が起きているの?
桃子さんは崩れ落ちる実季さんの手から抜きかけていた短刀を奪うと、その柄で実季さんの背中を打った。実季さんの体が床に叩きつけられる。桃子さんは実季さんを足で床に押し付けると、腰袋から取り出した革ひもで、あっという間に両手を後ろ手に縛ってしまった。
私は何がおきているのかも分からず、ただそれを呆然と見ていた。動けない私を見た桃子さんは、そのまま実季さんの足の自由まで奪ってしまう。私達は知らない間に、桃子さんの逆鱗に触れる何かをしてしまったんだろうか?
「桃子さん、何を……」
桃子さんは私の問いかけを無視すると、あっという間に私の目の前に迫った。まずいと思う間もなく、桃子さんの拳が私の下腹にもめり込んだ。
「ぐっ!」
その痛みに何もできずに、体がそのまま床へと落ちていく。胃から何か酸っぱいものが食道を通って口へと上がって来た。そしてそれは崩れ落ちた私の口から、床へと滴り落ちていく。
「お……おねぇ……逃げ……」
隣では実季さんが苦悶の表情で、必死に痛みに耐えながら体の自由を取り戻そうとしていた。
「実季、私の殺気に感づいたのはほめてあげる。私もまだまだね。こんな小娘に殺気を感づかれるなんて」
桃子さんが実季さんの横にしゃがみこむと、後ろでまとめた長い髪を引っ張って、ひきずりあげた実季さんの顔を見ながら語った。一体、一体何があったというの?
「それにこんな狭いところで短刀を抜こうとするのは愚かね。抜くなら小刀で、前にいる風華を盾にして、左右どちらからか来る相手の動きを牽制すべきじゃないの?」
桃子さんが実季さんの髪を離して立ち上がった。その前にどこかを打たれたらしく。実季さんの体から力が抜けている。気絶させられたんだ。
「まあいいでしょう。私がもうあなた達の面倒を見る事はないですから」
「桃……子さん……なんで……」
桃子さんは今度は私の横にしゃがみ込むと、私の顔を見下ろした。
「ともかく貴方には散々な目にあわされ続けだった。でも念史に先触れを送ったら、こちらに向かっているというじゃない。城砦でどうやって捕まえてやろうかと考えていたら、わざわざ人気がないここに来てくれるとは、最後の最後だけは私の期待に報いてくれたみたいね」
私達を捕まえる? どう言う事? 混乱する私の目を見た桃子さんが、唇の端を持ち上げて見せた。
「貴方を大好きだった大人達は、限界線の向こうで死んだそうよ。それに貴方を陰に日なたに守っていた多門君も、もうこの世の人じゃない。貴方の組の者以外には貴方を守ってくれる人なんていない。ああ、そう言えば柚安君も篭絡していたわね。でも彼は事務官よ。貴方を守る力なんてものなんかありはしない」
大人達が死んだ? どういう事? 穿岩卿も、音響卿も死んだという事? それに多門さんが、多門さんが死んだなんてありえない。だって美亜さんと一緒に城砦を出て、新しい生活をはじめたんでしょう!だって、だって、二人とも幸せになったんでしょう!
「う……嘘よ!」
「あら、まだ信じられないの? あなたが見ている城砦は単なる上っ面よ。貴方が今ここで倒れているのが本来の城砦と言ったところね。欲にまみれた人達が集い、お互いの足を引っ張りあうところ。そもそも欲なんてものが無かったら、冒険者になんてならないでしょう?」
「ち、違う!」
絶対に違う!組の仲間がお互いの信頼と尊敬で森に挑む。それが冒険者じゃないの!!
「本当にめんどくさい人ね。でもあなたの赤毛組ももうお終い。あなた以上に面倒な旋風卿も、あなたの彼氏の優男も、貴方が妹と呼ぶ正体不明の黒い奴も、みんな限界線の向こう側に送られる。大人達ですら歯が立たなかったところよ。生きてなんて帰れない」
「世、世恋さんは……どこ?」
「あの妹は無事と言えば無事だけど。死んだほうがよほど良かったかもね。実家に引き取られるわ。旋風卿のところ以外で、あの女が生きていけそうなところはそこぐらいだしね」
「実家?」
「最後だから教えてあげる。旋風卿とあの子の実家は『高の国』を裏で操っている貴族の家の出よ。そのマイン家というところはとんでもない家でね。あのお人形さんみたいな子をあちらこちらの有力者に差し出して、裏で操っているというところよ。まるで人形遣いね。あの娘は中でももっとも危険な人形よ」
『人形!? 許さない!絶対に許さない!!』
「世恋さんを……世恋さんを……人形なんて呼ぶな!!」
彼女が私の腹を蹴った。息が詰まる。私は何て役立たずなんだ。誰にも警告もできない。ただなすすべもなく床に転がっている。何も出来ずに、ただ怒りだけがこの身を焼いているだけだなんて!
「あら風華さん、人の心配より自分の心配をしたら? あの子は旋風卿に対する人質だし、色々と使い道があるから、少なくとも今すぐ殺されることはない」
桃子さんがゆっくりと立ち上がった。
「貴方もあなたの彼氏とあの黒いのに対する人質だけど、後での使い道なんて何もない。むしろ貴方がここで一呼吸する度に、色々と騒ぎを起こしてくれる厄介者よ。だからあなたには人質になったふりをしてもらって、ここで死んでもらう。かわいそうだけど実季もあなたのとばっちりでここで死ぬ」
殺す? 殺されてなんてたまるか!動け!私の体!実季さんと逃げて、みんなに知らせるんだ!それが無理でも、実季さん、実季さんだけでも救わないと。
「本当にめんどくさい人。まだ自分が何か出来るつもりでいるの?」
彼女の足がもがいている私の背中を踏みつけた。その痛みと力に息が詰まりそうになる。
「これであなたの冒険もお終い。残念ね」
彼女の手に小刀のきらめきが光るのが見えた。
だめ、まだ死ねない!何も出来ずに死ぬなんていやだ!絶対にいやだ!!
助けて、助けて白蓮!私はまだあなたの側に居たい!!




