狩手
「総打ち。15、8、5、3、放て!」
長弓隊隊長の掛け声と共に長弓隊の弓弦の音が連続して響いた。
数砂(数秒)をおいて、その黒い矢は、一の街の住人を中心とした辺境伯軍左翼に突入しようとしていた、「魁子爵領軍」右翼の前列5杖(5m)ほどの範囲に降り注いだ。
前に盾を構えていた「魁子爵領軍」の兵は上から降り注ぐ黒く長い矢に射抜かれてバタバタと倒れる。お返しとばかりに「魁子爵領軍」の前衛から放たれる弩。今度は一の街の住人何列かのものがその弩に射抜かれて倒れた。
「片打ち、10、6,10、2、放て!」
再び、長弓隊隊長の声が響く。今度は坂の途中で足を止めていた一の街の住人たちの上に黒い矢が落ちた。
矢に肩を射抜かれた男の叫び声がこちらの右翼の方まで響いてくる。途中で止まっていた者達はあわてて坂を下り、「魁子爵領軍」右翼へと向かう。
矢を避けて坂の上に上ろうとしたものも何人かいたが、それらは衛士隊の槍につらぬかれ、打ち捨てられた人形のように坂を転げ落ちていった。
双方の先頭が交わり、槍が交わる甲高い金属音、盾に何かがあたる鈍い音、悲鳴、それらが重なりあって一つの唸り声のように聞こえてくる。
これが地獄というものだろうか?
白蓮の体の震えはより一段と激しさを増した。左手の腕につけた丸盾が留め具の留め金にあたり、ガチャガチャと耳障りな音をたてる。
さすがに死線を潜り抜けてきた結社の冒険者たちは、白蓮のような醜態をさらすものはいない。
いや一人だけ例外がいた。ちょび髭徴税士が白蓮と同じように体を震わせながら、白蓮と同じく金属がぶつかり合う音を響かせている。
よく見ると結社の冒険者たちも小さく体を震わせたり、髭をびくつかせたりしている。みんな僕と同じく怖いんだ。そのことが少しだけ白蓮を落ち着かせてくれた。
「そろそろですかな、『追憶の森』結社長殿」
低く重い旋風卿の声が響いた。この人の声は全く普段と変わりなく聞こえる。一体なんて人なんだろう。
「向こうの中央も動き始めたようですね」
旋風卿が指差した「塊子爵領軍」の本陣で、背に旗をさした騎兵がこちらの左翼側に動いていくのが見えた。そのあとに本陣にいたらしい予備隊が続こうとしている。
背後の衛士隊を恐れて突撃する一の街の住人達の勢いが意外と侮れないのを見て、増援を送ることにしたのだろうか?
彼らの右翼も本森を背に背水の陣を引いている。向こうにしてみれば右翼が押し切られたらすべてが終わりだ。
「確かに頃合いだな、旋風卿」
長は結社の全員の前に立つと、結社のものだけに聞こえる大きさの声で語りだした。
「お前たちを救えなかったことは、全てわしの力不足だ。許してほしい。だがお前達の家族や囚われの仲間達の運命はまだ決まっていない。わしたちの働きにすべてかかっている」
そこまで告げると全員の顔を見渡した。
「我々はこの坂を下りきったところで中洲のこちら側を右手に進み、塊の街の隊列を突破してとび森まで一気に突撃する」
長はそれを聞いてざわつく冒険者たちに向かって片手を上げてそれを止めると話を続けた。
「とび森に入ったら森沿いの探索路を進み、塊の街本陣横で森を出る。風使いと閃光使いは坂を下りたところで砂塵と目くらましで我々の姿を隠せ。右手に進んだことを分からせるのを少しでも遅らせろ。ぐずぐずするな。とび森に向かうとばれたら塊の街の中央も、とび森の前の隊もすべて我らに向かってくる。塊の街のものだけではない。従わなぬわれらの上には衛士達の矢も降ってくる。振り返るな。立ち止まるな。川床沿いにただひたすらとび森を目指せ」
冒険者達が長の言葉に頷いて見せた。長は旋風卿を指さすと、再び口を開いた。
「先陣は旋風卿だ。卿の槍でとび森の前にいる塊の街の戦列に穴をあける。必殺や投擲の使い手は卿を狙う弓兵を排除しろ。マナ使い(炎や風、つぶての使い手)達はありとあらゆるものをぶつけてやつらを混乱させろ。森に入った順で一列縦隊で進む。誰が倒れようが何が起きようがひたすら前へ進め。森を出たら生き残り全員で追ってくるマ者を迎え撃つ」
長は居並ぶ全員を再度見渡すと、今度は力強い声で告げた。
「我々の剣はマ者を貫く。皆の者!今日も良き狩手であらんことを!」
今度は居並ぶ冒険者全員が長の言葉にうなずくと、一斉に右手を上げて長に向って手信号を返した。
『我々の剣はマ者を貫く。良き狩手であらんことを』
そうだ僕ら冒険者は常に良き狩手であらねばならない。恐れがどこかに消え、体の底から今までとは違う震えが全身を駆け巡る。
「では行きますか?」
旋風卿はそう一言告げると、外套を翻し前へ進んだ。冒険者達は旋風卿を先頭に全員一丸で坂を駆け下る。
戦の始まりだ。いや、生き残りを掛けた森への潜りの始まりだ。




