禁書
「三春さん、ただいま!」
その声に三春が玄関を開けると、両手に革の旅行鞄を持った弥勒が立っていた。どうやら馬車駅から直行してきたらしく、鞄には馬車の上に載っていた間の土埃が付いたままだ。
「あら、弥勒さん。やっとお帰りですか」
弥勒に対する三春の声はちょっと冷たい。
「色々と調べ物をしていたら遅くなってしまいました。でも収穫はありましたよ。あの方の威光で禁書庫迄開けてもらいましたからね。似ているとは思ったけど、何が違うのか分かりました。まだ幼生だからなんですよ。だから不完全なんです。間違いありません」
弥勒が三春の手をとってさも嬉しそうに語りだす。三春は弥勒に対して溜息をついて見せた。
「趣味ばかりではこまりますよ。副業もちゃんとやらないと。城砦は新種騒ぎで大変なのは知っていますか?」
「流石にその件については先触れで知ってますよ。勘違いしないでください。滞在が長引いたのは趣味だけじゃなくて、その件に関する指示を待っていたのもありますからね」
弥勒はさも自分が悪くないとでもいうように、三春に向かって両手を上げて見せた。
「それに、先生がいない間に風華さんがここに遊びに来ましたよ」
「えっ!」
三春に対してさっきまで余裕の態度を見せていた弥勒の顔に、しまったという表情が浮かぶ。
「それはまずいな。新人だし上納もあるからこんなに早くここに来るとは思っていなかった。彼氏やあの子は?」
「一人だけでした」
「それはせめてもの救いだな。皆で来られたらせっかくの僕の努力が空振りになるところだった。でもあの子達は関係ないと思いますね。こちらの誰かとつながっているなんて冗談でも想像できない。たまたまじゃないかな? あのおっかない人の機嫌が良かったとかね」
「しっかりしてくださいよ先生。『たまたま』なんて報告書に書けますか? 私だって報告書に報告出来ない理由を書くのも、もうネタ切れです」
「はいはい、三春さん。ご迷惑をおかけしてすいませんね。でもね、色々と出てきて色々と動き出したからね。これからが本番ですよ。これからです」
そう言うと、弥勒は城砦の方へ顔を向けて、うっとりとした表情を浮かべた。
「早くあの子にもう一度会いたいな。僕の仮説を検証しないといけない」
* * *
終末記、禁書の中の禁書の一冊。少なくとも名前だけは知られている書。なぜだ、どうしてこの書庫にその存在の痕跡がない?
「何故だ?」
学心は禁書の山から顔を上げるとそう呟いた。この本については直接に目にしたことはない。内容については誰かから聞いただけだ。誰だった、思い出せ。
そうだ、先代の結社長だ。自己顕示欲が強く、誇大妄想。ある意味、生粋の冒険者とでもいうべき俗物だった。奴が月貞に頼まれて、一緒ならと特別に許可したとかと言う話を自慢した時に聞いたのだ。詩とも文章とも思えぬ、よく分からないつまらぬ文章だと言っていた。その中の奴が覚えられそうな一節が、
「かく邪悪なるもの。それに近づき者はすべて邪悪なる者の僕とならん」
だった。他にも何か言っていたが、そもそもそいつ自体がよく分かっていない話だったので、聞きそびれたのだ。だが月貞はそれを間違いなく見ているということだ。おそらく今ではこの世でそれを読んだことがある奴は月貞だけだ。先代の結社長はその話を聞いたすぐ後に、関門に向かう馬車の事故で死んだ。
『あれは本当に事故だったのか?』
学心の心の中に疑念が浮かんだ。月貞が己以外の終末記を見たものを消すために仕組んだのではないのか?
あの男ならやりかねない。それに月貞は「あれは封印者なんだよ」と言った。終末記の存在自体を消そうとした男が、それを見たものをあの世に送った男が、その内容に関わる話を漏らすだろうか? 辻褄が合わない。
違うな。あの男らしい余裕の見せ方だ。あの男は儂が決してその内容にたどり着くことはないと、高を括っているのだ。何とも腹ただしい話だ。こちらとしては何としても奴の鼻を明かさねばならない。終末、封印、邪悪。いくつかの元になる言葉はある。それに探すべき書物もマ者の生態などではなく、予言や伝承に関わる本だ。
それらの記述の断片を注意深く集めれば、終末記そのものまでは至らなくても、その内容を推測する事はできるかもしれない。
それにはもう一つの禁書の中の禁書。歴代の司書達が積み重ねた努力の証、「索引」がある。
月貞、あんたは儂からすべて隠し去ったと思っているかもしれない。だが、あんたは本物の司書じゃない。きっと何かの目的のために、その手段として司書長になったのだろう。だから儂は司書の意地にかけてあんたに挑戦する。
歴代の司書たちの努力の結晶を使って、あの男が何を隠したのかを、何を知っているのかを炙り出すのだ!
これにて探求編終了となります。




