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想定外

 知覧は高台の上に置かれた本陣で、必死に冷静を装いつつ戦況を見つめていた。


 だがその内心は千々に乱れている。そもそもこんな森に近いところで戦をしていることが想定外なのだ。


 想定外は他にもある。右翼で起きている一の街の住人達との乱戦としかいいようのない戦い。人質の為か恐怖の為かは分からぬが、そこで起きているのは地獄の蓋を開けたかのような混乱だ。


 だが結果として数だけは多いが碌に訓練もしていない一の街の住人がこちらの右翼、最大戦力をくぎ付けにしている。


 ただ、一の街の住民が衛士隊に押し出される形で森に近づくこともできそうにないので戦線の維持は問題なさそうだ。


 右翼での混乱に巻き込まれるのを避ける為か敵の中央から右にかけてはまだ動きはない。ただこのまま時間だけが過ぎても双方の損害が増えるだけで埒が明かない。


 敵の兵力も敵の左翼、こちらの右翼に偏っている。優勢なこちらの左翼、とび森側の兵力に敵の裏を突かせて包囲を試みるべきか?


 敵の中央から左は敵の主力である衛士隊からなるとはいえ、数自体はこちらよりはるかに劣勢のはずだ。包囲すると思わせることができれば敵を混乱させ、より右翼の方へ押し上げることはできる。


 だが、戦況を見ながら左翼に伝令を走らせる決意をしていた知覧は、それを見て思わず床几から腰を浮かした。


「何だ。結社のやつらはどこに行こうとしている?」


 茶色い革の外套を着た軽装の一団、一目で結社の一員だとわかる100にはるかに満たない小集団が、堤防の坂を全力で駆け下りてきたかと思ったら、川底の泥を煙幕に全速で左に走っていく。


「こちらの左翼を奇襲するつもりでしょうか?」


 傍に控える従卒役の男がみたままの事を言う。知覧は心の中でため息をついた。自分の周りにいる者達は良き働き手であり、良き夫たちであるが、ここでは全く役に立たないものばかりだ。全てが自分の肩にかかっている。


 結社の一団は相当な速さで泥の煙幕の陰を左へ左へと進んでいる。こちらの矢を避けるためか?


 いや、それならこちらに塵を送ってこちらの前衛を塵で囲ってしまった方が早い。自分達が塵の中に隠れる必要はない。つまり矢を避けているのではなく、自分たちの行先を隠すつもりという事か?


『どこに行くのを隠すのだ? 逃亡するためか?』


 知覧は結社の一団が進む先に目をやるとそこにある森を見た。まさか、結社のやつら森を目指しているのか? やつらは森の禁忌の番人ではないのか?


 だがやつらも結社の一員であると同時に一の街の住人だ。つまりやつらも人質を取られている。そして軽装で騎兵を除けばもっとも素早く移動することができる。


 右翼の住人達は全部おとりであの狂人、王弟は鼻から結社のやつらを贄に使うつもりだったのか?


 そもそも結社の人間を従軍させるという時点で普通の人間には想定外の話だ。やつがそれを行った時点で気付くべきだった!


「のぼりを上げろ!左翼にやつらを迎撃させろ。なんとしても捉えて森にはいかせるな!」


「森ですか?」


 従卒役の男が呆気に取られた顔で答えた。こいつらは全くこの危機を理解できていない。想像力の欠片もないのだ。


 知覧は怒鳴るように指示をだした。もう冷静な振りなどしている場合ではない。


「騎兵だ!手持ちの騎兵を全部左翼に回して左翼の兵と合わせてやつらを包囲させろ。前衛もやつらを追いかけろ!後ろから弩弓で仕留めるんだ」


 だが呆然とした思いの知覧の前で、こちらの伝令が届く前に前衛が結社の一団を追いかけるべく坂を駆け下っていた。前衛を率いるのは知覧の長男だ。


 子供のころは病弱で後継ぎとしては心配したが、少なくともこの危機に自分で考え、行動できる男に育ったらしい。


 知覧は焦る気持ちの中で少しだけ救われる思いがした。そして次男が率いる騎兵隊もいち早く砂塵を上げて左翼に向かう姿も見える。


 大丈夫だ!息子たちがこの危機を、「塊の街」を救ってくれる。

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