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仕事

「お姉さま、ご無事でしたか!?」


 私が南2の監視所の控室の扉を開けるや否や、実季さんが私めがけて駆け寄って来た。そして私の手を取って胸に押し抱く。


「実季さん、大げさですよ。二日お休みをいただいただけです」


 それに実季さん、目の下が黒いですよ。一体どんだけ私のことを心配していたんですか?


「慌てるなしっぽ娘。こいつから男の匂いはしない。赤娘、残念だったな」


 実季さんが百夜の方をふり返ると、小さく安堵のため息を吐いた。


「本当に良かったです!」


 実季さん、だから大げさ……。ちょっと待て黒娘。男の匂い? 何だそれ?


「ちょっと百夜。あんたが何を言っているかさっぱりですけどね。残念って何? 残念って」


 最後の一言は絶対に聞き捨てなりません!


「お前は言葉も分からないのか? 男と出かけて何もないから『残念』と言ったのだ」


「あんたね。それって私が女として終わっているという意味で言っています?」


 お前は私に女としての魅力がないと言いたいのか? それを言ったのはこの口か? この口だな。


 とりあえず、百夜のほっぺたを思いっきり引っ張る。百夜が私に引っ張られた口で何やらモゴモゴと喋っているが、よく分からない。はっきり喋れ。いや喋らなくてよい。どうせ全部碌な事ではあるまい。


「お、お姉さま、そう言えば髪がいつもと少し違っているような気がしますが……」


 実季さんが私に声を掛けてきた。お、流石ですね。思わず百夜の口から手を離して実季さんの方を振り返った。まだ魔法はちょっとだけ残っていますかね?


「あ、分かりますか実季さん。百夜と違って流石ですね。これはちょっとした魔法の残りですよ。これはですね……」


「君達、お話し中悪いんだけど……」


 いつの間にか百夜の背後に人影がある。ここまで気配を隠して近づいて来るとは何者だ?


「今日は渡しの設備確認の日だから、この指示書を持って会議室に集合です」


 そこに立っていたのは書類を手にした伊一さんだった。


「はい、伊一さん」


 この人はいつも突然に現れますね。伊一さんって実季さんと同じ隠密使いでしたっけ? いや、絶対にそうです。そうとしか思えません。


 皆で控室からぞろぞろと会議室に移動する。いけません。もうみんな集まっています。新人の私達が最後の様です。百夜、お前のせいだ。お前が私に適当な事を言うからだぞ。会議室内では伊一さんから各組への指示が次々と出ていく。ここでは崩れを避けるのもあって、各組の人数は3人だ。


「君達は新人だから、本来はこちら側で作業をしてもらうのだけど、なにせ渡りを狩れた人達だからね。向こう岸での警戒と作業をお願いする」


「はい、伊一さん」


「今年は南に渡りが繁殖地を張った。営巣地からは距離があると言え、餌を取りに渡りが来る可能性は十分ある。前回の確認の際にはそれで被害が出ている。今回もそのつもりで任務に当たって欲しい」


「はい」


「向こう岸での具体的な指示は、香子さんから受けてください」


「はい」


 さあ、休暇も終わったし、仕事だ仕事。そう言えば私と百夜の上納ってどうなっているんだっけ?


* * *


「今日は楽でしたね」


 白蓮は森の入口で、背嚢の中身の最後の確認をしつつ、背後の二人に声を掛けた。監視所での物の受け渡しの大騒ぎもなければ、渡しの順番待ちも無かった。手持無沙汰な監視所の事務官なんてものは初めて見た。


「ああ、新種騒ぎがあってから北も進入禁止になっているからな。先行組も狩手組もろくに潜っちゃいない。古参組の一部だけだな。後はほとんどが俺達探索だ。ともかくどこが安全なのか全く分かっていないからな」


 創晴が白蓮に答えた。だが少し不機嫌そうな顔をすると、白蓮に向かって問いかけた。


「そもそも安全って何だ? それって確認できるもんなのか?」


「創晴さん、僕に言われても答えは無いですよ?」


 まあ、世の中に絶対に安全なんてものは無いですからね。


「俺達は冒険者だろ? 安全な冒険っていったい何だ? 冒険なんて言葉を使うのを止めちまった方がすっきりしないか? マ石採掘者とかマ者猟師あたりがお似合いだな。そうだろ白蓮」


 まあ、マ者を狩ること自体は決して安全じゃないですからね。冒険者という肩書ぐらいは許してもらってもいいんじゃないですかね? それよりも一体何なんですか? 胃を壊してから、間違いなく僕に当たりまくりですよね。


「創晴さん、私の師匠に変な事を聞いて困らせないでください。怒りますよ」


 千夏さん、余計な事を言わないでください。その怒りの最終的な矛先は僕なんです。


「白蓮、お前は弟子に守ってもらえてうらやましいよ」


 ほら、言わんこっちゃない。


「創晴さん!」


「はいはい。無駄話はここまでだ。今日は南だぞ。探索路からは外れるからな。白蓮、位置の確認を忘れるなよ。千夏が記録係だ」


 探索も含めてしばらくは誰も潜っていない。つまり正体不明という事か。正真正銘の探索組の仕事という事だ。


「はい、創晴さん。了解です」


* * *


「ちょっと百夜。そんなに動いたら傾いて沈む!死んじゃう、死んじゃうよ!」


 浮き橋と言うのは、要は対岸からこっちまで張った綱の間を通る筏のようなものだ。川には当然流れがあるのと、その流れに綱が引っ張られるのもあって、見た目ほどの安定性はない。だから基本的に重心の維持が必要なのだが、この黒いのはそんなの一切お構いなしです。


「何を言っている赤娘。ちょっと傾いたぐらいでうるさいぞ」


 ちょっと傾いて水でも入ってみろ、もっと傾くだろうが!


「お姉さま、それよりちゃんと綱を引かないと。前へ進みません」


 そうです。ともかく前進あるのみです。


「百夜、あんたも遊んでいないで引きなさい!ほら、向こう岸で香子さんがおっかない顔をしているでしょうが。あんたには見えないの?」


 向こう岸の香子さんが、足を開いて腕を組んでこちらを睨みつけています。これはまずいです。とってもまずいです!


「これを引くのか?」


 こら、いきなり引くな!重心が、重心がずれる!


「あんた、調子を合わせなさいよ。今度は前後に傾くじゃないの!」


「お姉さま、綱を、綱を引いてください!」


「は、はい!」


「百夜、綱にぶら下がるな!」


「・・・」


 や、やっとのことで岸に着きましたが、恐ろしくて香子さんの顔をまともに見れません。黒娘はもっと浮橋で遊びたかったらしく、ぶーたれた顔をしています。一度一人で乗って見るか? 黒青川の水をたらふく飲めるぞ。


「あなた達、あれだけ騒いで渡りが来たらどうするつもり?」


 おっしゃる通りです。返す言葉もございません。


「はい、香子さん。ごめんなさい」


「うるさい女、何もいないぞ」


 百夜が機嫌悪そうに答えた。


「うるさい女?」


 香子さんが百夜の呼び方に反応する。まずいです!あんた、もしかして人の名前を覚える気が無いんじゃなくて、覚えられないんじゃないの? そう言えばこの子が誰かの事を名前で呼んだのを聞いた事がない。


「そうだ。だが、ちょっと静かすぎだな? 2~3匹ぐらい寄ってきてもいいのに。我の餌が無いではないか」


「この前、鳥もどきを運ぶのに、どんだけ大変だったか分かっている?」


 解体組じゃないんですからね。みんなおっかなびっくりですよ。まあ、その日の夕飯は豪勢になりましたけどね。


「ここなら、すぐにさばいて洗えるから便利だぞ」


 確かにそれは便利だけど。誰が捌くんですか? 誰が!?


「こちら側においてある設備の点検の間、貴方達には周囲の警戒をお願いします。右手は別の組が入っているから、貴方達は左手よ。指示書の警戒区域は絶対に出ないで。崩れが起きたらあなた達を贄にします。前の組が戻ったのを確認後、貴方達の戻りは一番最後。私達と一緒よ。理解した? 復唱は無し」


 香子さん、百夜を一切無視とは流石です。私もこれからそうすればいいのか。


「はい、香子さん。了解です」


 指示書を見ると、右手の警戒組はこの渡しを含めて、向こう10町(1km)が警戒範囲。左手は、黒青川の川沿いを中心に、やはり10町を警戒範囲としている。まあ、実際はそんなに奥までいく必要はない。それを超えていくなという事だ。


 定員の問題で、ここには香子さんと香子さんの巡回組の人の二人だ。残りは順次浮橋を使って川を往復して、渡しの設備に問題がないかどうかの確認をする。私達は3組目で最初の警戒組、香子さんの組に続いてこちらに来た。


 渡しの浮き橋の設備は6つあるので、あと3組が往復した後に、後から来た組が乗って来た空の浮橋と交代で、最初の3組が戻る。


 点検もあるから、一番最後だと監視所に戻った時には昼を過ぎちゃうかな? これはきっと百夜が相当にうるさくなる。いっそ渡りの1~2匹ぐらい来てくれて、そいつを倒した方がよほど楽かも。百夜なら生肉でも行けるんじゃないの?


「何をぼさっとしているの。次の組が来るよ」


「はい、香子さん」


 とりあえずやる気のない百夜の大外套の頭巾を引きずって、黒青川沿いに移動を開始です。マ者は百夜が探知できるけど、野犬や猪なんか出てきたらやばいので、実季さんに斥候をお願いしつつ、後衛に私、百夜で移動する。


 さっき百夜が静かだと言っていたけど、確かにとても静かだ。誰も潜っていないのだから、何か潜んでいても良さそうなのだけど何の気配もしない。渡しから十分に離れたら、森に入って少し様子を調べた方が良そうだ。


 今日の私達の仕事は何もいないことを確認する。何かいたら連絡して逃げる。それだけだ。


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