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警戒

 白蓮に探知の力は無い。だが探索組に預かりとして所属してからの知識と経験によれば、近くにマ者の気配は無かった。新しい糞も、枝についた羽も、幹や大地に付けられたかぎ爪の跡もない。餌を探したらしき兆候も全く無かった。


『安全』『前進』


 白蓮は後ろに続く千夏へとその結果を手信号で送る。同時に千夏の位置と城砦の位置も確認した。しばらく誰も潜っていなかったから何も情報はない。無限さんと僕が潜っていたのが最後のまともな情報という奴だ。


 だがどう考えても、その時と今の森が同じものとは思えない。あれだけ響いていた渡りの鳴き声が全く聞こえないのだ。まだ営巣地からは離れているが、狩りに出た渡りの姿を、やつらが餌をめぐって争う声を全く聞かないというのはどういうことだ?


 それに奴らの餌になる顎の幼生の気配もない。千夏さんの探知にも引っかからないし、奴らの移動の跡や、奴らが身を隠すために集めた落ち葉の跡も全く見当たらない。この辺りの顎の幼生は狩りつくされて、渡り自体も餌場を別に変えたのだろうか? だが雛が居れば営巣地自体が移動する事はない。


 どうも腑に落ちないことだらけだ。無限さんが居ればこの状態でも何かの痕跡を見つけられるのだろうが、僕では目を皿のようにして、地面はもちろん、木の幹や上を見上げても、一向に何の兆候も見つけることは出来ない。


 あえて言えば、何の兆候もない兆候しか見当たらない。今日の潜りの先導は僕に任されている。多少の危険はあるが、営巣地にもっと近寄ってみるか? 近づくべきだ。何も分からない方がもっと危険だ。


『左手』『3』『1』『前進』


『了解』


 千夏さんから返事が返る。


『了解』『後衛』


 一呼吸置いて、千夏さん経由で創晴さんからの返信が返った。どうやら創晴さんも同意見らしい。今日は本当の潜りだから、ちゃんと答えを返してくれた。これまでは本当につれなかったからな。


 左手、南に向かって進路をとる。この先は少し下りになっていて、その先の谷地に無限さんに蹴落とされた渡りの営巣地がある。ともかく木立の陰に隠れて餌を狙っているやつに気を付けて進まないといけない。


 それに千夏さんの探知に頼りすぎると彼女がすぐに空になる。帰り迄持たない。それにここは落ち葉が邪魔で、補聴器での探りも無理だ。


 ただ途中で手前か奥にいかないと、今日の風向きではこちらが風上になる。渡りは匂いには敏感ではないが、せめて風上を避けないと、こちらの音が伝わりやすくなる。


 谷地は手前がなだらかで奥が急だ。やつらから逃げるときのことを考えても奥から行くべきだろう。もっとも渡りの足を考えれば、崖上に居ても居ないよりは多少はましという程度だ。


『迂回』『西』『確認』


『了解』


『安全』『了解』『後衛』


 遠くに見える千夏さんの顔も少し緊張気味だ。それはそうだろう。いきなりの「渡り」で、しかも繁殖地の中心部である営巣地の近くまで行こうというのだ。


 彼女の探知は優秀だが、それ以外の技能についてはまだ発展途上だ。弩は大分使えるようになってきたが、短剣を使っての近接での防衛などはまだまだ不十分だ。彼女が不意打ちを食らうのだけは避けないといけない。


 少しずつ下っている地面の斜面が急激な坂になり、くぼ地になっているところの脇を回る。無限さんとの最初の潜りを思い出した。この辺りで金髪がどうのこうのとか聞かれたっけ。いかんいかん、集中しないと変な妄想が湧いてくる。あの時は盛んに聞こえた渡りの声らしきものはまだ何も聞こえて来ない。ともかく前進あるのみだ。


『前進』『警戒』


『了解』


 右手の斜面の木立がまばらになり、くぼ地の奥が見え隠れしてくる。もう少し先に行くと無限さんに突き落とされた崖の場所だ。あの時は何も気が付かなかったが、あそこからなら営巣地の様子は覗けるはず。腰を地面におろして、四つん這いになってゆっくりと斜面の下を覗き見た。


 何だこれは?


 営巣地一面に、雪のようなものがまばらに散っている。それが風に舞って、まるで何かの生き物の集団のように地面を動いた。これは雪なんかじゃない。渡りの羽毛だ。


 風に舞う羽毛の他には何も動く者の気配はない。つまり何かが、この営巣地にいた渡りをすべて狩りつくしたと言う事だ。背後をふり返って木立の陰に千夏さんの姿を確認する。


『警戒』『重大』


 これは一体なんて伝えればいいんだ。手信号では無理だ。創晴さんも含めて集合をかけた方がいい。だがこちらから手信号を送る前に、千夏さんの手が上がった。創晴さんからの連絡か? その手が震えているように見えるのは気のせいだろうか?


 その手は指を開いて大きく振った後に、指を一本にして上を指した。その意味は……


『危険』『上』


 地面に伏せて下を見ていた頭をゆっくりと持ち上げた。前方の大きな木に黒い何かがぶら下がっている。まるで黒い水滴が落ちようとしてそのまま固まったかのような姿だ。だがその大きさは水滴なんてもんじゃない。決して細くはない大木の木の枝が、その重みに耐えかねて真下を向いている。


(とばり)


 今までは話にだけ聞いていたマ者がそこに居た。ここは限界線のはるか内側じゃないのか? 奴らはめったに限界線の内側には入ってこなかったのでは?


「こいつの迷いに出くわしたら、自分の不運を呪え」


 城砦の冒険者の間での帳の大人に関する合言葉だ。こいつは狩の相手じゃない。冬にこいつの幼生が限界線に近い北の外れにやってくる。準備を万端に整えた打ち手の組が一攫千金で狙う事はあると聞く。


 だがこれは幼生の大きさじゃない。顎の幼生に薄い羽根を付けて、それに鋭いかぎ爪を持たせた姿。帳の()()だ。間違いなくこちらが狩られる奴だ。


 背中を何か冷たいものが落ちていく。音を立ててはいけない。ゆっくりとゆっくりと後ろに下がる。少し距離が離れた位置にいる帳が僅かにその翼を広げた。その羽毛のない真っ黒な革の羽の端から端は、5杖(5m)を優に超える。


 折りたたんだ翼の下に隠れていた凶悪な顔がちらりと見えた。顎がまるで向日葵の種を鋸の歯にしたような形をしているとすれば、帳のそれは、百合のつぼみの間から鋸の歯が覗いているかの様な形をしている。


『見つかったか?』


 だが、そいつは「ばさっ」というここまで聞こえる音を響かせると、再び羽を閉じた。これは進入禁止どころの騒ぎじゃない。危険、いや死亡区域だ。


『撤退』『緊急』


 手信号を後ろの千夏さんに送る。そしてこちらもゆっくりと下がり続けた。自分の体の下にある落ち葉が立てる耳障りな音が、やたらに大きく聞こえる。いや落ち葉だけじゃない。自分の心臓の鼓動も、まるで太鼓の音の様に耳まで響いて来た。


「バサ、バサババ……」


 再び帳の羽音が響いた。気が付かれたか? やつらには閃光弾は聞かない。効くとすれば音響弾だけだ。道具袋から慎重に音響弾を取り出して、息で音をたてないようにしつつ、口の端に笛を挟む。


『注意』『音響弾』


『用意』『音響弾』


『了解』


 視界の隅に見えた千夏さんが頷く。何をしているんだ。さっきの位置からほとんど変わっていないぞ。もっと後ろにさっさと下がれ。これはいざとなったら、3人の誰かだけでも、生き残って持ち帰るべき情報という奴だ。


 バサ!


 再び羽を動かす音がする。


 チチチチチチ……


 さらになんだか甲高い、耳が痛くなる様な音が聞こえて来た。こいつはまずいんじゃないのか? だがこちらは何も動いてはいない。それにマナ除けもまだ持っているはずだ。


 ガサガサ……


 その音がした方を見ると、50杖(50m)ほど向こうの熊笹の下生えがかすかに動いているのが見えた。なんだろう。渡りか、それとも顎の幼生でもいるのか?


『確認』『150』『動き』


 千夏さんがしばし目をつむる。力を集中させているらしい。


『無し』


 鹿か何かか? それなら奴らは反応しないはずだ。マ者でもなく、動物でも無いとすれば、そこに居るのは……。灰色の泥にまみれた体が、ゆっくりと熊笹から出てきた。一人、いや二人だ。どう言うことだ?


 ここは進入禁止区域の上に、指示書にも誰かが潜っているという情報は何もない。唯一南で潜っているのは設備点検で入っている警備方だけだ。


 この人達は一体誰なんだ?

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