借り
「鳥踊りって何でうけなかったのかな? やっぱり練習が足りなかった?」
年が開けて冷え込みが厳しくなった外から、監視所の休憩所に入ると、ずっと気になっていたことを百夜に聞いた。もう思い出したくもないほど最悪だった。
練習中は二人で大うけで、百夜と絶対これはみんなにも受けると言っていたのだけど、それはそれは静かで居心地の悪い時間を過ごさせていただきました。
「我にも分からん。つまらない奴らは鳥もどきを知らないのだ」
こいつの意見はあまり当てになるとは思わなかったけど、流石にそれはない。絶対にない。
「だってこの前、私達で狩ったばっかりでしょう」
やばい、これってふとした時に思い出すまずい奴だ。思い出したら最後、頭の中で歌を歌うとか、他のことを考えないと消えないやばい奴です。
「お姉さま、多分みなさん鳥もどきが……」
「百夜、やっぱりあんたが途中で間違えたからだよ!」
「赤娘、お前こそ最初の腕をあげるところを忘れただろ!」
それは認めます。練習不足でした。あれ、実季さんさっき何か言おうとしてました?
「もうなんか最近はいいことないよね。多門んさんと美亜さんも挨拶無しでどこかに行っちゃうし。せめてどこに行くかくらいを教えてくれてもいいと思わない?」
二人とも本当につれないな。結婚式とかするなら絶対に行くのに。美亜さんの花嫁姿なんてどんなに素敵なんだろう。
「赤娘、お前が邪魔しに来ると思ったのだ」
「あんたね。どうして私が行ったら邪魔なのよ」
あれ、邪魔かな?
「まあそうか二人で手を取り合ってだもんね。しばらくは私達が行ったら邪魔だよね。そのうち連絡が来るかな。実季さん、絶対に来るよね?」
振り返った私の視線の先に誰かが居た。
「あの、風華さんに事務方から封書が届いていますけど?」
あ、さっきからずっと誰か立っていると思っていたら、伊一さんだったんですね。早く声をかけてくれればいいのに。あれ、でもどこからって言ってました?
伊一さんは私に封書を渡すとさっさと姿をくらました。もう、本当に恥ずかしがり屋さんですね。伊一さんから渡された封書には、事務方から出たことを示す印と、それと別の私印が押してある。そして差出人は……。
慌てて腰から小刀を取り出して、封を切って中の手紙に目を通す。はい、分かっています。約束ですものね。
「実季さん、休暇の申請の出し方って教えてもらってもいい?」
「いいですけど、認めてくれるかどうかは上次第だと思いますが?」
「これは絶対に認められると思う」
だって、ある人からの休暇取得要請が付いているのだから。
* * *
「え、本当にいいんですか?」
千夏さんが目をきらきらさせて僕を見る。それはちょっと危険だから止めてほしい。僕だって男ですよ。やられちゃいますよ。
「はい、もちろんです。なんでもこの間の兜の情報の借りだそうです」
無限さん達がこんなところで気を回してくるとは意外だったな。年の瀬のいいところでは何かやけくそっぽかったけど。まあ、千夏さんも久しぶりに美明さんに会えて喜んでいたから良かったか。でも千夏さん、店では僕に近すぎましたよ!
「借りも何も、白蓮さんのお役に立てれば私は満足なんですけど」
「まあ、上の人達が千夏さんの頑張りを認めているという事だと思います」
その点については僕も異議なしです。正直、自分もうかうかできないと思ってますよ。
「白蓮さんから見てどうですか? 私は少しはお役にたっていますか?」
そういう聞き方は間違いです。
「千夏さん、僕の役に立つかどうかは基準としては正しくないと思うよ。僕から見ても、千夏さんはすごく成長していると思います。だけど、ここは嘆きの森だからね。ちょっとでも油断したらあの世行きだ」
「はい」
「僕らは君の指示を受けて動く。君は僕と創晴さんの目であり頭脳だ。そのために何が必要なのかは千夏さん自身が考え、それを実践していけば、十分に探索組でやっていけると僕は思いますよ」
彼女がにっこりと笑う。創晴さんが見たら悶絶もんだろうな。もともとこの子は頭がいい。指示が的確だ。森に慣れて、周りがもっとよく見えるようになれば、それに磨きがかかると思う。生き残れれば、仁英さんの後継者にだってなれるかもしれない。
「はい、白蓮師匠!」
問題はここだ。わざとだな?
「頼むからそれは止めてくれないかい。千夏お嬢様」
* * *
「用哲さん、何ですかそれ!」
創晴が用哲に向かって叫んだ。その顔には明らかに不満の色がある。その声の大きさに、用哲は口元に指を立てて見せた。
「声がでかいぞ、創晴」
まあ、叫びたくなる気持ちは分からなくもないけどな。
「どうして千夏へのご褒美とやらで、白蓮との食事をうちが持つんですか? それなら俺だって行ってもいいですよね。だって一緒に潜っているんですよ!」
「だから声がでかいって創晴。これには色々と裏があるんだよ」
「何ですかその裏と言うのは。なんでそれが白蓮の千夏との逢引きを、わざわざうちが段取り取ってやってやることになるんですか?」
創晴がさっぱりだと言う顔して用哲を見る。いや、睨んだ。お前には本当に悪いとは思っているんだ。だけどこれも政治だ。我慢しろ。
「無限さんの方で、白蓮の彼女とその一味の新入りをうちで引き取るという話を監督方に持っていった。まあ、白蓮をうちに置いとく為に筋を通したつもりだったんだが断られた」
「だって、あいつはもともと預かりじゃないですか?」
だから問題なんだ。
「そうだ、だがうちの現状を見てみろ。みんな新種で浮足立っている。二度も新種を狩った奴がうちにいるというのは皆の安心感につながる。それにあいつは見かけも大したことないし、ここではまだまだ駆け出しだからな。自分達でも大丈夫じゃないかという気にさせてくれる」
あいつがいかにも出来るやつに見えるのなら戻ってもらってもいいが、あいつのいいところはそう見せないところだ。こいつは結構大事な事なんだ。
「それは分かりますけど、どうしてそれで白蓮が千夏といい思いが出来るのか、全然つながりません。と言うか、あいつ彼女持ちですか!? 一体何様だ!」
さっき口が滑ったのに今頃気が付いたか?
「おい、また首絞めに行ったりするなよ。そこでだ、千夏はあいつの弟子だが書類は無限さんのところで止めてある。これはいずれは出さないとだめだが、今のところ千夏は無限さんの落とし子と言う事で、扱いはうちだ。分かるか?」
「いや、全くです」
創晴が用哲に向かって頭を振って見せる。お前な、森の外でも少しは頭を使え。それともいいところで中身を全部空っぽにしちまったか? まあ、年の瀬の打ち上げに、まさか千夏までついて行くとは俺も思わなかった。
目の前で見せつけられたら、それは荒れるだろうな。千夏がうちの女子達とまだ打ち解けていないのは問題だな。本当ならそっちの打ち上げに行くべきだからな。
まずいな。それはこいつのせいか。お前は全く気が付いていないと思うが、お前はうちの若い子達から大人気なんだぞ。なんだかな……。用哲は心の中で盛大にため息をついた。
「お前な無限さんと同じで、政治も男女の機敏も全く分からないやつだな。いいか、白蓮がむこうの組に居るのは彼女に義理立てしているからだ。千夏が白蓮を落としてしまえば、白蓮がうちからあっちへ戻る理由はない。白蓮が正式にうちに移ってから書類を出せば、千夏も問題なく白蓮の弟子としてうちの所属だ」
「用哲さん、これって……」
用哲が創晴に頷いて見せる。こんなことを俺が提案するわけないだろう。
「もちろん仁英の策だ。無限さんもうらやましいとか騒いでいたが同意した」
「うちって、嘆きの森の結社の探索組ですよね。どこかの貴族向けの女衒じゃないですよね?」
そうだ、その通りだ。だけどな……。
「その通りだよ。だがな創晴、ここだろうがどこだろうが、世の中は全て男と女で出来ているんだぞ」




