人参
冬の陽光とは言え、部屋の中にいた目には外の日の光が染みた。もうお昼をすぎてしまっただろうか?通りには建物から出入りする人達の流れがあった。きっとこれからご飯を食べに行く人とか、ご飯から戻ってくる人とかだろう。
若い男性や若い女性の集団が、楽し気におしゃべりをしながら私達の前を通り過ぎて行く。若い女性は柚安さんの顔をちらりと見ているつもりだろうけど、私から見れば皆さんガン見ですよ。きっとこの後のお昼ご飯のいいおかずになることだろう。
男の人達も私達を見ていく。さすが柚安さんです。男性からも注目の的ですよ。うん? ちょっと違うかな。視線がもうちょっと下のような気がする。
もしかして私ですか!?
まあ、今は魔法がちょっとばかりかかってますからね。解けたら皆さんびっくりです。完全に別人です。
「うん、食事にしてもいいのだけど。時間も押しているからね。次に行こう」
あの、せっかくきれいに口元に紅を乗せて頂きましたので、食事は後でいいと思いますが、まだ先があるんですか?
「おや、大分疲れたかい。まあ疲れるよね。でもあと少しだから付き合ってもらうよ」
「はい」
分かっております。今日の私には「否」という言葉はありません。でも柚安さんってこんなに優しい人だったんですかね? 城砦でお願いに行ったときにはもっと真面目で怖い人だと思ったのですが、気のせいだったのかな?
「ねえ、ねえ、あの人すごくすてきじゃない。でも連れている女の人はちょっと若すぎない。身内かな?」
「あの赤毛の子、ちょっとかわいくなかったか……」
耳を鍛えるのは森では色々と役に立つんですけどね。こういう街中だと、はっきり言って不要というか、あると厄介なだけです。
もうどうでもいいです。さっさと好きにしてください。そしてさっさと城砦に戻りましょう。せっかく城砦から出られたのに、もう城砦に戻りたい気分になるなんて、夢にも思わなかった。
「多分、ここで最後だよ」
柚安さんが、贅沢に硝子を使って窓に商品を並べた店の入り口を開ける。
「柚安様、いらっしゃいませ」
「お久しぶりですね、恵理さん。母や姉は相変わらずこちらの御厄介になっていますか?」
「はい、とても御贔屓にして頂いております。先ほど店の前に柚安様のお姿をお見かけして、やきもきしておりました」
最初の店の藤乃さんに似た感じの女性だ。でもこちらの方が年齢が上かな? そしてもっときびきびした感じがする。
「相変わらずお上手ですね。今日はこちらの風華さんの見立てをお願いします。もし調整が必要ならそれも合わせてお願いできるかな? 実はもうあまり時間がないんだ」
「もちろんです。針子全員でしっかりと仕事をさせて頂きます。どうぞこちらにおかけください。風華様、お手数ですがこちらの奥の方へ来て頂いてもよろしいでしょうか?」
「芙奈さん、表を閉めてください。それと裏に行って針子達にお昼は後だと言ってきて。もし出かけているのがいたら呼び戻してちょうだい」
「悪いね恵理さん、無理を言って」
「何をおっしゃいますか、柚安様。柚安様が女性の方をお連れになって私共のところにおいで頂いたのです。私共にとって、これほど名誉な事はございません。全身全霊をもって当たらせて頂きます」
あの、気合が入りすぎだと思います。そんなことを言わずにですね、ぱぱっと選んでぱぱっと行きませんか? なにせ私ですから、どれを選んでもそれほど差はないような気がしますので、それでいかがでしょうか?
「風華様、では寸法を測らせていただきます」
恵理さんのかなり気合の入った言葉に合わせて、数人の若い女性に取り囲まれる。
「失礼いたしますお嬢様」
もしかしてまた裸にひん剥かれるんですか?
「風華様、時間が無いとの事ですので、作業優先の為、多少のご無礼はあるかも知れませんが、どうかご容赦のほどをよろしくお願い致します」
その掛け声とともに、あっという間に裸にひん剥かれて事細かに採寸されます。どうやら採寸も下着、肌着、上着、それも上下毎にやっているらしく、全く終わりません。足の形から腕の長さまで事細かに測られます。
最初に下着でしょうか? 私が着たことも見たこともない下着を持ってきて、私の体に合わせていきます。いや、合わせるというより締め上げているというのが正しいとしか思えないです。あの、私は今はですね、胃の調子が決して良くないのですが……お構いなしですね。
もしかして貴族のお嬢様とかは毎日これを着ているんですか? これなら革鎧に大外套を着て、マナ除け被って森に入っていた方がよっぽど楽じゃないですか? しかも、それらもどうやら調整を色々するらしく、針で止められてどこかへと去っていきます。もしかして、さらに締め上げるつもりですかね。
『死んでしまいます!』
それにその下着はちょっと透けすぎじゃないですか? それは止めましょう。それは……。
『いやらしすぎます!』
そんな事をしているうちに、今度は型紙を持ってきて私の体に合わせていきます。しかも一つじゃありません。私の周囲では恵理さん以下、大勢の女性が目を皿のようにして、こっちがいいとか、ここが合わないとか色々言っています。
もしかして私の体に合わせて今から作るんですか? さらには様々な種類の生地が、さらに様々な色でもってこられます。
「ともかく昼用の祝賀会向けを優先して作業をお願い。夜会用のものは後のお届けでもなんとかなります。寝室用も一緒です。明日の朝向けのつなぎもよ。生地と色が決まり次第、小物合わせも行いますから、決めたら各組に連絡を忘れないでください。下着は換えの分も含めて作業をお願い。換えは夜までに間に合えばいいから、そのつもりでお願いします」
なんでしょう。どこかで見た様な風景です。朝の皆が森に潜る前の監視所の風景そのものです。荷車を引きながら何度も見たあれです。森に潜るのも服を仕立てるのも、段取り踏んでやる点は全く同じなんですね。勉強になりました。
「皆さん、集中して作業してください。失敗は許されません。検品は三重での確認です。ほつれはもちろん、針など残したら絶対に許しません。風華様、これから作業に入らせていただきます。後でまた合わせと調整を行いますので、今のうちにお休みください」
いや、これは森に潜るよりよほど大変そうですね。裏手にある作業場らしきところからは殺気だった声が飛び交ってますけど、大丈夫でしょうか?
そんなこんなしているうちに、まるでこれまた魔法のように、白を基調とした質素でいて上品な祝賀会向けの上下繋ぎの裾広がりが私の目の前に現れた。肩がちょっとですぎのような気もしますが、きっと今日のふんわりと肩まで波打った髪型に合わせてくれたんだと思う。
それが何本もの手によって下着、肌着と着つけられて、最後にそのつなぎが私に着せられた。さらにふわふわの毛の首巻やら、手ぶくろ、手提げ、絹の靴下たらかかとを上げた布靴などが合わせられていく。それにどこからか現れた、私の髪よりも赤い宝石が入った銀の首飾りやら、耳飾りなどがつけられていく。
「ちょっとだけ待ってください。耳飾りは片方だけでいいでしょうか? 左につけているのはちょっと大切な物なんです」
「はい、風華様。では片方だけつけさせて頂きます」
ごめんなさい。この服には合わないとは思いますが、これには忘れてはいけない私の覚悟が込められているんです。
最後に恵理さんが私の周りをぐるりと回る。
「皆さんよくやりました。直しはありません。では次に取り掛かってください」
再び人が駆け回り、背後の作業所からは再び指示の声だか、叫び声だか分からない声が上がる。恵理さんが服を着た私の手を取り、待合室へと案内した。
「柚安様、大変お待たせしました。風華様、大変お疲れ様でした」
待合室で私を待っていた柚安さんは、いつの間にか祝賀会用の黒い簡礼服を着て、白い手袋を身に着けている。だけど手には本を持って、それを熱心に読んでいるところは前と同じだった。
恵理さんの呼びかけに、柚安さんが本から顔を上げて私を見る。やっぱりすごく恥ずかしい。これって本当に私なんだろうか? とりあえず、首を傾けて裾を手に足を引いてみる。顔はもちろん背一杯の笑顔です。
「恵理さん、ありがとうございます。風華さんにとてもお似合いです。装身具は姉の借りもので恐縮ですが、それもよく似合っています。もしかして全部一からですか?」
「はい。私共の全てを注がせていただきました」
「本当にありがとうございました。皆さんにもよろしくお伝えください」
「はい、ありがとうございます。申し訳ありませんが、夜会用のものと明日の朝用のもの、替えの下着類は後でご実家までお送りさせていただきます」
「よろしく頼みます。では風華さん、丁度よい時間です。表に馬車が待っていますので行きましょうか」
そう言うと、柚安さんが受付の人を制して私の為に扉を開けてくれた。目の前には私が今まで見たどんなに立派な馬車より立派な馬車と、立派な黒毛の馬がいる。
道行く人たちが、その馬車を物珍しそうに見ていた。そして通りに出てその扉を開ける柚安さんを見ている。軽く裾を持ち上げて道に出る。多分上げなくても裾を引いたりはしないと思うのだけど、何となく怖くて上げてしまうあたり、私は根っからの庶民だ。お化粧や着る物ぐらいでそこが変わったりはしない。
馬車の扉を開けた柚安さんが、口元に微かな笑みを浮かべて私を見ている。道を行く人達も、馬車に向かう私を見ているのが分かった。みんな「一体どこのお嬢さんだ?」とかでも思っているのだろうか?
これは最後の仕上げと言う奴ですね。周りの人々の私を見る目が、私を自分が置かれた現実へと引き戻した。今の私は、水で洗って、塩胡椒をしたうえで、油で炒められた人参のようなものだ。
準備は整った。中身は元八百屋の冒険者もどきにすぎないけど、彼の好みに仕立てられた小娘。私が彼に果たすべき約束とやらはこれから始まるのだろう。
ごめんね白蓮。今日の私に否はない。




