開戦
「貴公らに選択肢はない」
森から流れてくる朝もやがまだ明けきらない中、槍を持たされた一の街の住民達に向かって兵士長の声が響いた。
兵士長の前にはさび付いた槍やら片手盾やらをつけさせられた一の街の住人たちが並んでいる。輜重の荷台にのっていたものだ。
なんでも一の街がまだ森が近かったころに防衛用に備蓄された、それはそれは年代物らしい。
武器を渡されたときに僕らの背中には人数確認用か、橙色の国旗か何かを作る際に使われる塗料が塗られており、その油の匂いやら酸っぱい汗の腐敗臭やらで吐きそうになる。
兵士長は馬で居並ぶ人達の前を左右に行きかいながら話を続けていた。
予想通り「塊の街」の軍勢、「塊子爵領軍」は左右に広がる森を背後にこちらを薄く包囲するような陣形を引いている。
ただ、こちらに向って左の本森側の方が一の街の市民の群れに合わせるように陣容が厚い。中央奥に青地の塊子爵家の旗が集まっているところを見ると、本陣はこちらから見て中央やや右側にあるのが分かる。
両軍の布陣を上から見たら、オタマジャクシがそれぞれ頭をぶつけようとしているように見えることだろう。
両者の間にはこの時期は水が全くない涸れ川があり、右手側のとび森の方から左側の本森の方へ蛇行しているところで、水がない今は自然堤防の坂と合わせて両岸の間に横に長いすり鉢状の地形を形成している。
春先の水があるころであれば、その中央の橋を使わないと向こう側にいけないが、この時期ならば、この橋を使わなくても何の問題もない。
両軍の本陣はこの涸れ川の蛇行によって作られた自然堤防の一番高いところ、小さな瘤のような場所に置かれていた。
「各地区ごとで倒した敵の数だけその地区のものを開放する。誰を開放するかは地区で決めることとする。ただし、この銅鑼がなったらその時点で戦は終わりだ。この旗の元に戻れ」
「背中の印が見えないものは、すべて敵とみなす。前面に我々の矢をうけて死んだ者の家族は先ほどの例外だ。すべて死罪とする。貴公らに紫王弟殿下への忠誠と奮戦を期待する。以上だ」
そう一の街の住人達に告げると、兵士長は馬をかってこの不幸な人々の群れを後にして、背後に控える甲冑と長槍を手に居並ぶ衛士たちの列の前に戻ってきた。
白蓮ら結社の集団は衛士隊の前に百にはるかに満たない人数で並んでいる。油をよくしみこませた外套を着た、マ物狩り用の獲物を持つこの集団は、左に並ぶ町民達とは別の集団、結社の一団であることは向こうに居並ぶ敵である「塊子爵領軍」の軍勢からも、一目瞭然だろう。今回の作戦ではそれもかなり大事なところだ。
兵士長は衛士達の前で二言三言その部隊長と話をすると、馬を駆って旋風卿と長の後ろで手にした槍の震えが止まらぬ白蓮の近くにやってきた。
「マナ使いども。森に近いここなら貴公らも存分に活躍できるだろう」
そう言うと腰に吊るしていた遠眼鏡を目に当てて塊の街の軍勢の方を見やった。
「やつらも大概だな。隊列にどうも女のようにしか見えないものもおるが……」
そしてまだよどむ朝もやの向こうに布陣する魁子爵領軍を見ながら呟いた。
「マナ使いに男も女もありません。子をなすからでしょうか? むしろ女性の方がマナ使いとしては男よりよほど優秀です。城砦にも私など足元にも及ばぬマナ使いの淑女の方々が多数おります」
旋風卿が兵士長に向かって答えた。彼は手に細作りの長槍を、そして背に槍用の籠に投擲用の槍の束を背負っている。驚いたことにその横に控える小柄な長も旋風卿と全く同じ装備をしていた。
「そう言うものか?」
「そう言うものです」
兵士長の問いに旋風卿が頷いて見せた。
「確かに敵に男も女もないな。敵であるだけだ」
兵士長が旋風卿に向かってそう答えたときだった。森の向こうから上がってきた朝日を受けて、溶け始めた朝もやの向こうからへたくそな太鼓隊の乱打のような低い音が響いてきた。
見ると向こう岸に布陣した、塊の街の軍勢の隊列が砂塵を上げながら涸れ川の自然堤防の坂を降り始めている。
それに呼応するように衛士隊の隊長の『長弓隊構え、前衛前へ』という号令が響いた。敵というよりは前に布陣した一の街の住人に向けて、大盾を構えた衛士の長槍が向けられる。
その前進に押し出される形で一の街の住人達も堤防の坂をずり落ちるように落ちていく。その群れから悲鳴のような、怒声のような訳のわからぬ声が上がっていた。
「では、結社の諸君。戦をはじめようか」
そう言うと兵士長は衛士達の隊列の方へと馬を駆って去っていった。白蓮の槍の震えは止まりそうにない。




