神様
「世恋さんから教えてもらった、女性向けのお店が並んでいる通りって、多分この辺りだと思うんだけどな」
さっきから同じような所をぐるぐる回っているような気がするのは気のせいでしょうか? 少なくとも衣服店らしきものは見当たらないですよね。
「赤娘、その地図とやらを我に見せろ。お前は信用できない」
「お姉さま、その地図ですけど、上下が逆さまではないでしょうか? 北はこちらですけど……」
「え……あれ? いつのまに反対になったんだろう」
さっき通りの方向に合わせようとして回した時かな?
「反対なのは地図、それとも方向?」
「地図です!」
地図を回して、北はこっちか?
「あの、両方を変えたら同じになります」
あっ!そうでした。これは素直に実季さんに渡した方が良さそうだ。何で街中って、正方形に街路を区切るんですかね? しかも同じような建物が多すぎです!これでは森の中での現在地の確認の方がよほどに楽です。
「ごめん、実季さん。地図をお願いしてもいいかな?」
「分かりました。でも先ずは現在地が分からないとだめですね」
実季さんが通りを歩いていた人に声を掛ける。そうか、最初から聞けば良かったんだ。何せ乙女のお願いですからね。右目をぱちぱちぐらいすれば、きっと皆さん丁寧に教えてくれるはずです。
「赤娘。お前、なんかとんでもないことを考えているな」
「何だと!右目をぱちぱちして教えてもらうのの、どこがとんでもない考えなの!」
「やはりそうだ」
「お姉さま、百夜さん。一本向こう側みたいです。街の反対でなくて良かったです」
「ふふふふ……しっぽ娘。本音が出たな」
実季さんの顔が蒼白になる。
「お姉さま……これは……その……」
実季さん、そんなに焦るような話じゃないですよ。時間は十分にあります。でもここでこの体たらくだから、関門なんかに行ったら案内役は無理ですね。
「実季さん、私の勘がかなり近いところまで連れてきてくれていたという事ですよね!」
「はい、お姉さま!その通りです!」
何をあくびをしている百夜。行くぞ皆の者。ここからが乙女の戦いです。
* * *
「白蓮さん、着替えてみましたけどいかがでしょうか?」
千夏さんが紺色の簡礼服を着て、僕の前でくるりと回って見せた。彼女の黒い髪がその動きに合わせてふんわりと広がる。気のせいか、かすかにとてもいい香りも広がったような気がする。
そうか、しばらく森に潜っていないから、マナ除けの匂いも消えているんだな。これが彼女本来の香りなんだろうか?
「よくお似合いですが、こちらのお嬢様には少し地味かもしれません」
それを見た店員が千夏さんに声を掛けた。
「地味ですか?」
「はい、お嬢様の髪に合わせるのであれば、白系統のものの方がお似合いのような気がします」
一般的な簡礼服じゃだめなんですかね? これってよく見るやつですよね。
「地味か……。まあ千夏さんは今回の主役でもあるからね。少しぐらい目立つ服じゃないとだめかな?」
「私は白蓮さんが似合うと思う服であれば何でもいいですよ」
それが一番困る答えなんだけどな。
「会食は夜でしたよね」
「そうです。彼女のお披露目会もかねてという感じですかね」
「ご婚約のお披露目でしょうか?」
何だろう。店員さんの目がキラリと光った様な気がする。これはまるで獲物を見つけた打ち手の目そっくりじゃないのか?
「いえ……そうでは……」
あの僕の話を聞いています? 店員は僕の回答なんて待つことなく、千夏さんの手を取ると、奥の服を吊るしてある棚の方へと移動していった。
「それでしたら、やはり夜会服仕立ての方がお似合いかと思います。そのような場では華やかさも大事ですが、ご家族もいらっしゃると思いますので、かわいらしさや上品さを出すことも大事になります。こちらの白のかわいい感じの夜会服はいかがでしょうか?」
店員は棚から吊るしの夜会服やら小物やらを次々と取り出すと、大きな卓の上に乗せて千夏さんに見せていく。千夏さんが後ろに取り残された僕をふり返って、店員に見えないところで両手を広げて見せた。
「お客様の髪や目の色にもあっていると思います。ちなみに会場の壁や床の色はなんでしょうか? もしそちらが白でしたら、真っ白より少し淡い色、そうですね、淡い桃や肌色で温かみを出すのもいいですし、淡い青で上品で清楚な感じを演出するのもありだと思います」
まあ、これが本当に婚約のお披露目であれば、店員は僕なんかより主役の彼女に必死に売り込みを図るのは当然の成り行きか。違うと言うとまたややこしくなりそうだ。ともかく服が決まるのであれば事情を説明するよりも、このまま店員に頑張ってもらうに越したことはない。
「胸元にこちらの銀の首飾りなどを一緒につけていただければ、より上品な感じに……色がある石でもいいですが、夜でしたら透明な瑠璃のものの方が灯が映えて……」
店員の千夏さんへの売り込みはさらに熱がこもっているらしい。千夏さんも女の子ですね。さっきは両手を上げて見せてたけど、今は真剣に店員の話を聞きながら夜会服を自分の胸元にあてて色と形を見ている。
通りに面したガラス窓の近くにある来客用の椅子に座る。前にはもう冷めてしまった茶が二つあった。とりあえず器を手に取って口に持っていく。用哲さんが家族で買い物に行くと、俺はいつも蚊帳の外だと言っていたな。まあその通りですね。今日の僕の役割は最後の支払いと荷物持ちだ。
「実季さんに似合いそうな服があるのはどの店かな?」
「赤娘、我のも忘れるなよ」
「先ずは実季さんです。お子様は後です」
聞きなれた声が耳に届いた。その声に一瞬で血の気が引くのを感じる。僕はなんて間抜けなんだ!
一人で行かせるか、創晴さんに行ってもらうべきだった。ふーちゃん達だって服を買いに来るに決まっているじゃないか。世恋さんから服を借りるもんだと思い込んでいた。よく考えれば胸元の大きさが合う訳がない。だが後悔するのは後だ。どう避けるか考えるのが先だ。
店はここだけじゃなくて数軒並んでいる。もしふーちゃん達が他の店に入ったら、さっさとここから逃げる。それしかない。服を決めるのはふーちゃん達が帰ってからゆっくり決めればいい。別に明日でもいいんだ。休暇は創晴さんに千夏さんが泣き落としでもなんでもして、ねじ込めばよい。
ここに入ってきたらどうする?
裏から出る? それとも隠れる? ともかくここに来ないことを祈るしかない。
「ここはどうかな? よさげじゃない? 店構えも立派だし」
外からふーちゃんの声が聞こえた。僕の祈りはなんて無力なんだ? 隠れられそうなところは……
「お姉さま、ここはちょっと高そうな気もします。通りの向こうの、もう少しこじんまりとした店の方がいいような気がしますが……」
神がいなくても女神がいた。実季さん、あなたは僕の救世主です。
「そうかな? 百夜は?」
「我はどこでもいいぞ」
「それじゃ、先にあっちの店を見ましょうか?」
店の前から足音が遠ざかっていく。女神様、ありがとうございました。本当に助かりました。
「白蓮さん!」
不意に横合いから声がかかった。千夏さんがとてもキラキラした目で僕を見ている。
「千夏さん、気に入ったのはあった?」
何を言っているんだ? キラキラした目にやられて思わず相づちを打ってしまった。そんなことより可及的速やかに撤退しないといけない。
「はい、この薄い肌色のものが気に入りました。後ろの紐で大きな蝶々結びが出来て、これがとてもかわいく見える気がします。小物もこれに合わせて淡い黄金色のものをあつらえてもらうことにしました。白蓮さん、でも本当にいいんでしょうか? これって決してお安くはないですけど……」
決まって何よりです。ではさっさと払って店を出ましょう。価格などというのは二の次三の次です。
「それは良かったです。払のことは気にしないでください。これでも一応は新種を何匹か狩ったことになっているらしいので、報奨金を担保に組の支払手形を借りられました」
「ありがとうございます!」
千夏さんが僕に抱き着いてくる。いや、本当に気にしないで欲しい。それより抱きついてくるのだけは勘弁して下さい。こんなの見られたら絶対に誤解される。弁明の余地なんか絶対に与えてくれない。間違いなく短刀ですよ!
「じゃ、支払をすませて……」
「ではこちらで一度お召しになって下さい。寸法合わせをさせていただきます。お時間を少々頂くと思いますので、どうぞそちらでごゆっくりおくつろぎになってお待ちください」
えっ、寸法合わせ。そんなの聞いていないんだけど。
「何あれ、絶対におかしい。何であんなに胸元開いているのばっかりなの? どこであんなの着るのよ!」
「前に似たようなのをおっぱい女が着ていなかったか?」
「あ、そうかも。初めて会った時に来ていた奴だ。歌月さん用ってこと?」
「そうだな。お前はいらないな」
「あんたはもっといらないでしょう」
「赤娘、お前は我を馬鹿にしているな」
「もういいです。忘れましょう。最初からこっちにすればよかった」
表から声が聞こえてくる。神様は僕を見捨てたらしい。手すきの店員を捕まえる。
「ちょっとおなかの調子が悪いみたいなので、手洗いに行ってきます。連れのものが戻ってきたら、待っているように言っておいてください」
「はい、承知しました」
僕に隠密の力があったら良かったのに。あ、それはふーちゃん達には効かないか……。




