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帰り道

 朋治は前を歩く才雅の足が、いつもと違って少し浮足立った感じがするのに気がついた。きっと自分もいつもとちょっと違っているのだろう。


 一日中僕らはずっとそわそわしていた。今日の仕事は商会の荷物の警備の手伝いの仕事で、森とは関係のない仕事だった。こんな事ではいけない、集中しないといけないと思ったのだが、どうしてもあの子の姿が頭に浮かんできてしまう。


 いつもなら仕事が終わった後の食事中に、森での動きや組手など二人で色々と話すのだが、会話らしい会話も無かった。僕らはまだまだだめだな。きっと美亜教官がいたら、集中しなさいと言われて腕立てだ。森に潜るのなら命に係わる。


「才雅」「朋治」


 二人の声が重なった。そしてお互いに顔を見合わせる。


「風華だが、」「風華さんだけど、」


 また重なった。


「朋治、先に言ってくれ。多分同じことだと思う」


「分かった。今朝の風華さんだけど、あれって僕の頭が勝手に理想像を描いたのと違うよね。あれって間違いなく風華さんだよね」


「朋治、俺も全く同じことを思ったよ。顔に出ないようにするので必死だった。なんだあの髪は。あいつの髪はあんなにふんわりしていたか?」


「いや、風華さんには悪いけどかなりおさまりが悪いというか、本当に跳ねまくっていたよね。本人もそれを大分気にしていたみたいだったし」


「うん、そうだった」


 才雅が僕に同意する。


「それに、髪だけじゃないよ」


「ああ、あいつ化粧してやがったよな。絶対にそうだよな」


「うん、していた。口元に紅がのっていたし。目元も何かかわいくなっていたよね」


「美人になっていたよな」「美人だったよね」


 また二人の声が重なった。


「一体どうしちまったんだ」


 才雅が僕に頭を振って見せる。


「もともと十分にかわいい子だったけど。今日のは何だったんだろう」


 本当に本人だったんだろうか?


「磨きがかかった? 違うな。一皮むけたという感じか? まずいな」


「うん、これはまずいね」


「あれは男が相当に寄ってくるぞ」


 僕も才雅に向かって深く頷いて見せた。


「それにもっと大事な事も分かったしね」


「ああ、朋治。これは相当にやる気が増すな。と言うか、さっさと城砦に戻らないといけない。これはかなりまずい」


「うん、何せ」


「彼氏がいないと分かったからな」「彼氏がいないと分かったからね」


 同じ台詞だ。どうやら才雅と僕はあの子に関しては二人で全く同じことを考えているらしい。だがあの子はこの世界に一人しかいない。


「才雅、言っておくけど、この件については一切、遠慮はしないよ」


「俺もだ、朋治」


 二人で肩を叩きあう。そわそわしている場合じゃない。いつの間にあんなにきれいになったんだ。本当に研修中の君とは別人だよ。


 まるで何かの魔法がかかったみたいだ!


* * *


 関門の傾斜路を馬車が登っていく。所々に置かれた油灯の黄色い光が、馬車の中を照らしては去っていった。城砦に着くのはもう夜更けというところだろうか?


 柚安の横では大きな口を開けて、肩に頭を乗せた赤毛の少女が眠っていた。前の座席で横にならせてあげた方が休めるのだろうけど、このくらいは今日のご褒美でゆるしてもらおう。


 この子のひたむきさといじらしさは自分の心をとてもざわつかせる。自分の前でそれを演じて見せる女性は大勢いる。だけどこの子のそれは全く違うものだ。


 おそらく自分でも全く意識していないのだろう。だから周りをいつも和ませてくれる。僕らの家族が、母や姉があれほど楽しそうにしていたのは一体いつ以来だろうか。


 もちろん二人ともいつも僕に笑顔をむけてくれる。だが昨日のそれは、僕が幼い時に見た笑顔そのままだった。毎日この子の笑顔を、それを見るみんなの笑顔を見れるのなら、それはどんなに幸せな事だろう。


 多門さんが城砦をやめて美亜さんと一緒になろうとしたのも分かる気がする。この子は周りを幸せにし、そして幸せになりたいと思わせる子だ。


 だが、多門さんのそれはおそらく敵わぬ夢だったように思える。城砦はマ者の相手だけをすれば済むところではない。むしろ人の方がはるかに恐ろしい場所とも言える。


 多門さん、僕はあなたの代わりとしては役不足かもしれないけど、自分が出来る限りのことはします。


 だから、ゆっくりと休んでください。


* * *


「風華さん、着きましたよ」


 目を開けると目の前には柚安さんの顔があった。えっと、あれ? 馬車に乗ってからの記憶が全く無いですが……。もしかして道中ずっと寝てました? なんてことでしょう。ちゃんと乙女の寝顔をしていただろうか? お酒も入ってたしな、きっと違ったろうな。それよりここは何処ですか?


 御者の方が乗降台をおいてくれて、先に降りた柚安さんが私の手を取ってくれた。いつでも紳士な方ですね。やっぱりもてもてですよね?


「無事に届けましたよ」


 どういう意味でしょうか?


「あんた、」


 この声は……これは絶対に私の空耳ですよね。


「安心してください。何も悪いことはしていません。風華さん、僕はここで。またお会いしましょう」


 柚安さんは私にそう告げると、短外套の裾を翻して軽やかに馬車の中へと戻った。御者の短い掛け声に、馬車は月明かりの元、あっという間に遠くへと去っていく。まるで夢でも見ているみたいだ。だけど私の背後には現実が待っている。


「風華、あんたに話がある」


 歌月さんが腕を組んで私を見ていた。あの、お顔がとっても怖いんですけど。それにもう遅い時間なので、明日にとか出来ないですかね。


「つらかしな」


 出来ないですね。


「はい」


 どうして歌月さんにばれたんだろう? 全くもって謎です!


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