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待ち人

 歌月は居間の椅子に座る赤毛の少女を睨みつけた。


「風華!あんたね、自分がどれだけ危ない橋を渡ったのか分かっているのかい? 間違いってやつは決して取り戻せたりしないのは良く知っているだろう」


 椅子にしょんぼりと座った風華がうつむき加減にこちらを見る。この子は何で毎度毎度やらかしてくれるんだ。毎回あちらこちらに先触れを送るこっちの身にもなってもらいたい。


「何で私達に相談してくれなかったんですか!?」


 隣の金髪(世恋)の声も珍しく厳しい。


「いや、あの単に柚安さんとそのご家族に大変よくして頂いただけで、何も危険な事は……」


「風華さん、違いますよ。それは結果がそうなっただけです。間違いです」


 歌月は世恋に向かって頷いた。金髪の言う通りだ。私達の商売は結果が良ければいいなんて甘いもんじゃない。それにそれは私達の商売に限った話じゃない。


「あの男と何の取引をしたんだい」


 風華の体がビクリとする。そもそも先触れを送ったくらいで事務方を動かせるはずがない。それにこの件は間違いなく関与した人物の政治的な立場を悪くする。善意の何かではとても手が出せないはずだ。


「あのですね。借りを返せと言われたら何でも言う事を聞くという約束をですね……」


 風華の台詞に歌月は思わず言葉を失いそうになった。誰かを助けると言っても、自分がどんな目に合うかもわからないような約束をするとは。この子はその約束がどういうものか分かっていたのだろうか? 隣にいる世恋も口に手を当てて息を飲んでいる。あんただってとってもかわいいお嬢さん、女なんだよ。


「あの男、やっぱり腕の一本ぐらいは切り落としておくべきだった」


 あの指揮官の男はかわいい顔をして何者だい。うちの大事な組長になんて約束をさせるんだ?


「本当です。一本ぐらいじゃ収まりません」


 世恋、あんたも同意見かい。今からでも遅くはないから追いかけるか?


「あの歌月さん、世恋さん。何にも悪いことはされていませんので、それは絶対にやめて頂きたいのですが?」


 あんた、二日も男に引き回されていて、悪いことが無いとかどの口が言っているんだい。それとも何かい、あのちょっとばかし見かけがいい男にいいようにされて、情でも移ったかい?


「で、あの男と二日間、何をこそこそやっていたんだ。隠し事は無しだよ。全部話しな」


 事と次第によっては、これからあの男のところに乗り込まないといけない。


「全部ですか?」


「それとも風華、あんたは私達に言えないような事をしてきたのかい?」


「全部です!」


 世恋にも問い詰められて風華が溜息をもらした。あんたは本当に手がかかる娘だね。こちらがどれだけ心配したのか本当に分かっているのかい?


「あの、天蓋なしの馬車に乗ってですね。爆走して関門まで行きました。曲がり角なんてひどいんですよ。もう死ぬかと思いました。胃の中も全部吐いちゃって……」


「そこはもういいよ。次だ」


「関門についたらですね、なんかお店につれていかれてですね。裸にひん剥かれて……」


 いきなりそれかい、なんて奴だ!


「裸にされたんですか!?」


 世恋が悲鳴を上げる。


「世恋さん、お店の女性の方にですよ。そして体中を洗われて、香油やら刷り込まれてですね、ムダ毛とかも全部きれいに……」


「それで?」


「そこはそれでお終いですね。次に別の店で髪を奇麗に洗っていただいた上にまとめていただいて、お化粧もしてもらいました。もうそれは魔法ですよ。これは誰っていう感じでして、目元なんか……」


「そこはもういい。次だ」


「次は女性向けのとても高級な仕立て屋さんに連れていかれまして、また裸にひん剥かれてですね、採寸してもらって、祝賀会用と夜会用と昼用の服に下着まで仕立ててもらいました。すごいです。まるで朝の監視所みたいでした。それはもうやっぱり魔法みたいで……」


「そこはもいい。次だよ」


 なんて男だい。さっさと食べちまわないで、磨いて味付けして、ちゃんと盛り付けてという奴かい。なんて悪趣味な奴なんだ。こいつは腕ぐらいじゃとても許せないね。隣の金髪からも殺気が感じられる。


「次は、柚安さんのご実家まで行きまして、お姉さんにご両親を紹介してもらいました。お姉さんのお誕生日会だったみたいで、すごいんですよ。林一つまるまる囲ったお家で、それはもう立派な馬車に乗ったお客さんがいっぱい来てて……」


「ご実家でご両親に会われたんですか?」


 世恋が狐につままれたような顔をしている。そしてこちらを見た。私もさっぱりだよ。もしかしたらこの子はとんでもない目にあって、夢と現実とが混濁しているんじゃないのかい?


「そこはもういい。両親と会って何の話をしたんだい」


「皆さんと乾杯して、普通に楽しくお話させていただきました。でも柚衣さん、柚安さんのお姉さんですけど、それはもう世恋さんみたいに女神様みたいな人で、下にお客さんが来ているのに、それをすっぽかして、ずっと私達とおしゃべりしてました」


「おしゃべりしただけなのかい?」


 あの男は風華に何をやらせたかったんだ?


「そうですね。おしゃべり以外は床に手をついて皆さんに謝ったぐらいでしょうか?」


「謝った? 何であんたが謝る必要があるんだ?」


「忘れてました。柚安さんが私に交際を申し込むとか言うから、それは貸し借りでは答えられませんと言って謝りました。ご家族の皆さんも笑ってましたから本当に質の悪い冗談ですよね」


「冗談?」


「はい。でもそれですごく打ち解けて、柚月さん、柚安さんのお母様にも大変よくしていただきました。柚衣さんは冒険者を止めてここで働けなんて言ってくるし、柚月さんは柚安さんの嫁になれとか言うし、もう皆さん冗談好きの一家ですね。あ、そう言えば安莉さん、柚安さんのお父さんはとってもかっこいい人で、高の国の方といっていましたから世恋さんと同じですね」


「柚月?」


「はい。柚安さんのお母様です。とっても貫禄のある方でした」


 風華がケラケラと笑って見せる。


「次の日は柚月さんが柚安さんに関門を案内するように言ってくれたので、結社まで行ったら、研修の時に一緒だった才雅さん、朋治さんに偶然にも会えてですね。もう二人とも私が知っている二人とは別人みたいに立派になっていて……」


 柚月? もしかして、あの柚月かい? 風華の話は続いている。だがもう先の話はこちらの耳にはろくに入ってはこない。世恋と顔を見合わせる。世恋の顔は驚いたと言うより、それを通り越して蒼白な顔をしていた。


 そうか忘れていた。あの指揮官の男は『油屋(あぶらや)』の息子だった。つまり風華の言うお母様というのは、かの油屋の女主人だ。


 風華は楽しげに話を続けている。風華、あんたは分かっているのかい? 関門で一番大きな商会の、この国でも片手に入りそうなぐらい大きな商会の女主人に、一人息子の嫁に来いって言われたんだよ。


 あんたはそれを全部冗談だと思っているみたいだが、あの油屋の女主人が嫁に関して冗談なんて言う訳がない。本気も本気に決まっているじゃないか。姉は次期主人だ。それが誕生日会に来た客をすっぽかしてあんたと話しをしていただって。


 何てことだい!


 普通の女なら、いやどこかの大貴族のご令嬢だって、玉の輿だと言って大騒ぎになるやつだよ。


「その鳥雑炊は絶品で、今回作り方を聞いてきましたから、皆さんにもごちそうしますね。それからですね……」


 風華、あんたは全く分かっていないと思うけど、男は皆あんたに吸い寄せられるんだよ。となりの金髪なんかよりよほどもてもてなんだ。まあ男だけじゃないね。私達もあんたにぞっこんなんだ。だから心配なんだよ。それは必ずしもあんたを幸せにするとは限らない。むしろ危険なんだ。


「あの、歌月さん、世恋さん。なんで私が関門に行っていたのがばれたんですか? それにどうして柚安さんがここに私を連れ帰って来たんでしょうか?」


 風華が不思議そうな顔をして私を見ている。


「警備方からあんたの休暇中の行き先について、ここに問い合わせがあった」


「えぇ!休暇の行き先を聞いてくるんですか? 何ですかそれ!」


 あんたはあんたが思っている以上に有名人なんだ。それにどこに行ってもその赤毛は目立つ。


「そこからはあっちこっちに先触れを送って大変さ。関門の入り口に先触れ送って、あんたが来たら連れに絶対にここに連れ帰るように連絡して待っていたという次第さ」


 風華はすごく嫌そうな顔をしているが、あんたは常に何かやらかす奴だ。その点ではあんたは全く信用できない。


「ともかく、今後は一切の隠し事は無しだ。今度やったら……そうだね。足腰立たないくらいに性根を叩きなおしてやる」


 あんたは私達のとっても大切な組長なんだよ。それにあんたはもっとやることが、心配すべきことがある。白蓮から目を離してはいけない。今のあいつはあんた以上に危険な立場なんだ。


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