お誘い
「やっぱり研修所のお昼ご飯は最高だよね」
「うむ、これは良いぞ」
百夜と実季さん三人で、研修所の食堂でとてもおいしいお昼を頂いております。ちなみに私のお昼はから揚げ定食です。ですが最近はこの手の料理を見ると、元は実は鳥もどきなのではという妄想に囚われそうになります。選択を間違えましたかね? でもこれの揚げたての匂いには勝てそうもないです。
「今日ここが終わったら、伊一さんのお見舞いにでもいく? もうすぐ病室を出られそうだという話だし、きっと退屈しているよね」
「いや、お前が行くとうるさいと思うぞ」
百夜がボソリと呟いた。何だと、私がお邪魔虫みたいじゃないですか!? それにその手は何だ? その唐揚げは決してお前のではないぞ。
「そんな事はありません。そもそもお前がそんな変な事を言うから、うるさくなるんでしょうが!」
「あのお姉さま、他の方がこちらを見ているみたいですが……」
すいません。またここは酒場じゃないって怒られますかね?
私の勤め先だった左2の監視所は、あのとんでもない奴に完膚なまでに叩きのめされて、今は瓦礫の山というか、瓦礫が散乱しただけの場所に代わってしまった。さらには監獄も燃えて崩れてしまったという事で、今はこの研修所の一部が囚人の仮の収容所になっている。
もちろん囚人全員を入れる事はできないので、刑期の短い人達は罰金刑に変更されたり、自宅軟禁になっていて、ここに収容されているのは刑期が長い人達だけだ。
そういう訳で、私達はその人たちの監視役として研修所の昼飯にありつけているという次第です。宿舎も久しぶりの研修所だ。世恋さんのお家はとても快適なのだが、駆け出しが勤務先に毎日行くにはちょっと遠すぎる。
もっともここに来れたのは最近で、監獄から城砦まで戻ってきた後はまるで囚人のように缶詰にされて、監督方やら物見方やら書庫方やらに、根掘り葉掘り「神もどき」について聞かれまくりだった。まあ聞かれても、あれが燃えやすいのと、人を支配できること以外は何も知らないので、長い間拘束された苦労の割にあまり役に立てたとは思えない。
私達が大したことを知らないことについては、あの学心という司書の人もとてもがっかりしていた。だけど知らないものは知らないからしょうがない。でもあのおじいさんは百夜にもとっても興味をもったみたいで、今度好きなものをおごるから、マ石について話を聞かせてくれと百夜に必死に頼んでいた。
弥勒さんと言い、学心さんといい、どうも百夜は世の学者と呼ばれる人達から大人気らしい。まあその辺にそうそういる奴じゃないですからね。こいつが周りに一杯居るなんて考えたら、神もどきなんかよりよほど恐ろしいと思います。何せ性根がねじ曲がりまくっています。
そんな事よりとてもうれしかったのは、桃子さんと念史さんが無事だったこと。あの炎だったから正直無理かと思っていたのだけど、二人ともちゃんと水に潜っていて助かったらしい。桃子さんも念次さんも流石です。やっぱり冒険者という奴は生き残ってなんぼですよね。
「あれが赤毛組か?」
「あの新種を狩った奴がいる組だろ」
目下の悩みはというとこれです。白蓮が新種なんてものを立て続けに狩って目立ってしまったもんだから、あちらこちらから「あれが赤毛組だ」なんていう呟きを聞く羽目になってしまいました。まあ、それぐらいならいいですけどね。大概は、その後に……
「あの子もそうなのか? 組専任の事務官補佐じゃないのか?」
なんてひそひそ話を聞く羽目になる訳です。もうなんだかな。全て白蓮が新種なんてものに会うからよくない。もしかしてあいつには新種を引き寄せる、つまり災いを呼び寄せる何かがあって、私達は単に全部それに巻き込まれているだけじゃないですかね?
これは適当男疑惑に続く新しい疑惑ですよ。新疑惑!
それに実季さん、発言者に向かって殺気を送るのは止めましょう。敵を増やすだけです。それより最近の白蓮については新疑惑以上に気になっていることがある。
「ねえ、百夜、実季さん。白蓮って最近は少しいい気になっていない?」
「何だ、そのいい気というのは?」
「あんたも見たでしょう? 事務官補佐のとってもかわいい子が、白蓮に『白蓮さんですか? 握手してもらっていいですか?』とか言われて喜んで握手していたの」
「あれか? あれも男だろ。女が寄ってくるのは良いことではないのか?」
「何がいいの?」
「種付け出来るだろ」
「種付け!」
「男は女に種付けするために居るのだろう? 赤娘、な、なにを……」
「この口か、この口が『種付け』と言ったのか!」
「あなた達、昼間から何の話をしているの?」
百夜の頬をおもいっきり引っ張っていると、不意に背後から声がかかった。
「桃子さん!」
まだあちこちと包帯は巻いているけど、顔色は元気そうだ。良かった良かった。
「探索方からあなた宛てに私信が来ているわよ。それに研修も再開するみたいだから、監督方や研修組から私のところに苦情なんてものが来ないようにしてくれないかしら? 来たら囚人と一緒に閉じ込めるわよ」
桃子さん、それって冗談ですよね。でも顔が本気にしか見えないんですけど……
「はい、桃子さん。気を付けます」
桃子さんが私達の机に私信の封書を置くと、食堂の奥へと去っていく。やっぱりこの人はかっこいい。でも探索組から私宛の私信って何だろう?
封書にある印は、何だ白蓮からじゃない。直接言いにくればいいのに、偉そうに何をもったいぶっているんだ? 何故か腹が立ってきたが、封を切って中を確認する。
「ご苦労さん会」
なにそれ?
* * *
「是非に無限さんや仁英さん、用哲さんにも参加していただきたいのですが……」
白蓮は組事務所で用哲と仁英に頭を下げた。個人的には自分の命がかかっているような気もするので、地面に頭をこすりつけてお願いしたい気分です。
ふーちゃんもさすがに探索組のお偉方の前で、短剣もって僕の首を狙いには来ないと思うんですよね。それにちょっと格式ばった感じにした方がいいのでは、という世恋さんからの忠告もあるんです。
「お前、何を寝ぼけたことを言っているんだ。お前は新種をやったおこぼれで休みを取ってやがるが、こちとら不眠不休という奴だぞ」
仁英さんが僕をいかにも痛い奴という表情で見ている。
「あれ、しばらく潜りは中止じゃないんですか?」
みんな暇をもて余しているもんだと思っていました。さっき廊下であった創晴さんは暇で体がなまるって言ってましたけど……
「潜りは中止だがな、結社長の鶴の一声で限界線の先に探索路をもうけてそこから先を目指すらしい。その計画作りやら人員予定やらでてんてこ舞いだ。もう二日も家に帰れてない。この分だと多分今日も無理だな。仁英はどうでもいいが、俺には嫁さんと子供がいるんだぞ」
それはご愁傷さまです。用哲さんが僕に目配せをする。なんだろう。一呼吸おいてから、さりげなく席をたって給湯室に向かった用哲さんの後を追う。
『警戒』『確認』
給湯室で茶を入れていた用哲さんが、白蓮に後ろ手で手信号を送ってくる。さりげなく辺りの様子を伺うが、辺りに誰かが居る気配はない。
「大丈夫です」
小声で用哲さんに答えて、隣でお茶の準備をするふりをした。
「これは一部の者しか知らない話だが、限界線を超えて潜っていた穿岩卿達があっちの世界に行っちまったらしい。さすがにうちは直接関わったから上から説明があった」
「穿岩卿達がですか!?」
あの人達がやられるなんてのは想像もつかない。みんなとんでもない人達だって聞いていたけど。
「そうだ、創晴やお前が助けた呪符卿や堅盾卿は穿岩卿達と一緒に潜っていて、帳の蝕に遭遇して彼らだけ生き残ったらしい」
蝕? 確か帳が集まるというとんでもないやつという話だったが……
「蝕ですか? 帳がここに?」
確かに一匹とやりあいましたけど、あれが群れなんかで来られた日にはたまったもんじゃない。あれには黒青川も約には立たない。
「いや、限界線のはるか向こうだからな、流石にこっちまで蝕の影響があるとは思えない。だがあの人達はそこでとんでもないものを見つけたらしい」
とんでもないもの? なんだろう?
「新種ですか?」
ふーちゃん達が神もどきと呼んでいる、あの「大高森」以上のものが出てくるなんてのは勘弁して欲しい。
「マ者じゃない。穴だそうだ。こちらもそれ以上の説明は受けていない。だが上はこの城砦の持つ力も金も全てをつぎ込んでそこに行くつもりらしい。この件に関しては問答無用みたいな感じだった。どうやら一連の新種騒ぎもそれが絡んでいるという風に上は匂わせていたから、表立ってそれに反対する奴はいない」
「それでですか……」
「そうだ、実質的に現在の限界線の二倍近い所までたどり着くための段取りを考えろと言うお達しだ。だが『大高森』と千夏が呼んだ奴やこの一連の新種騒ぎで、大店組を中心に一部の奴らはここに見切りをつける奴も出ている。研修組もそれの後釜を埋める為に忙しくなるという話だ」
「色々と変わりそうな感じですね」
「めんどくさい事この上ない話さ」
そう言うと、用哲さんは深くため息をついて見せた。
「その『ご苦労さん会』とかでお前の組の者や親しいものに千夏を紹介するのだろう? 正直なところ、俺としてはあの子を表に出すこと自体はあまり賛成できないが、千夏の件は半分はこちらで押し付けたようなものだし、お前の立場も考えれば仕方がないだろうな」
「そうですよ、最初の押し付け先が間違いの元です」
創晴さんの弟子にすれば、何の問題も無かったんです。
「そうかな? 俺はそうは思わんぞ。創晴は連れて行ってやれ。お前と千夏が二人でどこかへ行ったなんて話を聞くと、間違いなくいいところにでも行って午前様だからな。あれも周りをよく見れば、好意をもっている女性が大勢いることぐらいすぐに分かりそうなものだが……。まあここは無限さんを筆頭に、その辺りの免疫がない奴らばかりだな」
やっぱり創晴さんて、もてますよね。多分それに気が付いていないのは本人だけだと思いますよ。ふーちゃんと同じ種類の人間だな。
「分かりました」
「だがさっきの話はお前の組の者にも絶対にしゃべるな。この件については創晴にも釘をさしてある。そこだけ気を付けて楽しんでこい」
用哲さんはそう言うと、僕の肩をポンと叩いた。あ、そうだとても大事な事を忘れていた。
「用哲さん、最後に一点だけお聞きしたい事が……」
「何だ?」
「新種の報奨金の件ですけど、それって前借することは可能でしょうか?」




