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脱出

 私の目には、神もどきが弾き飛ばした木片は、赤い炎の手がゆっくりと、ゆっくりとこちらに手を伸ばしているように見えた。


「ふーちゃん!」


「赤娘!!」


 白蓮と百夜の叫び声も聞こえる。二人の声もゆっくりと私の耳に届く様に感じられた。死ぬときには昔の事が見えたり、周りがゆっくりと見えたりするとか聞いたけど、これがそれだろうか?


 ズドン!ズドン!


 何かが落ちた音と共に、私の周りで急に世界が動き出した。その衝撃に思わず尻もちをついてしまう。落ちてきたそれは赤く燃えた荷車の車輪だったり、もう元が何かわからない木片の数々だ。


 その全てが、赤い宝石をまとったかのように真っ赤な光を放って輝いている。偶然にも直撃だけはしなかったらしい。だけど私の周りはそれらがあげる炎の壁に囲まれていた。


 大外套に革の上下を着ていても、その熱が肌に感じられ、呼吸をすると喉が肺が焼かれるように痛い。苦しくて上を見上げると、炎の揺らめきの向こうに、ぽっかりと空いた天井穴が見えた。


 その丸い穴の真ん中に小さな羊雲が一つ漂っている。そこにあるのは私がいつも見ていた青い空だ。いつも見ていたはずのただの空なのに、何も特別な事はないのに、今はそれがとても愛おしく感じられる。


 肌は肺は耐え難い熱と痛みを感じている。もう間もなく私の命は潰える。でも私の死は無駄じゃない。私は白蓮を、百夜を救うことができた。今度はあの向こう側からあなた達を見守る。約束する。死んでも私はいつも皆と一緒……


「風華さん!」


 一陣の風が炎の壁の向こうから現れたかと思ったら、尻もちをついていた私をさっと抱き上げた。そして私の体を大外套の中に押し込める。誰かの駆ける音と、大外套の向こうからでも感じられる熱気を過ぎたかと思うと、私の体が大外套の中から転がり落ちた。


「伊一さん!」


 彼の大外套の裾が燃え上がっている。


「も、燃えて……」


 誰かが彼に水をかけた。実季さんだ。そのしぶきが私にもかかる。その飛沫は伊一さんの背後にあった扉にも当たってしゅうしゅうと音を立てた。


「実季、角灯だ。急ぐぞ。扉が持たない。それに監獄自体も持たない」


「お姉さま、こっちです」


 伊一さんと実季さんの二人に追い立てられるように、石で囲まれた通路を抜ける。


「ふーちゃん!」「赤娘!」


 馬車に括りつけられた角灯の黄色い灯に照らされて、御者席に白蓮が、扉の向こうに百夜の姿が見えた。三人で馬車に飛び乗る。


「百夜、丸焼きにならずに済んだよ!」


「いたい、いたいぞ!抱きつくな赤娘」


 その声に、思わず抱きついてしまった百夜から離れる。


「お前は我の餌だからな、勝手に丸焼きになるな。お前を食うのは我だ」


 これだけ憎まれ口が叩けるのだ、百夜も間違いなく大丈夫だ。


「行きます!」


 白蓮の掛け声に、馬車が地下から地上への出口へと向かう。背後では「ズドン、ズドン」と何かが崩れ落ちる音が響いている。


「監獄の壁が落ちている。これで奴も終わりだ」


 実季さんから火傷の手当てを受けながら、伊一さんがぽつりとつぶやいた。


「終わったんでしょうか?」


「終わったんだよ、風華さん」


 伊一さんが私に頷いてくれた。その姿に思わず全身から力が抜けるのを感じる。


「百夜さん、百夜さんの肩をはめます。すこし痛みますが、馬車が動くと振動で痛みますから我慢してください」


「しっぽ娘、ちょっと待て。これは痛い、痛いのだ」


「お姉さま、しっかりと抑えてください。動くともっと痛いですよ」


「待て、待て、ぎゃあああああああああ!」


 そうだ、桃子さんと、念史さんはどうしたんだろう。


* * *


「遠見卿!か、監獄から火柱が上がっています」


 見張員のひっ迫した声が、伝声管から物見方に響き渡った。


「手を貸してくれ給え」


 遠見卿は副組頭の手を借りると、体を横たえていた長椅子から起き上がった。そして体を引きずるように、だが足早に外の物見台への階段に進む。状況確認の為に物見方に上がってきていた柚安も、遠見卿に続いて物見台へと進んだ。


 外に出てみると、見張り員の言う通りに監獄の天穴と思しき所から灰色の煙と真っ赤な火柱が上がっている。遠見卿は腰から遠眼鏡を取り出してそれを見た。


 だが起きていることを理解するだけなら遠眼鏡などいらない。一目瞭然だ。あの全権を要求してきた司書か誰かは分からないが、誰かがあのとんでもないマ者を狩ったのだ。


「我々は助かったのか?」


 遠見卿は振り返ると、柚安に問いかけた。その顔には安堵とも不安とも、どちらとも言えない表情が浮かんでいる。


「さあ、どうでしょう? 蒸し焼きにすると言ってきた後で、監獄から何か連絡はあったか?」


「準備完了以降はなしのつぶてです。もっともあれだけ派手にやったら……」


 柚安は手を振って監視員の話を止めた。この男の感想などいらない。


「城砦からの避難の実施については、監獄と新種の状況の確認をしてからの方がよさそうですね。誰か人をやりましょう」


「そうだな。それがいいだろう。柚安君、その手配と結社長への報告を頼む」


「はい、遠見卿」


 柚安は遠見卿に頷いた。すぐに送りますよ。個人的にも、ある人の安否はとても気になるんです。


* * *


「あ、あのとんでもない煙はなんだ? それに気のせいか下の方は真っ赤に見える」


 千夏の肩につかまって歩いていた帆洲(ハンス)が創晴に問いかけた。


「あの方角は監獄か? あの化け物に、監獄までやられちまったというのか?」


 そう答えた創晴に向かって千夏は首を横にふった。創晴さん、何を勘違いしているんですか?


「創晴さん、違いますよ。白蓮さんが『大高森』を狩ったんです」


「ちょっと待て千夏。なんであれを見て、白蓮が『大高森』をやっただなんて分かるんだ!?」


「決まっているじゃないですか、女の勘ですよ。でもこれは絶対に当たっています。自信があります」


「あのな、お前が奴にぞっこんだからって……」


「ふ、ふふ、ふふ……」


 創晴の背中から小さな含み笑いが聞こえてくる。


「姉さん?」


「英雄は来たるね。子供の頃のおとぎ話そのもの……ごっほ……」


 背負子に乗せられた授符卿が小さいがはっきりした声で告げた。そして咳き込みながらも言葉を続ける。


「私もあの人が狩ったと思う」


「おい有珠(ありす)、死にかけてお前までおかしくなったか?」


「姉さん、無理は……」


「大丈夫よ、帆洲。だってこんな楽しいことが起きてるのよ」


 呪符卿が背負子の背に頭を預けながら、弟の堅盾卿の方を見た。その唇にはかすかな笑みが見える。


「まだとても死ねないわ」

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